神を信じますか
「この世のものとは異なる、『外』の存在とはどういうことじゃ? 話してもらおうかの、騎士爵」
「ぜひその真意を聞きたいね」
あちゃあ……
周りの空気を読めないエミルの言動から、オーゼンさんと所長に詰め寄られている。
アシュリーやナトレイアにも話してなかったんだけどな。
良い機会だ、どうせいつかはバレるだろうことだ。
イチかバチか、みんなに話しちまうか。
俺の正体と、この世界に来た経緯を――
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「わかりました、信じられるかは置いといて、本当のことを話しますね。アシュリーとナトレイアも良い機会だから聞いてくれ。――俺は、一度死んでいる。元々はこことは違う別の世界の住人で、向こうの世界で死を迎えてこの世界にやってきた」
「死人……不死者モンスター? ということか? コタロー?」
「いや、違うでしょ、ナトレイア。こんな、食う寝る暴走する、煩悩まみれのアンデッドいないわよ」
不可解そうに首をかしげるナトレイアに、アシュリーが呆れて突っ込んだ。
王都に来る前から付き合いのある二人は、俺のことを完全にナメくさっている。
「安心しろ、従者ども。ちゃんと人間のつもりだよ。自分では、な」
いやまぁ、確かに。
そんな身構えるほど大層な生活態度してなかったけどさ?
その信用に、救われるよ。
「元の世界……とは、話に聞くお主の故郷か」
「違う世界があるとして、きみのように我々と同じ人類が存在していると言うことか」
「そうです、所長。でも、エルフやドワーフ、獣人なんかはいませんでした。人類は普通人種だけの世界でしたね」
そこで一度話を区切り、呼吸を整えて続きを口にする。
「俺は向こうの世界で一度死んだ。次の瞬間には、この世界のトリクスの森の中に飛ばされていた。――その森の中で、俺の中にいる『伝説』の存在たちが、俺の正体を教えてくれた。そこのエミルも、その一人だ」
『そういうことー』
エミルが気楽な声で肯定する。
オーゼンさんと所長は、黙って続きを待っていた。
「俺の身体は、元の世界のものじゃない。『停滞』したこの世界が呼び込んだ、この世には無かった法則が、この世界の忘れ去られた神格たちを統合して束ねて、俺という個人を形作ってる」
『多くの人々に広まった存在は、世界に名を刻んで「神格」を得るの。人々にあがめられることが無くなった、「朽ちた神格」でも存在は残ってる。それらが寄り集まって、法則の容れ物と化したのが――今の、マスターだよ』
「ま、待ってくれ!」
エルキュール所長が、慌てて俺たちに尋ねようとする。
「新たな法則!? 自然の摂理の一つ、ということだろう!? ――神格の集合体としての存在!? そんなもの……それは……『神』と呼ぶべき存在なんじゃないのかい……?」
「な、何と……!」
畏怖に満ちた所長の推論に、オーゼンさんや、アシュリーたちも言葉を失う。
物理法則を「神のみわざ」と捉えるなら、なるほどその化身は神かその使徒だろうな。
わからんでもない。
けど、
「中身はただの人間ですよ」
「じゃあ、きみのその特殊な召喚をどう説明する!?」
「いや、前の世界じゃ、確かにどこにでもいる一般人だったんだ。前の世界が神々の世界ってわけでもないし、前の世界でこんな能力を持ってたわけじゃない。この世界に来て初めて、今の能力を手に入れただけです」
「それは、この世界の新たな神として選ばれたのと、どう違うんだい!」
興奮してなおも問うエルキュール所長に、俺は困り果てながら心情を口にする。
「そう言われましてもね。考えてみてくださいよ? ……たとえば、そこら辺の何も特別でない普通の市民が、『今日から王様です』って玉座に着かされたとして、誰が納得するんです。そんなの、本人が一番わけがわかってないに決まってるじゃ無いですか?」
「む、むぅ……そうじゃな。確かに、本人にとって良いことばかりとは、限らんの」
オーゼンさんは納得してくれるようだ。
そうだろうな、お孫さんのフローラさんがいきなり「あなたは侯爵家の孫娘です」なんて告げられても、貴族の世界に飲み込まれて身を滅ぼすのが関の山だ。
それがわかってるから、オーゼンさんは侯爵家の人間と名乗り出てないわけだし。
俺だって、この世界に来てからいっぱいいっぱいだったんだ。
元の世界に帰ることを目指して、目の前のことをやってただけだ。
『伝説』たちならともかく、俺自身が神だの何だのなんて、片腹痛い。
「しかしの、騎士爵。現実問題として、お主は特別な実力を持っておる。称号や肩書きなどよりも、その力をどのように使うかによって、お主は……ああ、なるほどの」
