創国の王剣
かつて、様々な種族の争う戦乱の地で、大地に一条の線が刻まれた。
獣人の王は、その線を示し高々と宣言した。
――これなる境界をもって、我が国土とする。我が国は何人にも侵されざるなり!
そうして人々をまとめ、興された王国は、千年の繁栄を築いた。
勇猛なる獣人の王の統治する国は、民衆の支持により永く永く続いた。
その玉座の間には常に、大地を分かち示した一本の剣が飾られていたという。
今やこの地上には無き、遠く遙かなる王国の物語……
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「ゆぅーっくりしていってくれよぉー? 色々な話を聞かせてもらうからねぇー?」
通された魔導研究所の応接室で、俺たちはもてなされていた。
四つある大きなソファの一つで、エルキュール所長がにこにことお茶を用意している。
そのソファを囲むように座るのは、俺たちを連れてきたオーゼンさん、アシュリー、ナトレイア……
そして、正面に俺と、召喚されたグラナダインである。
「あ、主……大丈夫なのか? このご婦人、様子がおかしいのだが……」
「……耐えてくれ、グラナダイン。エミルの勧めで、喚ばないわけにはいかなかったんだ」
『えーっ? だってエミルちゃん、そんなに大昔のことはわかんないしーっ!』
グラナダインの存在を所長にバラしたのは、茶菓子にかじりついているエミルだ。
エミル自身、『伝説』たちの中では比較的最近の存在らしく、数千年前に活動していたグラナダインの方が昔のことはわかるだろう、と所長に教えたのだ。
どう考えても、相手が面倒なのでグラナダインに丸投げした形である。
グラナダインの表情も、笑顔が引きつっていた。
「あ、あたしたちはなぜ……?」
「語れることなど、何もないぞ……?」
「道連れだ。諦めてくれ、二人とも」
アシュリーとナトレイアも、人生を諦めたような顔をしている。
逃がさんよ?
「それで、グラナダイン殿? 貴方が名を立てたのは、詳しくはいつ頃のことで?」
「は、はぁ……我が身が没して幾千年が過ぎたかわからぬので、正確なことは言えないのですが。少なくとも、この辺りの土地は別の大国でしたね。マークフェルという普通人種主体の国は、聞いたこともありませんでしたよ」
エルキュール所長の真面目な質問に、戸惑いながら答えるグラナダイン。
「建国以前の歴史! そ、その国は何という名で、どのような国なのか?」
「ええ、『リグルンド王国』という、獣人族の王が代々治める国でしたね。エルフやドワーフ、ハーフフットや魔族など、様々な人種が特に争いなく共存する国でした」
「リグルンド……歴史学者の提唱する、古代文明の名じゃな……実在したのか……」
オーゼンさんも、思い当たることがあるのか小さくうなずいている。
「ま、魔術は!? その国では、魔術は使われていたのか!?」
「ああ、はい。エルフやドルイド、魔族が共同で魔術を研究していたので。魔術の利用は盛んでしたね。理屈はわかりませんが、国内各地や他国の土地をも結ぶ『転移門』というのが設置されていて、食糧や資源の交易で盛り上がっていたようです」
「て、転移門! 失われた空間魔術が当たり前に!」
興奮のあまり、今にも卒倒してしまいそうなエルキュール所長。
逸失技術らしいもんな。グラナダインが使えたら、俺も話が早かったんだけど。
弓一筋の人生の弓聖だもんな。魔術は無理か。
「エミルは空間魔術使えたりしないのか?」
『エミルちゃんは補佐専門だもん。それに、わたしの時代でも空間魔術はもう使い手がかなり減ってたよ? 使える人はみんな偉い役職に就いてたもん』
そうだよなー、テキストに魔術スキル無いし。
魔術を強化は出来るけど、エミル自身が魔術を使えるわけじゃないんだよな。
それに、グラナダインとは別方向に魔術の理論に興味なさそうだし。
――たい……
「……うん? 誰か何か言ったか?」
「何の話だね?」
「どうかしたんですか、主?」
いや、何か声が……
――話をしたい……
また聞こえた。こ、これは。
俺は辺りを見回し、確認した後、一人で頭を抱えた。
喚ぶべきか、喚ばざるべきか。
――自分も、リグルンドの話をしたいよぅ……
あーもー、わーかったよ!
