獲物はどこだ
というわけで、手札の拡充もとい、狩りの開始である。
今回は辺境領の空戦と違って、全員召喚物を装備してるかアバターかなので、カード化の取りこぼしは心配ない。
と考えたところで、ナトレイアの乗ったグリフォンが急降下した。
獲物を見つけたらしい。
やや置いて、俺の手元に光が集まり、カードが現れた。
『ハイオーク』
4:3/3
『肉壁1』・このアバターへのダメージは、それぞれ1点軽減される。
これが屋台で串焼きにもなってたハイオークか。
で、能力は創国の王剣の『貫通』の説明に書かれてた奴だな。
こんなテキストだったのか。
一見『甲殻』と似てるけど、かなり性質が違う。
ダメージが1減るってことは、一撃なら攻撃力4が必要になり、二発でしとめるなら攻撃力3が二回殴ってようやく計4ダメージを与えられる。
攻撃力2なら、三回攻撃を当てないと倒せない。
見た目以上にタフなモンスターだ。
まぁ、どっちもアルストロメリアなら無効化できるんだけど。
「ナトレイアの奴、こっちに誘導しないで自分でしとめちゃったみたいだな」
「あら。あたしたちは楽で良いけど。どうするの、素材を採りに行く?」
「いや、グリフォンのエサでいいだろ。まだ飛び立ってないってことは、ナトレイアも同じ考えで食べさせてるんだろうし」
グリフォンとオーガは、強いけど食べる量が半端じゃないからな。
味わうためじゃなく腹を満たすためには、狩りの獲物で大量の肉を食べさせる方が良い。
「お前らも生肉でいいのか? 味の付いた奴をたくさん食べたいなら王都の屋台で買うか、たき火でもして焼いて塩ふるけど」
「ウガ?」
「ウガガ」
護衛のオーガたちは揃って首を振った。
とりあえず腹に詰める分は獲物の生肉で良いらしい。
戦場だから、護衛として隙を作りたくないっぽい。
獣そのものだったオリジナルの森の主と比べて、ずいぶん職人気質というか真面目だな。
「召喚獣が、食事を摂るのか?」
見学のオーゼンさんが、意外そうに尋ねてくる。
そこら辺、やっぱり普通の召喚獣と違うんだろうね。
「そうですね。喚び出してはいますが、魔力で動いてるわけではないので。普通に食事も休息も摂りますが、代わりに一度喚び出したら魔力は消費しないです」
「それは、普通の生きてるモンスターとどう違うんだい?」
疑問を投げかけてきたのは、同じく見学のエルキュール所長だ。
研究者らしく、好奇心を瞳に覗かせている。
「大差ないと思います。ただ、俺の言うことは聞きますし、言葉も聞き分けます。死ぬと一度消えるんですが、もう一度喚び出せば以前のことはちゃんと覚えてますね。契約した召喚獣というよりは、モンスターの姿をした分身のようなものだと思ってます」
そもそも、『アバター』って『分身』とか『化身』って意味だったはずだからね。
テキストでそういう表記をされている点から、少なからず俺の思うような要素が含まれてるんだと思う。
例外として、『名称』を持ってる奴はオリジナルと同じ中身っぽいけど。
デルムッドとか、『伝説』組とか。
俺の説明を聞いてエルキュール所長は、ふぅむ、と興味深げにうなる。
「通常の召喚とはかなり違うね。普通は、召喚者の魔力で形作った疑似的な肉体に契約モンスターの思考が乗る、魔力体憑依とでも言うべき形態なのだけど……」
らしいね。
辺境伯邸で少し聞いたけど、本来は所長の言うように、召喚獣は実物ではない。
実物として活動するモンスターを操るのは、飼い慣らすのが得意な「テイマー」という職種の技能になるらしい。
俺の能力は、召喚術とテイムのちょうど中間みたいな性能だな。
「騎士爵の召喚は、生命そのものを作り出しているかのようだ。いや、霊魂や精神が騎士爵から分化しているとして、魔力で肉体を構成している? これは、魔術で可能なのか? 下手をすると、生物の創造という、神の領域に踏み込むが……」
エルキュール所長がぶつぶつと考え込む。
その間に、隣のオーゼンさんが何やら青ざめた顔で質問してきた。
「の、のぅ、騎士爵。自身で食事を摂って活動するということは、行動範囲の限界はあるのか?」
「たぶん無いですね。辺境領でホーンラビットを喚び出したことがあったんですが、かなり離れていても消えませんでした。おそらく、どれだけ離れてても動けます」
