戦力の平和利用
魔導研究所を出て、んーっと背伸びをする。
開放感を全身に感じ、俺は王都の空を見上げた。
「やれやれ、何事もなく済んだな……」
「解剖されたり改造されたりするかと思った……」
後ろでナトレイアとアシュリーが、疲れ果てた表情でげんなりしている。
魔術士じゃない二人にとっては、ここは魔窟同然だもんなぁ。
「それで? お主はこれからどうするのじゃ、騎士爵?」
庶民服に着替えたオーゼンさんが、俺に尋ねてくる。
自分の屋敷に戻らず孤児院に行くつもりらしいから、所内で着替えていた。
貴族服は、お付きの執事さんだかが持ち帰るらしい。
「そうですねー。冒険者らしく、狩りにでも行って実力を伸ばそうかと」
「ふむ、良い心構えじゃな。……てっきり当てが外れて気落ちしとるかと思うたが。前を向いておるならば、それで良い」
うーん。
正直言うと、俺の目的としては、空間を飛び超えるだけじゃなくて、世界を、たぶん次元を超えなきゃ行けないからね。
そんなレベルの魔術がこの世界にあるんなら、もっと異世界の文化が根付いてるはずだと思うわけですよ。
そんな様子が見られなかった時点で、元からあまり期待はしていなかった。
強いて言うなら、魔道具の文化がそれっぽいかな、くらいで。
ま、次の案が見つかるまでは、大人しくレベル上げだな。
うっかり違う世界に行ける『伝説』を喚び出せるかも知れないし。
「じゃが、気をつけろよ? 王都周辺のモンスターは、平均的にかなり強いぞ。それこそ、辺境と違って駆け出し冒険者が倒せるような弱いものは少ない」
「そうなんですか? 普通、逆じゃないですか。人の手の入ってない辺境の方が野生のモンスターは多いもんじゃ」
そう疑問を浮かべると、ナトレイアが答えてくれた。
「その答えは簡単だ、コタロー。王都は冒険者が集まりすぎて、弱いモンスターは狩られ尽くされてしまっているのだ」
「各地から集まった駆け出し冒険者が、寄ってたかって狩れる獲物を狩り尽くしたってわけ?」
アシュリーが、嫌そうに顔をしかめながら予測する。
その答えが正しいと、ナトレイアは困ったように眉間をしかめてうなずいた。
「昔から、都会を夢見る冒険者が王都に集まってな。狩り場の獲物の奪い合いが起こった。弱いモンスターほど弱い冒険者でも狩れるから、次々と狩り尽くされてな。今や、絶対数こそ他の地方より少ないが、生き残っているモンスターは平均的に強いものばかりだ」
「あっちゃあ。狩人の飽和状態か」
昔のネトゲでモンスターを全滅させて、リポップ待ちの状態になってたようなもんか。
しかし、獲物が減ると、冒険者が食えなくなるのでは?
「じゃあ、王都で駆け出しの冒険者って、どうやって暮らしてるんだ?」
「街の中の仕事を請け負うか、諦めて他の地方に稼ぎに行くか、だろうな。もしくは、王都のベテラン冒険者パーティの荷物持ちでもやりながら、鍛えてもらうのかもしれんが」
「……王都で冒険者一本でやっていくには、かなりの実力が必要ってことかしら」
アシュリーがうむむ、と頭を抱える。
厳しいなぁ、王都の駆け出し冒険者。
辺境領はモンスターの狩り手が足りなくて、そこら中に魔物がいて困ってるってのに。
……ああ、だから辺境とか手頃な獲物が多い地域に行くのか。
「じゃあ、オーゼンさん。王都の冒険者は、強い連中が多いってことですか?」
「そうじゃな。他の地方よりは、生え抜きの精鋭が残っておるんじゃなかろうか。幾度か侯爵家として依頼を出したこともあるからの」
侯爵みたいな上位貴族に冒険者なんかが依頼されるってのは、かなりの実力と実績がないと無理だな。
普通に、貴族に伝手ができる実力ってことだし。
「いっそ、グリフォンに乗って、ちょっと離れたところまで足を伸ばす?」
「それはいいな。私も早く乗りたい」
「グリフォンまで喚べるのか? それも複数?」
二人の会話を耳聡く拾い、オーゼンさんが目を瞬かせる。
まぁ、もう召喚のことは知られてるから、半分どうでもいいけど。
「喚べますよ。大きいのを十体くらいが今の限界かな」
「……それだけ喚べるなら、グリフォンに戦わせて狩れば良いと思うのじゃが」
数に呆れた、使い方に呆れた、と言わんばかりに、オーゼンさんがため息を漏らす。
……そうですね。
乗り物扱いしてるけど、よく考えてみれば、ドラゴンにトドメ刺したトルトゥーラと同じスタッツの飛行アバターだしね。
それが十体もいれば、そりゃ強いだろう。
「何か、急に何とかなるような気がしてきた」
「改めて考えてみると、今のコタローって過剰戦力よね」
「私の護衛は、本当に必要なのか不安になってきた」
ふはははー。流星弓を諦めたくなければ、俺を守るのだ。ナトレイアよー。
なんだかんだで、強化スペルとか使うとパーティ最強の火力を出せたりするから、密かに頼りにはしてるんだけどね。
「アルストロメリアが所長から帰ってきたら、ナトレイアに持ってもらう予定だからさ。今後もよろしく頼むよ」
「帰ってくるのか、あれは? まぁ、持つのは構わんが。能力は後で教えてくれ」
所長は手放したがらないと思うが、無理矢理カードに戻すから大丈夫だ。
「……グリフォン十体など、ちょっとした軍並みの戦力じゃぞ……何で騎士爵程度に留まっておるんじゃ、お主……」
オーゼンさんがおののいているが、気にしないでください。ただの無害な騎士爵です。
わたしは草。
みんな忘れてる、というか、知ってるアシュリーも忘れてると思うけど。
実は、地上戦力ならもっと頼りになるアバターもいるしね。
何とか戦えるんじゃないかな?
