これが今の精一杯
ひとしきりの話が終わって、王様は先に応接室から退室することになった。
去り際、ハイボルト王は俺に向けて、何気なく告げた。
「ああ、王都で狼藉を働いたブーライク子爵家は、もう無いよ。子弟の罪がきっかけとは言え、領地での貴族法違反も一緒に明るみになったからね」
もう、無い。
笑顔でさらりと言われたその一言に、俺は思わずぞっとした。
取り潰されたのか。あの貴族家が。まだ一日二日しか経ってないぞ。
この短い間に、どうやって身元や余罪を調べたんだ?
「……何者も、『余』の目を欺くことなどできはせぬよ」
一国を統べる王――ハイボルト・フェン・マークフェルという人物。
そのつぶやきに、この王の本当の素顔を、垣間見た気がした。
……こ、怖ぇ。
やっぱり侮っていい人物じゃなかったな。
個人としての物腰は穏やかだが、王としての振る舞いは全く違う。
よくこんなのに反旗を翻そうと思ったな、貴族法反対派の奴ら。
ハイボルト国王が応接室から退室した後、オーゼンさんが緊張の混じった笑みで言った。
「……先王の崩御の際、王族と血のつながりのある公爵家からも後継候補が出た。それらを押しのけて即位したのは、伊達では無い。あのお方の本性は、政務となれば徹底して実利的な賢君じゃよ。決して軽んじて無事に済む相手ではない」
「最後の一言で、実感しましたよ。やっぱ貴族や王族は怖いッスね」
「……わしもお主も、一応、その貴族なのじゃがの……?」
やだよそんな魑魅魍魎だらけの魔界。
あんなバケモンと丁々発止の駆け引きなんて、できるわけあるか。
あっさり飲み込まれるわ。
「俺らはのんびりいきますよ」
「……まぁ、その方が良いだろうね、騎士爵。最後に王の側面を見せられたのは、警告であると同時に、きみへの温情だよ。迂闊に調子に乗ってしまったなら、こういう本気を見せるよ、という自己紹介だね」
紹介してからずっと、今までずっと押し黙っていたエルキュール所長が語る。
その額にはうっすらと、緊張の汗が滲んでいる。
たぶん、王立機関の責任者として、あの雰囲気の国王と何度も相対してるんだろうな。
嫌すぎる自己紹介だけど、知ってるのと知らないのじゃまったく違う。
虎の尾を踏むことがなくて何よりだ。
「はぁー……息が止まって死ぬかと思ったよ。どうする、狩りにでも行くか?」
「目をつけられたのは危ないけど、友好的だったのは幸いね。あの人物のお膝元なら、手札は増やしておいた方が良いと思うわよ? あたしは賛成だわ」
「万が一の場合を考えて、今のコタローの限界も把握しておいた方が良いかもしれないな。私も賛成する」
疲れ果てた俺の提案に、アシュリーとナトレイアが同意してくれる。
正直、宿屋に戻ってダラダラしたいくらい疲れたけど、王都周辺のモンスターもカード化しておきたいんだよな。
ギルドの依頼は受けられなかったけど、適当に狩って素材を売るだけでもいいや。
「限界を把握する、などと言われては興味がわくの。わしもついていって良いかの?」
「正直、きみの能力はわたしも調べたいんだよね! 召喚術士や魔術士にしては、喚べる召喚獣や使える魔術が多すぎる。ぜひ、調べさせてもらいたいね! となると――やはり狩りか。いつ出発する? わたしも同行する」
「え、二人も一緒に来るんですか?」
驚いて尋ねると、ダメか? と二人揃って首をかしげられた。
う、うーん。
いや、この二人には能力バレてるし、協力者として仲を深めた方が無難かな?
