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老人の忠告



「確認は終わったかの、ハイボルト」


 衝撃の事実を知らされ、尋ねる間もなく入室してくる人がいた。

 オーゼンさんだ。

 貴族服に身を包み、先代侯爵としてこの場にいるのだとわかる。


 そんなオーゼンさんに、年若いハイボルト国王は悠然と微笑んだ。


「ああ、じい(・・)。さわりだけ話したところだ。じいの思った通りだったよ」


「ようございましたな、会わせた甲斐があった」


 その二人の砕けたやり取りに、俺は今回の件を仕組んだのが誰かを知った。


「……この人をここへ呼んだのは、オーゼンさんですか?」


「そうじゃよ。お主の力は、一介の騎士爵と野に捨て置くには強大すぎる。是が非でもこの方の判断を仰がねばならなかったのでな。それならば、お互いに話した方が早かろう、ということになった」


 やられたね。

 しかし、こんなただの召喚術士一人を相手に、身分を隠してとは言え、国王自らが護衛も同席させずに直接会うなんて大げさすぎやしないか?


 そう思っていると、当の国王から反論が上がった。


「ナギハラ騎士爵。きみは自分の力を過小評価しているよ。伝説に謳われる魔術を操り、上級騎士が二人以上で攻略に当たるグリフォンなどのモンスターを大量召喚できる。古代の宝剣の希少性を抜きにしても、個人にしては破格の実力だ」


「危険人物だから、権力を使って潰しておこう、とでも?」


 まさか、と国王は朗らかに笑う。


「もしそうなら、近衛騎士団の人間をこの場に用意しているよ。ぼくがここに一人で座っているのは、純粋にきみと話がしたかったからだ。可能ならば派閥に組み入れて助力を請いたいが……敵でないと確認できただけでも充分だ」


「そんなことのために、わざわざ国王様自ら?」


「もちろん。――だって、考えてみたまえ! この世界に名を残し、今は忘れられた伝説の存在たちを総べる術士がいる。その存在たちからは、古代の叡智や、誰も知らない過去の英雄の活躍が語られるんだ。たとえ一国の王でも、男子たるもの、これに胸を躍らせなくてどうする!?」


 そう言って、国王はきらきらと少年のような瞳を俺に向けた。

 あ、うん。

 古代の秘められた伝説、とか確かにロマンは溢れてるよね。


「あ、あー。そういうことなら、エルフの英雄でも召喚しますんで、存分に聞いてください。ついでにその話を広めてくれたら、連中は満足しますんで」


『ままま、マスター、ついでって何!? むしろ、エミルちゃんたち的にはそれが一番大事なんだけどッ!?』


 顔の横を飛び回って、エミルがぷんぷんと抗議する。

 いや、だから直接話してくれ。歴史もよく知らん俺を間に挟むな。


「ははは、早くこの場から帰りたい、と言う顔をしておるな。騎士爵」


「そりゃそうでしょ、オーゼンさん。貴族の派閥争いなんて興味ないですし、こんな偉い身分の人を前にしたら、緊張もしますよ」


「わっはっは! その割には、ふてぶてしい顔をしておるではないか!」


 愉快そうにオーゼンさんが大笑する。

 食えないなー。でも憎めないんだよな、このじいさま。


「オーゼンさん、引退したんじゃなかったの? なんで現役でもないのに、王様(このひと)と繋がりあるのさ」


「それは、ぼくから話そうか。オーゼン・フェン・デズモント候は、若かりし頃は国の英雄とまで言われた将軍だったけどね、壮年になってからは、ぼくの剣術指南役――というか、お守り役だね。に退いてぼくを育ててくれたんだ。いわば、ぼくの育ての父だよ」


「老いて衰え、昔のようにはいくさ働きはできぬがの。それでもまぁ、剣の腕には覚えがあったので、この方の父君に代わり、幼少を見守っていたという縁じゃ」


 つまり、オーゼンさんに出会った時点で、やることなすこと王様に筒抜けだったわけだ。


 王都に来て早々、凄い人とうっかり出会っちゃったもんだよ。

 いや、前の侯爵だったって時点で充分凄いんだけどさ。


「でもまぁ、遅かれ早かれ、きみとは直接会っていたと思うよ、ナギハラ騎士爵」


「そうですか?」


「きみは自分の力を過小評価している――というより、そう見せかけたいようだけどね。さっきも言ったように、きみはすでに、一国の王でさえ無視できない実力を持っているよ」


