緑の魔窟の災厄
エルキュール所長の強い要望で、王都近くの『魔の森』へと向かうことになった。
グリフォンを使わなくても王都から徒歩で行けそうな距離だけれど、見るからに入るのはためらわれる。
空中でグリフォンの背から見渡しても、森の果てが見えないのだ。
ひたすら巨大で、うっそうとした森だ。
トリクスの近くの森を思い出す。
この世界はモンスターが強く、そして多く、人類の居住区域は現代日本のように整っていない。
こうした未開地域は、国内外を問わずそこら中にあるらしい。
まぁ、王都なんて都会のすぐそばにあるのは面食らったけど。
「……森の中では、グリタローに乗れないではないか」
森の中を進みながら、ナトレイアがぶつくさと文句を言う。
自分のよく乗るグリフォンに名前付けたんかい。
まぁ、ナトレイアの不満もよくわかる。
森の中は木々が密集しており、枝葉が邪魔で飛行アバターが動きづらい。
オーガはともかく、グリフォンの巨体じゃ四本足で歩くしかないだろう。
そんな事情もあって、また時間をかけて編成を変えた。
森林をフィールドにする手持ちのアバターは低コストなカードしか無いのだが、オーガたちが続投できるのが心強い。
グリフォン二体と、足が遅い守備兵の代わりに武装オーガをもう一体と、索敵用に『デトネイトイーグル』を一体喚び出した。
『デトネイトイーグル』
3:3/2
『飛行』
中量級の飛行アバターだけれども、枝葉の間を飛べる体格とスタッツのバランスを考えてこいつにした。
広い大空だと足の速いパックドファルコンに軍配が上がるけど、森の中ではこいつの猛禽の視力が役に立ってくれると期待している。
「気をつけろよ、騎士爵。この辺は、冒険者もなかなか立ち寄らぬ危険地域じゃ」
「なんだってそんな危ない場所が、王都の近くにあるんです?」
隣を歩くオーゼンさんの忠告に、俺は気になったことを尋ねてみた。
強ばった笑顔で答えたのは、エルキュール所長だ。
「逆だよ、騎士爵。王都の近くにこの森があるんじゃない。――この森があるから、近くに王都を作ったんだ。封印と、監視のためにね」
「封印?」
思わず聞き返す。
と、顔の横を飛んでいたエミルが反応した。
『あ、エミルちゃんその話知ってる。「災厄の破片」でしょ?』
「そうそう。エミル殿は知っていたんだね、この森の奥地には、封印された災害級の存在が眠っていると言われている」
「千年ほど前、災厄と呼ばれた巨神が天より舞い降りたと言われておる。その身を幾千幾万の魔物に変え、モンスターすらをも食い尽くし、破壊の限りをもたらした。伝承では『魔界』の神だったと伝えられておる」
「その巨神が、この森に?」
魔界――
辺境伯が、トルトゥーラとの問答で口にした単語だ。
トルトゥーラ自身は否定したが、そんな場所があるのか?
「いや、正確には巨神の『一部』だ。魔界の巨神は当時の英雄たちによってその身を千々に裂かれ、各地に封印されたと伝えられている。が、なにぶん千年前のことだ。真実かどうかは怪しいね」
「なるほど。おとぎ話、ってことですか」
俺の中にいる『伝説』とはまた違う、現世にまで伝えられたまっとうな伝説だな。
考えてみりゃ、全ての伝説が忘れられて朽ちたわけじゃないから、そういう話もこの世界にはそりゃあるか。
そんなのん気なことを思っていると、エミルが素っ気なく否定した。
『違うよ、マスター。おとぎ話じゃない。ここには確かに怪物が封印されてるよ?』
「……なんで言い切れるんだ? エミルが知ってる話か?」
『うん。だって封印したのは、前のマスター――ゼファーとその仲間たちだもの。エミルちゃんも一緒に戦ったよ?』
驚愕の告白に、その場の全員の目が見開かれる。
そうか、千年前って『魔弾の大賢者』ゼファーと、契約していたエミルが存在してた時期か!