「のぅ、騎士爵。グリフォンを複数喚べるなら、このじじぃから頼みがあるのじゃが……」
と、オーゼンさんが何やら怪しい笑顔で俺ににじり寄る。
……何でしょ?
******
「あの……騎士爵……そちらのお連れは……?」
「孤児院の子どもたちです。たまには街の外の自然に触れようということで。護衛は我々が務めますので、ご安心を」
「ごあんしんをー!」
「をー!」
貴族用の街門を通り、門番の衛兵さんから不思議そうな顔で見られながらも、街の外へ出る。
ぞろぞろと十五人くらい、その大半が五・六歳の幼児たちとなれば、そりゃ不審にも見られるだろう。
引率のフローラさんがいなければ、孤児の集団誘拐かと疑われそうだ。
「――このぐらい街門から離れれば大丈夫ですか、オーゼンさん?」
「そうじゃの。まぁ、この辺りなら良かろうかの。さ、頼んだぞ、騎士爵」
「……あの、コタローさん。本当にすみません、お祖父様が無理を言って」
フローラさんが頭を下げてくるけど、言い出したのはオーゼンさんだ。
まぁ、こんな頼みなら聞くのは良いんだけどね。子どもは嫌いじゃないし。
「召喚、『ラージグリフォン』。――ほらほらチビども、暴れるなよ。一緒に乗るフローラさんが大変だからな?」
「おー、とりー!」
「とり? ねこ?」
小さい民家サイズのラージグリフォンに、子どもたちは興味津々だ。
アバターのグリフォンは大人しく、鷲の頭を下げて子どもたちにすり寄っている。
「――すごーい! たかーい!」
「こ、こんな景色が……! 凄い……!」
子どもたちやフローラさんの感動の声が聞こえるのは、それからすぐのことだ。
そう、子どもたちに空からの景色を見せてやりたい、とオーゼンさんに頼まれたのだ。
なので、交代でラージグリフォンの背に乗せて飛ばせている。
「おお、喜んでおる。すまんのぅ、騎士爵。お主ほどの者にしか頼めんでの」
「まぁ、こんな使い方なら構いやしませんよ。孤児院への寄付金代わりですね」
一応、魔導研究所に口利きしてもらった恩があるしね。
オーゼンさんに、子どもたちのためにと頼まれたら、ちょっと断れないよな。
「ふははー、子どもたちよ! 大人しくシスターに掴まっているのだぞ!」
お前はもうちょっと落ち着け、ナトレイア。どこの魔王だ。
子どもたちが落ちたら大変なので、落下防止ネット代わりにナトレイアもラージグリフォンに騎乗して補佐している。
街壁の上から飛び降りても平気なナトレイアなら、うまく受け止めてくれるだろ。
「コタローさーん! ありがとうございます、こんな景色が見られるなんて、わたし、生まれて初めて!」
そう言ってはしゃぐ、フローラさんの笑顔がまぶしいね。
高空過ぎて見えないけど。
下着見えないように気をつけてください。
索敵のパックドファルコンや、ついでのエミルたちと一緒に、グリフォンの背で空を飛ぶ子どもたちはとても楽しそうだ。
その様子を眺めて、うんうん、とオーゼンさんは腕を組んでうなずいている。
世はなべて事も無し。
「――ま、こんな日があっても、たまには良いよな」




