規格外の片鱗
とりあえず、アシュリーの案内で近くの街まで行ける目処が立った。
のだが。
ちょっと回り道になる事態が発生した。
道中でデルムッドたち俺の召喚獣の連携を目にしたアシュリーが、自分の狩りを手伝って欲しい、と言ってきたのだ。
「ね? お願い、いいでしょ? あたしも今日の稼ぎなしってわけにはいかないし。街まで案内する見返りってことで。もちろん、換金したら分け前は払うから!」
確かに、彼女の狩りは冒険者として、その日の生活がかかったものだ。
俺の案内だけで今日を終わらせて彼女が無収入、というのはちょっと申し訳ない。
それに、何より俺はこの世界で一文無しだ。
街に行くなら多少の金は準備しておいた方がいいだろう、ということで、臨時収入がもらえるバイトを請け負った。
まぁ、水は確保して腹ごしらえもしたし。
街まで案内してくれると保証してくれているのだから、ちょっとくらい寄り道しても大丈夫だろう。
彼女も、約束を破って、すかんぴんの俺を森に置き去りにする理由も無いだろうし。
そこからは、お約束のデルムッド無双だった。
獣の襲撃を察知して迎え撃ち、隠れた獲物を嗅覚で探し出して逃さない。その機動力と『敏捷』の能力で一方的に刈り取っていく。
吼え止め、と呼ばれる鳴き声で威嚇して獲物を足止めする方法もこなす万能さだ。
その猟犬としての有能ぶりに、アシュリーの瞳が輝いていた。
「なにこの子! 一匹で何でも狩れるなんて! ねぇ、この子あたしに譲って!? この子相棒にしたいわ!」
「いや、召喚獣だから。譲ってあげられないから。ね?」
うちの主力をスカウトしようとすんな。
デルムッドの活躍に惚れて、毛皮に抱きついて夢中でモフモフするアシュリーに、デルムッドは困ったように俺を見て「くぅん」と鳴いていた。
アシュリーは弓を使うので、遠距離攻撃のプチサラマンダーはカードに戻した。
森の中で、火は迂闊に使えないし。
代わりの召喚枠で呼び出すのは、安定の『奇襲』持ち、ゴブリンアサシンだ。
デルムッドが見つけて俺が視認した目標を、奇襲で即座に攻撃する。
その特性をアシュリーに説明すると、『奇襲』召喚の便利さに言葉を失っていた。
まぁ、自分で照準を微調整する生きた砲弾だからな。
空を飛んでる相手にも撃てるし、便利すぎる。ステータスは最弱だけど。
「普通はそんな遠くに呼び出しても、逆に本人の身を守れないと思うんだけど。たくさん召喚できて護衛がいるから、安全に戦えるのね。もしかして、コタローってすごい術士?」
アシュリーが感心したように言ってくる。
うーん? 1コストのアバターしか呼び出せないけど、複数呼び出せるってのは利点だよな。この世界の術士とは違う利点なのかな?
この世界の基準がまだわからないけど、地球じゃサバイバル経験のなかった俺でも何とか生きていけるんだから、もしかして恵まれた能力なのかな?
人里で、帰る情報のついでに常識も学べばその辺のことはわかるかな。
もし特殊な能力なのだとしたら、変なのに目をつけられても困るし。
言葉に困って返事が返せないでいると、アシュリーは別のことを注意してきた。
「そろそろ人が立ち入る区域になるから、気をつけてね。オークとか、人を狙う大型の魔物がうろついてる区域になるから」
「うん? 普通は逆じゃないか。人が立ち入らない森の奥の方が強い獣が多いんじゃ」
「オークやゴブリンは人型の他種族のメスを襲って繁殖するから。人間が立ち入りやすい街のそばとか、森の入り口の方が出やすいのよ。あと、人間や村の畑を襲ったりする魔物も人里の方がエサが多いから、数が増えるわ」
野生のイノシシか。
森の奥で小さな獣や植物を探すより、食べられるものが育ててある人里に近い場所の方がエサを探すのが楽なんだろう。農村に下りて畑を荒らす日本のイノシシを連想して、少し微妙な気分になった。
実は森の奥より、出口の方が危険なようだ。
ウサギとかの武装といい、狩られる危険を回避するより狩り返す進化をしてるってことだから、この世界の生き物って強気というか本当に攻撃的だよな。
そういう危険な世界だから、冒険者ってハンター業に需要があるのかもしれない。
森の出口に向かって進むにつれ、ウサギとか目じゃない危険生物と遭遇し続けた。
全部倒したけど、中でも危険だったのは、以下の二種だ。
・『ハウンドウルフ』
2:2/1 『敏捷』・関連するケガを負っていない限り、高確率で攻撃を回避する。
・『キラーアント』
2:1/1 『甲殻1』・1点以下の攻撃を無効化する。
カード化された説明を読んで、思わずげんなりした。
デルムッドと同じ『敏捷』を持つ狼、ハウンドウルフは攻撃が当たらなくて、ゴブリンアサシンの『奇襲』を使ってようやく倒したし。
キラーアントの『甲殻』は、ゴブリンズの攻撃もアシュリーの弓もまったく通じなくて本当に焦った。唯一攻撃力2を持つデルムッドが噛み砕いてくれなかったら危なかった。
アシュリーに聞くと、「ゴブリン喰い」とも呼ばれる危険な巨大アリなのだそうだ。
おまけに、どちらも群れて現れるのだ。
ハウンドウルフは三体、キラーアントにいたっては五体出てきた。
護衛に徹していたゴブリンズもそれぞれ三回ずつくらいカードに戻ったし、俺も二度ほど攻撃を受けた。
すぐに再召喚したり、反射的に治癒の法術で回復したけど。
キラーアントのアゴ、本当に痛い。すぐ治療したものの、思わず叫び声が漏れた。
ステータスが低くても、特殊能力持ちの魔物は厄介だ。
全部返り討ちにしたことに、アシュリーが呆れていた。
「まさか、全部倒すなんて……逃げようって言ったのに」
「大所帯だしなぁ。逃げようとしたけど、追いつかれたり囲まれたりしそうだったから。仕方なかったんだよ」
「それに、回復魔術まで使えるなんて……召喚術士じゃなかったの?」
どうやら、この世界の召喚術士は、召喚術だけで他のスペルは使えないようだ。
うーん。どうやってごまかそうかな?