街中に出る鬼
「……で、何で二人してそんな格好で俺の部屋にいるのかな、きみたちは?」
早朝から、俺はベッドの上に座って肩身を狭くしていた。
「どうせ弓の手入れするんなら、今日の予定を相談しながらした方が有意義じゃない?」
「同感だ。防具も手入れせねばな」
両脇に、薄い湯着姿のアシュリーとナトレイアが居座っているからだ。
武具の手入れとか、お前ら夜やってるだろ!
なんで朝っぱらから、俺の部屋で、狭いベッドに腰掛けてやってんだよ!?
「いつ狩りに行くのかなー、とか催促してないわよ、あたしたちは?」
「研究所から戻って二日間、部屋で寝てばかりだな、などと思っていないぞ?」
思ってんのね。
そうなのね。ごめんね。
「悪かったな。俺だってゆっくりしたいときはあるんだよ。そもそも、冒険者ってのは、毎日依頼をこなすもんじゃないだろ。休養だって重要じゃないか」
「部屋にこもりっぱなしなのは、休養とはまた別のものにしか思えないけど」
アシュリーが、身を乗り出すように俺に迫ってくる。
やめろその湯着隙間から胸が見える。
無理矢理顔を逸らそうとして、ふと気づく。
こんな格好して密着してくるのって、もしかして。
「……元気出せ、ばか」
顔を赤くしながら、アシュリーがぼそりとつぶやく。
気を遣わせちゃったか。
「んー、そうだな。狩りには行かないけど、街中でも見てみるか。孤児院に行くのもいいな。二人とも、付き合ってくれるか?」
「……! ええ、いいわよ?」
「ふむ。美味い店でも探してみるのも悪くないな」
途端に、どこへ行こうか、と相談し始める二人。
うーん。どうも、空間魔術の当てが外れて、落ち込んで引きこもってたと思われてたっぽいな。
実際に、この二日間外に出る気力が湧かなかった辺り、気づかないうちに失望でもあったのかも知れない。
いや、本音は、本当にだらだらしたかっただけなんだけどね?
辺境では貴族の勉強でカンヅメ、王都まで強行軍で空の旅、到着したらすぐに魔導研究所行き、と最近本当に忙しかったんだよ。
張り詰めていた糸が切れた、という奴だ。
でも、確かに紛らわしかったな。二人ともすまん。
休暇はまた別のときに取るかー。
「……お前ら、俺が本当に落ち込んでて、やけになって襲いかかったらどうするつもりだったの?」
「え? コタローの腕力で?」
「私たちに、襲いかかる?」
まるでチワワが突然牙でも剥いたかのように驚かれた。
どうせ俺は攻撃力ゼロだよ、コンチクショウ!
******
ということで、デルムッドとエミルを召喚して、午前の街中に繰り出す。
「せっかくだから、王都の道具屋でも見てみるか」
「……また何か、ぐらいだーみたいな変なものでも作る気?」
「道具屋は工房通りだな。市場を抜けた方が近いぞ」
この時間帯だとまだ賑わいのある、市場通りを歩く。
朝食の時間は過ぎてるけど、人が多いなー。
と、しばらく進んだところで、人だかりが出来ていた。
何だろう? とのぞき込んでみると、聞いたことのある悲鳴が聞こえてくる。
「おやめください! この子のしたことの責は、わたしにあります!」
フローラさんじゃないか。震える子どもをかばうようにうずくまって、叫んでいる。
相対しているのは、小太りの子ども……服装からして、貴族?
護衛の騎士らしき兵も連れてるな。
なんでこんな、平民の市場に?