お前の名は!?
「すみません、ちょっと召喚します。……召喚。『創国の王剣、アルストロメリア』」
断りを入れて召喚すると、光が集まる。
俺の手の中に現れたのは、一本の長剣だった。
「な、ど、どうした騎士爵!? 私たちが何かしたか!?」
「ど、どうしたんじゃ、突然武器など召喚しおって!?」
慌てる所長とオーゼンさんに頭を下げて、事情を説明する。
「す、すみません。使う意図はなくて、この剣が、なんか召喚しろって訴えかけてたんで」
「……剣が? 訴えた?」
『あ、アルストロメリアじゃーん。そっか、リグルンドって、あんたの創った王国かー』
「ああ、そうですね、確かにリグルンドと縁が深い存在だ」
――ありがとうー。
エミルとグラナダインの伝説組は、この剣のことを知っているようだ。
カード一覧で、テキストを確認する。
『創国の王剣、アルストロメリア』
3:装備品:+1/+0の修正を受ける。
『名称』・同じ名称を持つ装備品は、一つしか召喚できない。
・装備している者は『貫通』を持つ。(防御や『甲殻』『肉壁』を無効化する)
え、『甲殻』無視? これで斬れば誰でもドラゴン倒せるの?
ヤバくね?
一緒に書かれてる『肉壁』って能力も気になるけど、確認のしようが無いな。
「……ぬ? 王国を? 創っ……た? どういう、意味じゃ?」
「何でも、リグルンドの建国王が、その剣で地を裂いて国土を主張したらしいですよ。それがリグルンドの起こりだとか。それからずっと、王宮に飾られて国の歴史を見守ってきたそうです」
「そんなの、古代王国の国宝じゃないかぁぁぁっっっ!!」
グラナダインの説明に絶叫して泡を吹きかねないエルキュール所長。
オーゼンさんも、歴史的遺物に呆然と目を見開いて固まっていた。
――えへへぇ……
照れている思考が、王剣から伝わってくる。
言葉は発せ無いけど、意思は伝えられるんだな。
さすが伝説の剣、日本で言う付喪神か、アニメに出てくるインテリジェンス・ウェポンか?
しかし建国王の武器って割には、ずいぶんのんびりした性格してるのな。
「な、なんてものを召喚するんだよ騎士爵ッ! 歴史研究者が知ったら血眼で奪いに来るぞッ! ああもぅ、他には漏らせないじゃないかッ!」
「そんなものまで召喚できるのか……少々、侮っておったようじゃな……」
そんなこと言われてもですね。
ピンチでも無いのに『伝説』が主張してくるとは思わなかったよ。
自分に関わり深い話題が出た、貴重な機会だったからか?
まぁ、喚んじゃったもんはいいか。
「あ、所長。この剣、持ってると意思の疎通ができるんで。何か色々話したがってるんで、お話聞いてあげてください」
ほい、とアルストロメリアを手渡す。
抜き身だけど、触れれば切れるってほど鋭くないからね。
「うわぁぁぁっっっ、古代の国宝!? 記念物として保護対象!? ほいって、ほいってぇぇぇっっっ!?」
「所長、落ち着かないと危ないですよ。剣ですから」
もはやパニックに陥っているエルキュール所長。
昔話の語り部として喚ばれたグラナダインも、エミルも、所長から解放されて、はーやれやれと肩の荷を下ろしていた。
まぁ、所長が満足するまで話をしてあげてくれ、アルストロメリア。
魔術のことに詳しいかはわからんけど。