 うーん。辺境伯領では上手くいったんだけどなぁ。

 見逃して、無害認定してもらえないものか。もう無理だな。

 わたしは野の草でありたい。


「見たところ歳も近いし、きみとは個人的に仲良くしたいところだね。……少なくとも、オーガやグリフォンを十体だとか、この国に対して向けないで欲しい。街が滅ぶ」


「向けませんよ。国を相手に勝てると思うほど、うぬぼれてないです」


 俺の嫌そうな顔に、ハイボルト国王は小さく苦笑した。


「……わざわざそう釘を刺すってことは、向けそうな勢力がこの国にあるってことですか?」


 俺の一言に、空気が変わる。

 朗らかだった国王はその表情を物憂げに変え、それまで上機嫌だったオーゼンさんは緊迫したように表情を引き締めた。


 答えたのは、オーゼンさんだった。


「……ある、な。おそらくじゃが」


 やっぱりか。

 俺は思わず、内心で頭を抱えた。


「もしかしなくても、貴族法反対派って奴ですか」


「そうじゃ。確証はまだ取れてはいないが、動きからして間違いないじゃろう」


 はぁ、とため息がハイボルト国王の口から漏れる。


「家名を名乗ってはとても話せない、情けない話なんだけどね。――この国の現王は、先王の崩御が早かったから、若くして即位した。一部の貴族には、まだ若い王、と内心なめてかかられて、不満を御し切れていないのさ」


「元々、貴族法は平民に有利になる法じゃ。『なぜ貴族が平民などに気を遣わなければならないのか』と、不満を抱く貴族は昔から多い。そこに、当代の王の影響力を軽んじる者が増えて、良からぬことを画策しとる、ということじゃ」


 二人は、苦労の滲む声で教えてくれた。


 貴族の不徳はもちろんだが、それを抑えられないのは若い王の威厳の無さ、という不徳ということだ。

 こんなもん、大っぴらにはとても話せないだろう。話せば不敬罪だ。


 アランさんや辺境伯たちは、本当にまともな貴族だったんだな。


「もちろん、最上位の貴族たちは、王家と貴族法を支持してくれているよ。彼らは広い領土を持つ分、民衆や冒険者の反乱を何度か経験しているからね。貴族にとっても、内乱を避ける法なんだけど……自分の領地に閉じこもる中小貴族は、その理解が薄い」


「中小とは言え、権力を持つ貴族じゃ。大勢が寄り集まれば、下手をすれば国を害する。あるいは、寄り集まって大貴族や王家を転覆させようとまで考えておるかもしれんしの」


 抑えが効いてないから、上を倒して自分たちが昇り詰めようって考えられてるかも、と。


 日本でも下剋上とかあったから、わからん話じゃないな。

 現代感覚だと、クーデターと言うよりただのテロリストだが。


「若い王とは言え、弱い王ではないでしょう。そうならもう国が終わってる。……その武力差を、その貴族たちはどうひっくり返そうとしているんです?」


「それはわからん。怪しげな魔術や、古代の呪術などを使おうとしているという情報もある。が、詳細がわからんので、確たる証拠は無い、というのが現状じゃ」


「その対策を話し合うために、辺境以外の大貴族……中枢貴族を王都に招集しているよ。各自の領地で不穏な動きが無いか、情報交換も含めてね」


 なるほど。

 地方でテロを起こされて、大領主の首がすげ代わる、なんて事態は避けたいしな。

 大領地を占領されれば独立国家なんて動きもあり得るし、それを避けるために、国軍と近衛軍のお膝元の王都で、大貴族同士で話し合い……か。


 どの貴族も、他人事じゃ無いだろうしな。


「そんなこと、一介の騎士爵に話しちゃって良かったんですか?」


「ああ、うん。もしかすると、辺境領もそんな貴族がいないとも限らないしね。辺境から来たきみにとっても他人事じゃ無いだろうし」


「一応は王都の事情を知ってもらって、良からぬ貴族に利用されぬよう釘を刺しておく、という意味合いもある。迂闊な企みごとに巻き込まれるなよ、騎士爵?」


 善意からの忠告だったんですね。

 いや、俺の戦力が敵に取り込まれないように、との根回しかな。


 辺境領は、たぶん大丈夫だろう。

 辺境伯が有能すぎるから、手綱はしっかり握ってそうだ。

 アランさんたち上級騎士や、ノアレックさん率いる冒険者ギルドもいるしな。


 まぁ、しばらくは大人しく狩りでもしてようか。

 昨日休んで、今日久しぶりに行こうかってとこで割り込み食らったし。



「ありがとうございます、二人とも。気をつけて大人しくしておきますよ」


「お主が大人しくできるようなら、わしの身分なんぞ知られぬままじゃったぞ?」



 オーゼンさんに、ぐぅの音も出ないツッコミをされて。

 王様たちは、へこむ俺を見てのん気に笑っているのだった。








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