空間魔術isいずこ
古代を知る『伝説』、創国の王剣アルストロメリアを抱きしめるエルキュール所長。
「へぇー、そんな文化があったのかぁー。で? で? メリアたんの前で王様に報告してた魔術士は、何族? エルフ? 普通人?」
抜き身の剣に頬ずりしながら、恍惚とした表情を浮かべ、ぶつぶつと独り言を漏らす女伯爵。端から見てると危険極まりない。
おまわりさん、こちらです。
実際には、アルストロメリアは持ってる相手に意志を伝えられるので、会話が成立してると言うことなのだろうが。
古代史を知る証人が目の前にいるとあって、エルキュール所長は「メリアたん」呼びでもう剣との会話に夢中である。
所長、あんまり頬ずりすると切れますよ。一応剣ですから。
「あー……所長。アルストロメリアはしばらく貸しますから、俺の話も聞いてもらえませんか?」
俺の言葉に、ぴん、と背筋を伸ばしてこちらを見る所長。
おかしい、猫耳と猫しっぽの幻覚が見える。
「か、貸してくれるのか!? メリアたんを!? 本当か、メリアたーん、今日は夜通しお話ししようねッ!!」
「聞いてます、所長?」
「良いとも良いとも、何でも聞いてあげるよッ!」
暴走状態の所長をなだめるため、一度アルストロメリアを引き離して向き直る。
気を取り直して、本題へ。
「空間魔術の話かの、騎士爵?」
「そうです、オーゼンさん。――所長、空間を移動、あるいは操作する魔術はこの世界に存在しているんですよね?」
俺の質問に、エルキュール所長は真面目な表情で訂正を加える。
「違うよ、騎士爵。正確には、存在していた、だ。今となっては使い手はもちろん、その理論すらあまりわかっていない」
「理論すら?」
アシュリーもナトレイアも、エミルやグラナダインも俺同様に首をかしげる。
特にアシュリーは、空間魔術系統のマジックバッグを持っているからなおさらだ。
そんな俺たちに、所長は魔術史の講釈を語る。
「そのエミルという妖精の語ったように、空間魔術の使用者は、かなり昔から減り続けていたと思われる。高価で便利なマジックバッグの生産を始めとして、使える者は巨大な権益を得ていた。ならば必然的に、ある傾向が生まれることになる」
「既得権益の独占……知識の秘匿化、ね?」
アシュリーの憶測に、所長は重くうなずく。
「そうだ。察しが良いな、従士。――空間魔術の使用者たちは皆、貴族籍を得ていたが、ある時期に空間魔術の原理が公開されなくなりはじめた。転移魔術や収納魔術など、個人の技能はその所有者が絶え、財源として濫造されたマジックバッグなどの現物のみが今の時代に残っている」
「国家としては、歓迎できない状態でしょう。王室は対応しなかったんですか?」
「無論、公開を強制したさ、騎士爵。だが、そもそも『空間』というものは非常に認識しづらい概念で、それを操作する魔術など習得は困難を極める。強制的に公開された情報を元に習得しようとした魔術士は皆、挫折した」
そこには、ある疑念が生まれる。
「そうだ。当時の魔術士たちは、こう思ったはずだ。――果たして、本物の理論が公開されているのだろうか? とね。だが、見せしめに王室が罰しようにも空間魔術は便利すぎる。希少で貴重な使い手の命を奪うわけにもいかず、有効な対処ができなかった」
「本物の魔術理論を提出している、再現も習得も出来ないのは、学ぶ側に問題があるからだ。……そう押し通されて、当時の王室も強くは出られなかったというわけじゃな」
「……先代の言うとおり、その当時でも空間魔術士は相当な権勢を持っていたはずだからね。選民意識もあれば、特別視も強くされていただろう。収納魔術は物流を支配し、転移は兵站や行軍というものを無視する。何より……」
「『どこにでも現れられる』、ということは、王族でさえ、その命を誰にも保証されぬ、ということじゃ。夜、寝静まった寝室にでも転移されれば暗殺など容易じゃからの。そんな空間魔術という『暴力』を持った相手には、誰も強く出られぬ」
二人の話と、その語る空気に、思わず息を呑む。
空間魔術士に対抗するには、空間魔術士くらいしか無理だろう。
なら、その魔術師たち同士が結託したら?