的を射た指摘をしかけて、オーゼンさんは途中で言葉を切った。
言いかけて、自分で思い当たって納得してくれたんだろう。
「そうです、オーゼンさん。俺の目的は、故郷に帰りたい。それだけだ。――もう少し付け加えるなら、俺は、故郷の仲間たちに顔向けできない人間にはなりたくない。だから……神様だ何だ、なんて能書きは、俺の目的にはまったく不要なものなんですよ」
ただの重荷です。
そう言い切る俺に、絶句するエルキュール所長。
良い機会だと、俺の本音を、率直に言わせてもらう。
「俺は特殊な能力を持ってる。でも、俺にとって自分の能力は『道具』だ。『象徴』じゃない。故郷に帰る目的のために、ありがたく使わせてはもらうけど、それを掲げて社会を乱す気は毛頭無い」
誰もが押し黙る。
そんな中、笑って応えたのは、周りを飛んでいたエミルだった。
『良いんじゃない? マスターの好きにすれば良いよ。わたしたちは、マスターを崇めて従ってるわけじゃないもの。そういうマスターを気に入って、自分たちの目的のために力を貸してるんだからね』
そうだ。
こいつら『伝説』は俺を主と呼ぶが、自分たちの目的と、何より矜持を持っている。
グラナダインも、カードとしては呼ばれるが従っているのは違う理由だと、辺境伯との面談で自分の意志を示している。
「――のう、所長。良いのではないかね。本人がこうまで言っておるのじゃ、周囲に影響が少なければ、その意志を尊重する方が賢明ではないか?」
「いや、それで済む大きさの問題じゃないでしょう、先代……ああでも! 本人の意に反して、持ち上げた方が問題が起こるかも……うう……手に余る……!」
オーゼンさんは大人の対応で済ませてくれるらしい。触らぬ神に祟りなし、と。
反対に懊悩するエルキュール所長を尻目に、ナトレイアが手を挙げる。
「その、コタロー。よくわからんのだが……一度死んで今生きているということは、コタローは不死身と言うことなのか?」
「いや、違うと思うが。……どうなんだ、エミル?」
『そりゃ殺せば死ぬでしょ。で、マスターの存在は消えて、また別の人がわたしたちを束ねて魔法として存在することになると思うよ?』
だよな。
俺にもHPがある以上、死なないという可能性はほぼ無いと思っていた。
で、たぶん、今は『伝説』たちの集合として生きているってことは、正確には元の俺自身じゃないわけだ。
つまり、次に死んだら転移も転生もせずに終わり、だと思われる。
そうならないように、何とか元の世界に帰りたいんだけどなぁ……
「私のHPは4だったな。コタローのHPはどのくらいだ?」
「数値だけは高いぞ。12だ」
「なんか殺しても死ななさそうね」
地味にアシュリーが酷い。
うーん。正確に言うなら、少し性質が違いそうなんだけどな。
ナトレイアたちみんなのHPは、身体能力に基づく体力か生命力だけど、俺のHPは体力と言うよりも「プレイヤーライフ」だな。
カードゲームでおなじみ、0になったら敗北する命の数字だ。
だから、むやみに高いけど、街壁から飛び降りて無事だったナトレイアのような身体能力には直結してない。
「はぁ……わかったよ、騎士爵。このことは、おおやけにはしない。けれど、せっかく知り合えたんだから、きみがどういう能力を持っているのか、わかっていることは教えてくれないかい?」
「それくらいなら、まぁ。これからも所長を頼ることもあるかもしれませんし。むしろ、わかってないことも多くて手探りなんで、色々意見を聞かせてください」
「ありがとう! 楽しみだなぁ、この世界のものじゃない特別な法則! 解明しがいがあるね!」
この世界に二つと無い研究課題を得た所長は、本当に嬉しそうだ。
その様子を見て、オーゼンさんも表情を緩めながら言った。
「今回の件は国王陛下に報告することになると思うが……ま、安心せい。お主が危険な者ではないとわかっておるでな、悪いことにはならんじゃろう」
そうあって欲しいけどね。
ともあれ、俺の本当の事情を知ってる協力者ができた、ってのは嬉しいかな。
イチかバチかだったけど、大騒ぎにはならなさそうで本当に良かった。
「とりあえず、王都に帰りましょうか。何だかゆっくり休みたいや」
「そうじゃの」
「そうだね」
「同感ね。今日は色々あって疲れたわ」
「グリタローを! グリタローを呼ぶのだ、コタロー!」
大騒ぎで、王都への帰路へ着く。
……ただ、懸案事項もある。
オーゼンさんは、俺を危険な者では無い、と安心していた。
だが、『魔の森』にはその痕跡が存在している。
俺とは違う、おそらくは危険であろう『外来種』の痕跡が――




