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魔導研究所



 入れないと思った魔導研究所に迎え入れられ、待ち構えていたのは、まさかのオーゼンさんだった。


 しかも、何か孤児院で見たときとは全く違う立派な貴族服を着ている。


「な、なんでオーゼンさんがここに……?」


「いやいや、図書館に行こうとしたのだが、開いてなくての。ここの名前も出ておったから、来るだろうと待たせてもらった。先に話は通しておいてやったぞ」


「そ、その服……」


「うん? まぁ、引退する前はこの国の侯爵などやっておったでの。昔の服じゃよ」


 先代侯爵だったのかよ、この人!?

 何だってそんな人が手を回してくれる? いや、そもそも何で孤児院になんていた?

 わからないことばかりだ。


 混乱して狼狽する俺の様子に、笑っていたオーゼンさんが気を取り直して咳払いした。


「うむ、タネを明かすとだな。ロズワルド――辺境伯と言えば良いかな、奴とわしは旧知の仲でな。手紙をもらっていたのだよ。ドラゴンを討伐した勲功者が、故郷への手がかりを求めている、とな。それで、わしからの伝手で何とかならんかと打診されたのだ」


 時期的に、俺が貴族法なんかを学んでいた頃だな。

 辺境伯が、王都に手を回していてくれたのか。

 本当にお世話になってばかりだな。


「お主、辺境領の領都でも色々やらかして騎士爵を得たらしいな? そのことをここの所長に話したら興味を持っての、相談に乗っても良いと言われて、こうして待ち構えていたわけじゃ」


「そ、それは……どうも、ありがとうございます」


『活躍って、エミルちゃんのこと――っ!?』


 エミルがここぞとばかりに、ばびゅんと主張する。

 そうなんだけど、偉い人の前なんだからもうちょい自重せい。


 オーゼンさんは、気を悪くした様子もなく豪快に笑ってエミルを可愛がる。


「うむうむ。なんでも伝説に近い魔術を使えるらしいな? かの、魔弾の大賢者と契約しておった妖精だとか」


『そのとーり! エミルちゃんは、現代の世界に復活したのだっ!』


 あっさりバラしてしまうエミルに、俺は思わず顔に手を当ててうなだれる。

 仕方ないか、こいつらは、自分の存在を広めるために復活してるんだから。


「その伝説の妖精が、『召喚』されておるという。――他にも、ドラゴン討伐に歴史に埋もれた傑物が蘇って力を貸した、という逸話が王都にも届いておる。この二つは、決して無関係ではあるまい。実に興味深いのぅ?」


 まずいな。

 エミルのことを迂闊に話しすぎたか。

 いやいや、まさか侯爵なんて偉い貴族が、あんな孤児院に隠れてるとか思わないだろ。


「孤児院の出資者の正体はオーゼンさんだとして……フローラさんが、オーゼンさんの孫娘だって話は、身分を隠すためのウソですか? 本当だとしたら、フローラさんも貴族令嬢で、あんなところで地味な生活してるはずないですよね?」


 そのことを突かれると、オーゼンさんは、一瞬表情を引き締めた。

 けれど、すぐに不敵な笑みを浮かべて話してくれる。


「いやいや、フローラは確かにわしの実の孫じゃよ。フローラは、わしが先代の侯爵だと知らんがな。お主も言うてくれるなよ?」


「知らない?」


「いわゆる、妾腹の娘……と言う奴じゃよ。バカな息子が、市井との間に作った子じゃ。見つけ出すまでにずいぶん時間がかかった……教会に捨てられて育ち、孤児院の運営を任されていたと知ってな。執事を通して、陰ながら支援しておるというわけじゃ」


 なるほどね。

 何人いるか知らないけど、他にも孫がいると知って探した、と。

 見つけてみたら苦労して孤児院を経営してたから、支援してる、と。

 どこの足長おじさんだよ。


「なら、侯爵って普通に名乗り出ればいいのに」


「先代じゃ。わしは引退して、家督は息子が継いでおる。実権を持つ侯爵は息子であり、市井の妾腹の娘を認めようとはせんじゃろう。わしに残された私財で支援しておるが、息子は良く思っておらんじゃろうな」