「な、何という事じゃ……オーガの群れを喚び出されて攻められても、騎士爵に遠方で待機されれば、召喚者を倒して消し去るという手段も取れんのか。……敵対しておらんで、本当に良かったわい……」
「ますます生命の創造に近い……これは、本当に魔術のなし得ることなのかい……?」
オーゼンさんと所長が同時に戦慄している。
正確には魔術じゃない。似ているけど、『伝説』たちの言葉を借りれば――
――『魔法』なんだよな。
この世界には無かった、追加された法則。
彼ら曰く、それが俺の正体だ。
カードゲームに限らず、追加ルールは通常、ゲーム性そのものを変えちまう。
本当にチートな能力だよ、まったく。
「王様に報告するのは構いませんけど、国に敵対する意志がないということも、くれぐれも一緒に伝えてください。余計な面倒はごめんですからね」
「う、うむ……わかった。確実に伝えておこう」
オーゼンさんが、緊張した面持ちでうなずく。
能力の特性を見せたことで、危険性を実感されたようだ。
まぁ、そうだろうな。
いざ敵対するとなったら、俺は行方をくらませて身を潜めながら、街から離れたところでオーガたちを召喚し続ける。
相手からしたら、『学習』し、『統率』された群れに襲われるわけだ。
しかも、倒しても倒しても、時間が経てば後続が召喚される。
オーガやグリフォン、無限の大型モンスターに街が襲われ続けるわけだ。
アバターは再召喚されるが、兵士の人命はそうじゃない。
防衛する側としてはたまったもんじゃないだろう。
しかも、俺を探そうにも、広い野外のフィールドから人間一人を探すのは無理がある。
まぁ、戦わないのがお互いに一番なんだけどね。
というわけで、仲良くできる方法を探して、今はオーゼンさんたちと親しくなるのみである。
そうこう言っている内に、守備兵に寄ってきたモンスターをオーガたちが倒していた。
いつの間に。
『ハイドリザード』
3:2/3
『奇襲』・このアバターは、敵に攻撃した状態で召喚される。
『再生1』・このアバターは、時間経過とともにHPが1ずつ回復する。(三分にX)
やたらデカくて平べったいトカゲだ。
高速じゃないけど、再生能力も持っている。
知らない間にデルムッドがオーガたちのところにいたので、『奇襲』を『探知』で見つけて教えたのだと思われる。
湿地帯から出てきたのかな?
三匹の群れだったらしく、生き残った一匹が守備兵にガンガン突撃しているが、そこはさすがの『甲殻2』。
守備兵はトカゲの攻撃を意にも介さず、やがてオーガが横からそれをしとめた。
うんうん。やはり頼もしいね、この布陣は。
「おお、ハイドリザードじゃな。近くの湿地帯からうろついてきたのじゃろう。突然現れる厄介なモンスターじゃが、倒せれば肉は美味いぞ。貴族の食卓に上がることもある」
オーゼンさんが、獲物の詳細を教えてくれる。
このトカゲ、そんな美味しい肉なのか。湿地帯に移動してもっと狩るか?
でもまぁ、まずは腹減らしてるアバターが優先かな。
「美味いらしいけど、お前ら食うか? 守備兵がいるから、一体立っててくれればいいぞ。その肉で良いなら、交代で食ってくれ」
そう言うと、オーガ二体はなぜかジャンケンで順番を決め、喜び勇んでトカゲの方へと向かった。
一緒に食べよう、とアバター同士で意志疎通があったのか、デルムッドも尻尾を振りながらオーガが肉を捌くのを待っている。
ジャンケンに負けたオーガがしょんぼりしているけれど、心配すんな。トカゲは三匹もいるし、お前も後で食事してくれ。
守備兵は何を食べるのかな? 鎧の中身はゴーレムっぽいけど。
ていうか、食べられるのか? スモールウォールといい、『誘導』持ちの生態は謎だ。
「大したものじゃのぅ。これなら、『魔の森』のモンスターも狩れるかもしれんの」
「おっと。良いですね、先代。あの森は一度奥まで踏み込んでみたいと思ってたんですよ」
オーゼンさんの感嘆のつぶやきに、エルキュール所長が反応する。
所長はワクワクと楽しそうなんだけど、良い狩り場なのかな?
地名がかなり不安な気がするんだけど。『魔の森』って……