「所長。もしかして、空間魔術の使い手がいなくなったってのは……」
「そうだ、きみの予想は非常に適切だ、騎士爵」
所長はそこで息を吐き、そして静かに言った。
「私は、空間魔術の使い手は、『断絶させられた』のだと思っている。自在に転移できる空間魔術士を処刑するのは難しいだろうから、技術秘匿を受け入れて、消極的に後継者が生まれない状況を、ときの権力者が作り上げたのかも知れないな」
あるいは、好意的に見れば。
その技術の秘匿でさえ、空間魔術の危険性を恐れた使い手が、良心の元に断絶をもくろんだのかも知れない。
誰でも使える技術、ではなく、特定の人間しか使えない絶対的な戦力。
長い年月の果てに、空間魔術がそんな存在に希少化してしまったら、いっそ無くそうと考える人間がいてもおかしくはない。
「そういうわけで、空間魔術の再現は難しい。……なぜ禁術に指定されていないかと言えば、ひとえにマジックバッグの存在ゆえだろうな。禁止するには便利すぎる。禁止すれば、何も知らない所持者たちから反感を買う」
「正しく使えるならとても有効だから、禁止にはしたくない、と言った辺りですか」
それで、有るものは使っても良いけれど、新たに覚えられるわけではない、と。
マジックバッグも登録が必要で、管理されてるってアシュリーが言ってたもんな。
この時代の人たち的にも、本音は復活させたいんだろうけど。
意図的に隠された、いわば破棄された魔術か。
まぁ、納得できないこともない。けど。
「じゃあ、俺が習得して故郷に帰るってのも、難しいですね……」
「そうだな、騎士爵。まぁ、図書館に行っても、『どういうことができた』『どういう魔術があった』という記述の資料があるくらいで、原理や理論の載った書籍は無いだろう。無駄足を踏まずに済んだ、と考えることもできる」
なるほどね。図書館は無意味か。
何の救いにもならないけど、フォローありがとうございます、所長。
「むしろ、空間魔術を使える召喚獣を喚べるようになる方が、早いんじゃないの?」
アシュリーの一言に、俺はぱちくり、と目を瞬かせる。
「エミル、グラナダイン。空間転移できるお仲間とか、知ってるか?」
『いるんじゃない? 喚ばれるまで、「向こう」では魔術なんか使えなかったから、よくわかんないけど』
「空間魔術が普及していた時代の存在は、何柱かいるはずだ。現に、我が身もアルストロメリアも、その時代の者であるわけだから」
そりゃそうだ。
魔弾の大賢者じゃないけど、魔術士タイプの『伝説』の存在なら、使えても何もおかしくないな。
いや、でもそんな強そうなアバターだと召喚コストが高いんじゃないか?
うーん。結局は、階位を上げなきゃダメってことか。
なかなか楽はできんなぁ。
「……ありがとうございます。地道にがんばってみます」
「うんうん、何かあったらいつでも頼ってきてくれたまえ! それに、きみの故郷の話も興味深いからね!」
「辺境領の話をしたら、もっと色々な話を聞きたいと言っておったぞ、騎士爵」
所長とオーゼンさんから、次々にラブコールが来る。
いや、地球の文化を話すのは別に構わないんだけどね?
エルキュール所長の生け贄になるのは、なるべく御免被りたいな。
アルストロメリアも、数日後くらいにほとぼりが冷めたらカードに戻して回収しよう。
「もし空間魔術が使える存在を召喚できるようになったら、ぜひ紹介してくれたまえ! いつでもこの研究所に入れるよう、騎士爵のことは最重要の賓客として職員に通達しておくぞ! おっと、もちろん、きみの能力のことは極秘にしておく!」
なんか凄い俺のことを買ってくれるのは嬉しいし、秘密にしてくれるのはありがたいんだけど。
歴史学者とかに秘密にしておく辺り、絶対に手放さないぞ、という意図が見え隠れして怖い。
……あまり問題にしないでくださいね、所長?