「侯爵家が支援してるとはおおやけには言えないってわけですか。……仕方ないか」


「フローラも、今の生活で幸せそうにしておる。侯爵家の血縁だと教えて貴族家の因縁に巻き込むくらいなら、わしは市井のヒマな隠居老人で通した方が良かろう」


 ああ……出たよ。貴族のしがらみ。

 まさか、王都について早々に、こんなドロドロした事情に巻き込まれるとは。


「わかりました。俺はそういう面倒な事情に首突っ込む気はないし、オーゼンさんの正体は知らないことにします。フローラさんや子どもたちが幸せなら、それでいいでしょ」


 俺が両手を挙げてそう言うと、オーゼンさんは安堵したように破顔してくれた。


「そう言ってくれるか! いや、さすがは辺境に新しい知識をもたらした賢者じゃのぅ! 伝承の存在たちとも縁が深いと言うのも、うなずける懐の深さじゃわい!」


 そう言ってガハハ笑いをしながら、背中をばんばん叩いてくるオーゼンさん。

 反応が街中のおっさんと変わらないんだけど、この人本当に先代の侯爵?


「話が弾んでますね、先代」


「おお、所長」


 すると、通路の奥から、白衣に身を包んだ妙齢の女性がやってきた。

 眼鏡こそかけてないけど、知的な美人という感じだ。


 でも……なんか、なんだろう。

 こう、そこはかとなく貴腐人的な匂いがするというか……気のせいか?


「きみが噂の、辺境領の騎士爵か? 私はこの魔導研究所の所長を務めている、エルキュール・ロムレスだ。ロムレス伯爵家の女当主でもある」


「ロムレス伯は、魔術の研究と分析に長けた才媛じゃ。魔導研究に関しては、この国でも指折りじゃな。この若さで、ここの最高責任者を務めておる」


 女当主か。確か、女伯爵(カウンテス)だっけか?


「ご紹介にあずかりました、コタロー・ナギハラ騎士爵です。辺境領よりまかりこしました。若輩者ですが、お見知りおきを」


 胸に開いた手のひらを当てて一礼する。略礼だが、騎士の立礼だ。

 けれど、エルキュール伯爵はふっと一笑して、俺に微笑みかけた。


「そういう儀礼的なやり取りはいい。真理の探求に身分は関係ない。先代から伝え聞いているぞ、失われた、古い伝承の存在を召喚できるそうだな?」


「あー……まぁ、そうですね」


 まずいな。ごまかしようもなく、うなずく。

 軍事利用されるか、貴族の権威付けに喧伝されるか、どっちも面倒だな。


 ところが、女伯爵は、鼻息も荒く目を輝かせて、俺の肩を掴んだ。


「喚んでくれ! 是非とも! 古代の失われた伝承、失われた魔導技術の一端が、それを知る本人の口から聞けるなど、考えただけでもう辛抱たまらん! ハァハァ! よく来てくれた、騎士爵! 歓迎するぞ! 逃がさないぞ! さぁ、さぁ、さぁ!!」


 あ、目がイッてる。

 この人アレだ。研究オタクの、マッドサイエンティストって奴だ。

 別の意味でヤバい。


「ははは、所長。興奮するのもわかるが、まずは奥へ案内したらどうじゃ? ここで帰られては、話も何もなかろう」


 オーゼンさ――んッ!?

 この人、あっさり俺を女伯爵の生け贄にしやがった。

 本音は今にも逃げたいんですけど!?


「そうだね、先代。こんな貴重な人材、奥の部屋でたっぷりもてなして、じっくりねっとり協力してもらわねば……」


「あ、コタロー。あたしたち外で待ってるわね?」

「ユネス少年を一人で置いておくわけにもいかんからな」


 逃げるな従者ども! 判断速いな、お前ら!


 棟外に逃げようとするアシュリーとナトレイアを、オーゼンさんが笑顔で捕まえる。


「ユネスには、わしらから使いを出しておこう。お主らも付き合っていけ」


「いやぁぁっ……絶対無事で帰れないぃぃぃっ……!」

「ご、後生だ……まだ私は清い身体でいたい……っ!」


「遠慮しないでいいからねぇ? きみたちも、伝説の見聞役として、たっぷり話を聞かせてもらうよ。ああ、興奮が収まらなくて濡れてきちゃうなぁ……!」


 飛び交う悲鳴に興奮するエルキュールさん。



 とてもカオスな状況の中で、俺はガッハッハと笑うオーゼンさんに引きずられていったのだった。








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