派閥に属するつもりは無いけど、有力貴族の味方は作っておきたい。
「わかりました。でも、基本的に俺と一緒に後方待機ですからね?」
そう言うと、二人は嬉しそうにうなずいてくれたのだった。
******
そんなわけで、全員でグリフォンに乗ってやってきました。
王都から少し離れた平原です。森というか、林の中には湿地帯もあるよ。
「俺自身の魔力はそう多くないんですけど、『魔力高速回復』というスキルを持っているので、通常の六倍の速さで魔力が回復していきます」
「それが、辺境領にて、空中で魔術を多用できたという秘訣かの」
「つまり、保持量じゃなくて、時間的な総量で魔術を多用するわけだ。なるほどね」
味方扱いと言うことで、知られてる手札の詳細は晒していく。
オーゼンさんとエルキュール所長は興味深く俺の様子を見守っている。
機密保護のために、護衛も連れずに来てくれたくらいだからね。信用しよう。
さて、久しぶりの戦力編成だ。
今の俺の魔力は4。召喚できる枠は最大で12、と。
「まず、アシュリーの流星弓と、ナトレイアの創国の王剣は確定な」
「そうね」
「受け取ろう。若干、重みが足りないが好みの剣だ」
アルストロメリアは割と大きいし、ナトレイアは頑丈な大剣が好みだからね。
もちろん、ナトレイアに剣の能力は説明済みだ。
これで二枠。
「次に、奇襲対策でデルムッドで一枠。俺の自衛戦力と言うことでエミルも確定」
「おんっ!」
『がんばるよーっ!』
「これで四枠。――上空からの支援と索敵を兼ねてラージグリフォンを二体。い、一体はナトレイアが乗って見回ってくれ。で、六枠な」
乗せる必要は全くないんだが、乗せないとナトレイアが拗ねるからな。
「ナトレイアが前に出るんで、後ろに残る俺たちの護衛に『ブラッドオーガ』を二体。こいつらは両手に武器を装備できるから、『銀のハルバード』を装備させて、四枠使ってこれで十枠」
護衛戦力として、4/6の再生能力持ちを二体作る。
人類じゃなかなか見れない数値の、かなり豪華な護衛戦力だ。
「一枠は緊急召喚用に空けるとして、残りの一体はこいつだ。――召喚、『懸命な守備兵』!」
『懸命な守備兵』
4:0/4
『誘導』・敵の攻撃を、このアバターに誘導する。
『甲殻2』・2点以下の攻撃を無効化する。
全身甲冑に大盾を構えた、丸っこいフォルムの重装兵が現れた。
相手の攻撃をひきつける『誘導』と弱攻撃無効の『甲殻』の一人コンボを内蔵する、超有能な一枚だ。
「敵はまずこいつに襲いかかってくるから、ナトレイアとグリフォンが近くに誘導して、こいつが耐えてる間にオーガやアシュリーや俺がしとめる。そんな感じでいいか?」
エサを使ったおとり猟ってところか。
俺が説明すると、守備兵がグオーン、と勢いよく吠えた。
パーティプレイの要、盾役としては頼もしい限りだ。
後は俺が様子を見て、守備兵を回復したり、エミルの補佐で攻撃魔術を撃つ。
飛行モンスターが現れたら、アシュリーや飛行アバターが頼りになる。
しかし、召喚枠は増えたけど、装備品も必要になるからすぐ枠が埋まっちゃうな。
武装オーガとかは、もう少し頭数が欲しい。
こんな感じで時間をかけて陣営を整えると、様子を見ていたオーゼンさんとエルキュール所長が感心したように声をかけてきた。
「なるほど。単純に数を増やすのでは無く、戦略によって編成できるのじゃな。軍と言うよりは、一人で一部隊になれるのか。数にものを言わせるより、よほど厄介じゃわい」
「モンスターの攻撃を引き寄せるっていうのは不思議だね。何かの魔術なのかな? いや、これもモンスターなのかな。何にせよ、防御役としてはとても優秀だ……」
「というわけで、この守備兵とオーガたちのいる場所が防衛ラインになります。二人とも、危ないんで絶対に前に出ないでくださいね?」
俺の念押しに、二人は神妙にうなずく。
編成で使い切った俺の魔力が回復し次第、スタートかな。
これでダメそうなら、編成をオーガとグリフォンオンリーに変えて肉弾ゴリ押し戦術だ。
エサ代がかかるから、採れる素材が少ないんだけど。
さて、どうなることやら。




