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王国の中枢



 市場で騒ぎに巻き込まれたばかりなので、買い物を終えたフローラさんの護衛と言うことで、一同で孤児院にお邪魔した。


 結局、あのクソガキがどこの貴族の子どもだったのかはわからない。

 残念だ。 


「おお、遅かったのぅ、フローラ! ……ん、それに騎士爵? なぜお主が?」


 孤児院で待っていたのは、子どもたちと遊んであげているオーゼンさんだった。

 子どもを肩に乗せたまま、一緒に帰ってきた俺たちに、不思議そうに首をかしげている。


「市場で、貴族の子息と争いになりまして。コタローさんが助けてくださったんです」


「ふむ、貴族と……? 詳しく話してみなさい、フローラ」




 フローラさんから話を聞いたオーゼンさんは、むぅ、と顎に手を当ててうなった。

 フローラさんは、俺がオーガを召喚した時のことを嬉しそうに話している。


 頼もしかったんですよ、なんてフローラさんに言われると照れちゃうな。

 なぜだかアシュリーが不満そうだけど。


「あ、すみません、わたしったら。お茶も出さずに。今ご用意しますね」

「ありがとうございます、フローラさん。お構いなく」


 フローラさんが厨房に引っ込んでいったのを機に、オーゼンさんに尋ねてみる。


「オーゼンさん。王都じゃ、あんな貴族法違反の横暴がまかり通るんですか?」


「通らんよ。話を聞くに、お主の対応は全て正しい。……が、その横暴を通そうとしておる貴族連中がこの国にいるのも、確かじゃ」


 オーゼンさんは、厨房の方をちらりと見て話を続ける。

 フローラさんが聞いていないか確認したんだろう。

 ってことは、これは前侯爵としての話題か。


「平民を保護する貴族法じゃが、これを廃止しようと画策しておる貴族が一定数おる。貴族法反対派、とでもいう派閥じゃな。表向きは貴族の権威確立という名目で動いておるが、どいつもこいつも、不正に手を染める後ろ暗い中小貴族じゃよ」


「じゃあ、今回の子弟はその貴族の家の?」


「じゃろうな。親から選民的な教育を受けたか、あるいは領地で似たようなことを繰り返しておるのかもしれん」


 ろくでもねぇな。

 やっぱり無理矢理追いかけて、家ごと訴えるべきだったか。

 フローラさんもいたし、状況的に無理なんだけど。


「廃止などできるのか? 冒険者ギルドを中心とした反乱が起こるぞ」


 ナトレイアの質問に、うむ、とオーゼンさんがうなずく。


「おそらくは、そういった貴族の領地では冒険者ギルドが独立性を保てておらんのじゃろう。モンスターの少ない、平和な領地ほどギルドの収入が減り、助成金頼みになるからな。そして、そうした外敵のいない領地は、領主が強権を振るいやすい傾向にある」


「強い冒険者っていう抑止力が無いのを良いことに、領民に重税を課して搾り取ってるってことですか」


「そうじゃ。あるいは、領地のギルドマスターが結託しておる可能性もあるの。人の上に立つ者がみな清廉とは限らん、というのは貴族が良い例じゃ。むしろ権力に酔って溺れる」


 領民が外部の冒険者ギルドに訴えれば改善もされるかも知れないけど。

 情報統制されているか、あるいは住み続けた領民には外に出る、という発想が無いんだろう。

 領地内で完結しているから、横暴領主も外のギルドからの応援、という事態を想像できていない可能性がある。


「辺境領の冒険者ギルドは、しっかりしてたんだけどな」


「逆に、王都周辺の方がモンスターが少ないんだから、そういう状況に陥りやすいんじゃない? モンスターが狩り尽くされた都市地帯なんかだと、冒険者の仕事も少ないでしょうし。数が集まらないわ」


 平和な都会ほど、権力者の横暴がまかり通りやすいってことか。

 せっかくモンスターって生命の脅威が少ないのに、統治者って生活の脅威が大きいのは皮肉だな。


「まぁ、その貴族のことは、わしの方で調べてみよう。単なる偶然なら良いが、フローラの容姿に目をつけられていたり、あるいはこの孤児院の寄付金を耳にして、かすめ取ろうと狙われていたら厄介じゃ」


「そうですね。お願いします、オーゼンさん」


「お主に頼まれることではないよ、騎士爵。むしろ今回の件では、フローラが世話になった。お主に累は及ばぬように手を回すでな、安心してくれ」


 オーゼンさんがそう請け負ってくれたところで、フローラさんがお茶を持って戻り、貴族のお話はこれまでとなった。


 美味しいお茶と一緒に、貴族の方に出すのは失礼かもしれませんが、とお茶請けも一緒についてきた。

 お茶請けは、根菜をスライスして天日で乾燥させた後、オーブンで焼いたもの。


 いわゆる、野菜チップスだな。

 品種改良されてなくても、素朴な甘みが舌に優しかった。


 日本のコンビニでも、一時期売ってたな。こういうの。

 なんだか懐かしいや。


 失礼だなんてとんでもない、ごちそうですよ。フローラさん。



******



 オーゼンさんとの会話の翌々日。


 冒険者ギルドでどの依頼を受けるか、アシュリーたちとのんびり相談していると、コタロー・ナギハラ騎士爵宛てに使いの子が俺の前に現れた。


 呼び出し人は魔導研究所。

 エルキュール所長だな。アルストロメリアをカードに戻して回収したもんな。

 何か言われるかな?