「フローラさん。どうしたんです?」
「こ、コタローさん……」
「何だ、貴様は?」
小太りの少年貴族が、強い口調で俺をにらみつけてくる。
「知り合いだ。何があったんだ?」
「口の利き方に気をつけろ、平民! この女の連れている子どもが、俺様にぶつかって伝来の細工を壊したのだ! 弁償させねば気が済まん!」
「ぶつかって? 壊した?」
少年貴族の足下を見ると、箱から崩れ落ちた宝飾品の破片がこぼれている。
ああ、壊れてるね。
というか、何でこんな高そうなもん持ってこんなとこをうろついてんだよ。
あからさまに怪しいだろ。
「っ、えぐっ、あのおにいちゃんが、ぶつかってきたの……」
抱きしめられている子どもが、泣きながら教えてくれる。
やっぱヤラセじゃねーか。
それにも気づかず、小太りの少年貴族はふんぞり返りながら、ニヤリと下卑た笑いを浮かべてみせる。
「この置物の価値は金貨百枚だ! 弁償できないと言うのなら、借金してでも払ってもらうぞ! 女、お前が払うのか!」
ああ、借金で縛って平民を良いように扱いたいのね。
絵に描いたようなゲスだな。
「そうか。なら俺が直そう。――『靴妖精の工具』」
カードを起動すると、破片が淡い光に包まれる。
数秒もせず、そこには無傷の宝飾品が置かれていた。
それを拾い上げて箱に戻し、護衛の兵に押しつける。
一連の光景に、おお、と周囲の民衆からどよめきが上がった。
「な、な……!?」
「これで元通りだ。こんな往来だ、ぶつかるのはお互い様ってことで良いだろ」
「ま――待て!」
貴族のクソガキは、それでも諦めがつかないのか、食い下がってくる。
「それでも壊したことには変わりない! 怪しげな術を使っても、本当に元通りになっているとは限らん、その女に弁償を――」
「やめとけ。それ以上は、貴族法が適用されるぞ」
ポケットから騎士勲章を取り出す。
裏面には、叙任した辺境伯家の家紋が刻まれている。
「コタロー・ナギハラ騎士爵だ。平民にあらぬ罪を着せるなら、貴族法に基づいてお前を訴える」
ぱくぱくと、少年貴族の口が驚きに開いている。
どこのアホ貴族の子どもか知らんが、お前のやってることは丸っきり貴族法違反だ。
なに驚いてんだ。平民街区にだって、貴族くらいはいるだろ。
お前みたいによ。
「け――決闘だ!」
「……は?」
何をトチ狂ったのか、貴族は顔を真っ赤にして俺を指さした。
「本当に貴族だというなら、決闘を受けろ! ――お前のような貧相な者が、武勇で成る騎士爵であるものか! ニセの騎士勲章をかざしおって、成敗してくれる!」
疑われてる?
いや、違うな。俺が弱いと見て、訴訟者を暴力で抹殺する気か。
本当のアホだな。
お付きの兵もアホなのか、剣を抜いて俺に決闘の意思を示している。
ナトレイアが一歩前に出ようとしたが、俺はそれを止めた。
もう、一分経って魔力が回復してるからな。
「決闘を受けても構わんが、俺は召喚術士だ。王国制定の決闘法に則り、自分の技量として召喚獣を喚び出して戦うぞ。構わないか?」
「は! どうせ、オークやウルフ程度だろう! そんなものに俺様の護衛が後れを取るものか!」
「いいんだな?」
もう一度確認し、ナトレイアとアシュリーに目配せして、周囲の観客を遠ざけてもらう。
ちょっと大きい奴を召喚するからね。
市民の皆さんやフローラさんたちには、危ないから離れてもらう。
「決闘成立だ! やってしまえ、ボブルよ――」
剣を構え、襲いかかってこようとする護衛兵士。
俺は慌てず、カードを選択する。
「召喚。……『ブラッドオーガ』」
『ブラッドオーガ』
4:3/5
『高速再生1』・このアバターは、時間経過とともにHPが1ずつ回復する。
「グォオオオオッッッ!!」
「ひぃぃぃ――っ!?」
かつては俺とアシュリーも殺されかけた、トリクスの森の主である。
魔力が4まで上がって、ようやく喚べるようになった。
元が5もあるHPに加え、三十秒に1ずつ自動回復していく再生能力つき。
地上戦ならラージグリフォンより頼りになるアバターだ。
こいつを倒すのは、そこらの兵士じゃなかなか難しいぞ?
その巨体に、周囲の民衆から悲鳴が上がるが、対峙した護衛兵士はそれどころでは済まない。
あまりの恐怖に、ヒザから崩れ落ち、恐怖に身を震わせながら剣を手放した。
「ば、バカ者! 立て、ボブル! 戦え! でないと俺様が罪に――」
クソガキが叱咤するが、護衛の兵士は恐怖で動けない。
もうすぐ二分経つぞ。また魔力が回復しちまうな。
「もう一体召喚だ。――『ブラッドオーガ』」
「「グォオオオオォォンッッッ!」」
「ひ、ひぃぃぃぃ、たす、助けてくれ、食われたくない――ッ!」
護衛の兵士は、オーガ二体の威圧に耐えきれず逃げだしてしまう。
「さて。敵前逃亡だ、決闘は俺の勝ちで良いな?」
「う、わ……うわぁぁ、来るなぁぁぁぁっっっ!!」
貴族のクソガキもまた、オーガの咆吼に追い払われるように逃げ出していった。
あ、待て。せめて家名を名乗ってから逃げやがれ、訴えてやるから。
ため息をついて、オーガ二体をカードに戻すと、そこには元通りの市場の光景がある。
やや置いて、正気に返った民衆から、爆発的な歓声が上がった。
「大丈夫ですか、フローラさん?」
「あ……ありがとうございます。コタローさんは……一体、何者なのですか……?」
驚きに目を見開くフローラさん。
怖がられてはいないようで、何よりだ。
横暴な貴族を撃退した興奮に沸く市場の通りで、俺は少し考えて、答えた。
「なに、そこら辺の、ただの騎士爵ですよ」