「ほ、本当か、エミル殿!? ぜひ聞かせてくれ! 当時の記録は、口伝をまとめたものしか残っていなくて内容の正確性は今ひとつなんだ!」
エルキュール所長が、身を乗り出すようにエミルに懇願する。
対するエミルは、いいよー、と軽い調子だ。
待て待て、話が出来るように準備するから。
オーガとデルムッド、デトネイトイーグルに周囲の索敵を任せ、ナトレイアとアシュリーに注意を促す。
こんなモンスターの巣で立ち話するんだ、警戒は万全にしないとな。
「た、頼む、エミル殿! 歴史の真実を、ぜひわたしに!」
「わしからも頼む、妖精殿。この地に脅威が眠っているのならば、その詳細を知らねばならん」
『うん。良いけど、話の最初が間違ってるよ。巨神は千々に砕かれて各地に封印されたんじゃなくて――天空で砕けて、その破片が、世界の各地に降り注いだの』
そうして、エミルは語り出す。
伝説となった、過去の真実を。
ある日、天から燃えさかる巨大な塊が落ちてきた。
その塊は空中で砕け、いくつもの灼熱の流星となって、地に降り注いだ。
流星の落ちた大地は例外なくなぎ倒され、焼き尽くされて荒野と化した。
「……エミル。災厄ってのは、隕石のことか?」
「なんじゃ、それは?」
「宇宙――天から降り注ぐ、小さな星のかけらですよ。俺の故郷の話だと、天の向こうには星の海みたいなところになっていて、そういう大小の星々が飛び交ってるんです」
「それは隕鉄かな? 隕鉄で鍛えた剣ならば、確か王宮の宝物殿にもあるが。……けれど、騎士爵。ただの隕鉄なら、封印などしないだろう」
『うん。もちろん、この話には続きがあってね?』
焼き尽くされた荒野からは、黒い泥が湧き上がるように、魔物たちが生まれた。
人類種、亜人種、野生動物、モンスター。
その魔物たちは、一切の区別無く生命に襲いかかり、蹂躙し、貪り始めた。
やがて、泥は形を持ち、一つの存在となった。
天を衝かんとする、巨大な塔と見まごうほどの暗闇色の樹木。
巨大樹は小さな魔物たちを生み出し、そして生み出した魔物ごと全ての生命を食らう。
魔物たちのはびこる土地、それを人々は『魔界』と呼び、恐れた。
この地にも現れた『魔界』へと足を踏み入れ、巨大樹を討伐したのが――
『魔弾の大賢者ゼファー、魔術剣士エルケンスト、緑の聖女アスラーニティ。当代の英雄三人が、兵を率いて魔物と巨大樹を討伐し、緑の聖女のスキルでこの土地に大森林を敷いて封印したの』
「エルケンスト……マークフェル王国の、建国王の名じゃ」
オーゼンさんがつぶやく。
王都の名もエルケンストだったな。
辺境伯領も開祖エイナルの名が街の名になってたし、興した人の名をつけるんだろう。
「なるほどね。英雄たる魔術剣士エルケンストはやがてこの地で国を興し、魔の森の監視をすることにしたのか。それが、この国の正確な建国史、と」
『そーいうこと。エルケンストは当時、この土地を領土にしてた国の出身だったから。街から始まって、次第に国になったんだね。でもゼファーは他の「魔界」を封印して回るために、緑の聖女と旅立ったの』
そして、世界に名を残す伝説の英雄になった、と。
すごく気楽な性格を見せてるのに、実は凄い冒険してたんだな、エミルの奴。
「つまり、この森の奥には、魔物を生み出す大災害か、その死体が眠ってる、と」
『短く言っちゃえば、そだね、マスター』
しかし、そんな大層なものが眠ってるにしては、疑問があるんだが。
「――なんで、そんなとんでもない話が正しく伝わってないんです?」
「たぶん、王族かその直系には伝わってるんだろうね。わたしたち貴族にも伝わってない理由は……何となくわかるかな」
「そうじゃな。わしも初めて聞いたが……そんなものが自分の住む街の近くに眠っていると知られてみろ、民にも伝わって、恐怖のあまりにこの国からは人がいなくなるわい」
ああ。まぁ、そうか。
所長とオーゼンさんの推測は、たぶん正しい。
街にしろ国にしろ、そんな物騒なものが近くにあると知れば、誰だって夜も眠れない。
限られた人間にだけ伝えて、警戒を続けるべきだ。
たぶん、国になった初期は上級貴族も知ってたんだろうけど……
歴史のどこかで断絶した可能性はあるな。
王族と貴族は、いつだって一枚岩じゃないだろうし。
「騎士爵。実際に、『魔界』は現在もまだあるよ。この大陸には無いと言われているけど……封印されてるだけかも知れないね。ともあれ、海を渡った先からは、そういう魔物が湧き出る土地の話が伝わってきてる」
辺境伯が対談の時に警戒してたのは、それか。
いや、別大陸じゃなくてこの付近の封印が解けたと懸念してたのかもしれないな。
「ふっふっふ。そんな伝説の封印の跡地を拝めるんだ、ぜひ奥まで行きたいね!」
今の話を聞いて、そう言えるエルキュール所長の度胸はすげぇな、と素で思う。
「――ワゥッ!」
突然、デルムッドが吠えた。
おっと『探知』か、敵襲だな!
「みんな、話は後で! ――ナトレイア! アシュリー!」
「護衛は任せろ、コタロー!」
樹上から襲いかかってきた猿型モンスターに、ナトレイアがすかさず剣を向ける。
『精霊の一撃』が発動し、手にしたアルストロメリアがモンスターを両断した。
おお、やっぱり頼りになるなぁ、ナトレイア。
初めて見るモンスターだけど、一撃で倒せて良かった。
「ケガは無いですか、所長、オーゼンさん?」
「あ、ああ。驚いたよ」
「助かったのぅ」
驚き覚めやらぬ二人を気遣ったまま、オーガたちに警戒の指示を出す。
そこで、俺は、違和感に気づいた。
アルストロメリアが新しいモンスターを倒したのに――
……『カード化』していない……?