 と思いつつ、魔導研究所に赴いてみる。

 すると、そこには別の来客がいた。


「やぁ、よく来てくれたね、騎士爵。今日はきみを紹介したい人がいるんだ」


 アルストロメリアのことは一言も言われず、俺たちは、先に応接室に座るその人物に引き合わされた。


 俺より年上だけど、まだ若い男だな。

 えらい美形だけど……この服装からして、かなり上位の貴族じゃないか?

 笑顔でくつろいでるのに、妙な威圧感がある。


 心なしか、あの自由すぎるエルキュール所長が、かすかに緊張しているようにも見える。


「どうも、コタロー・ナギハラ騎士爵です。……エルキュール所長、こちらの方は?」


「あ、あー。その、家名は名乗れないんだが……そう、この研究所の出資者だよ!」


 出資者? この研究所って国立、というか王立だろ?

 ――ッ!


 王族じゃねーか!


 俺が驚きにのけぞる中、美形の貴族、いや王族は、不敵に俺を見た。


「察しが良いね、騎士爵。――ぼくの名は、ハイボルトと言う。だがまぁ、家名も名乗ってないのだし、気楽にしてくれたまえ」


 できるか!

 固まる俺の服の裾を、気づかれないようにアシュリーが引く。

 小声で、アシュリーが教えてくれた。


「コタロー。王族どころじゃないわ……ハイボルト・フェン・マークフェルは……この国に即位している、現国王その人の名よ」


 まさかの王様本人だった。

 驚きを通り越して、呆然と立ち尽くしていた俺は、アシュリーに背中を小突かれて、慌てて騎士の略礼を取る。


 臣下の礼を取るのをためらっていたところ、王様は笑って言った。


「ははは。事情は聞いているよ、旅人の騎士爵。故郷に帰る身でありながら、終身ともわからない臣下の礼を取らせるのは気が引ける。この場では、ぼくはただのハイボルトだ。少し話がしたかっただけだから、まぁ、座ったらどうだい? 従士の子たちもね」


「は、はぁ……それじゃ、お言葉に甘えます」


 言われるとおりに全員が着席すると、ハイボルト国王はにこりと俺を見る。


「なるほど。騎士爵とは思えないほど、自然体で腰が低いね。気負いもおごりもない、と。……だのに、エルキュール所長やグローダイル辺境伯、デズモント先代侯爵から聞くような実力を持っているとはね」


 デズモント、ってオーゼンさんのことか。そんな家名なのね。

 全員から報告されて、俺の情報なんて筒抜けだな。

 王様なんてこの国の最高責任者なんだから、当然なんだけど。


「あの……ハイボルト、サマ?」


「様付けはよしてくれ。家名とは無関係と言うことにしたい」


 わざわざ訂正された。

 おおやけの名で俺から話を聞くには、色々と問題があるということだろう。


「じゃあ、ハイボルトさんは、俺のことをどこまで聞いているんです?」


「全てだよ。ドラゴンの討伐者。伝説の召喚者。『大空の魔術士』なんて異名も持っているんだって? グリフォンのような飛行魔獣だけでなく、先日は市場で大型のオーガを召喚したらしいね。それも、二体も」


 時間をかければもっと喚べますがね、なんて余計なことは言わない。

 全部調べが付いているらしい。


「……それで? そこまで知って、俺にどんなご用件です?」


「……確認かな。きみはグローダイル辺境伯家に叙任されたが、辺境伯家には仕えていない、いわば自由な立場だ。それで、きみはこの王都で、どの派閥に助力するのかを尋ねたい」


 派閥争いかよ、面倒だな。

 そういうのに関わる気は、毛頭無いんだが。


「権力争いに関わるようなら元から、辺境伯家で出世してますよ。この国でもかなり大きい家ですよね、あそこは」


「そうだね、この国で五指に入る大貴族家だけど……そうじゃなくてね。つまり、『貴族法』の在り方についてどう思うか、ということかな」


「……? 良い法律だと思いますよ。自分も、言ってしまえば平民とそう大差ない身分ですし、支持しますね。先日も平民を助けるために使わせてもらったばかりです」


 俺の答えを聞き、そうか、と国王は安堵した様子を見せた。

 あれか。

 オーゼンさんが言ってた、貴族法反対派ってやつかどうか、聞きたかったんだな。


「そうか。いや、良かった。市場での騒ぎからそうではないかと思っていたけど。ああ、何のことかわからないよね。そうだね、確たる物証が無いから、詳しくはまだ言えないんだけど――」


 ハイボルト国王はそこで言葉を句切り、そして神妙な顔つきで言った。



「――つまりは、この国の王家に反旗を(ひるがえ)す一派なのか? ということさ」









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