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合縁奇縁



「孤児院というと、経営が苦しいものだと思ってたんですけど。ここの子たちは痩せてませんね」


「きちんと食べさせておるからの」


 オーゼンさんに捕まえられて、もう少し孤児院でお茶をごちそうになることに。

 周囲では、エミルやデルムッドを追いかけ回して子どもたちが元気に走り回っている。


「ありがたいことですけど、この孤児院を支えてくれる方がいらっしゃるんですよ」


 お茶のおかわりを注ぎながら、シスターのフローラさんが教えてくれる。

 支えてくれるって、金銭面でのことだよな。


「寄付してる出資者とかですか?」

「そうです。おかげで、子どもたちにもお腹いっぱい食べさせることが出来てます」


 それは凄いな。

 なかなかできることじゃないけど。


「この孤児院は王家の意向で設立されたんですけれど、資金は他が優先されることが多くて、補助金は少ないというのが現状でした」


「言ってしまえば、スラム対策は負債を打ち消すだけで利益を生まん政策だからの。軍備を始め、他に予算を割く先が多かったおかげで、ここはどうしても後回しになってしまっておった、という辺りじゃろう」


 うーん。やっぱり、発展途上だと社会保障は軽視されるよなぁ。

 人材育成制度が整っていて、それと併用するならまだ有望視もされるかもだけど。


「その不足した資金を、出してくれた有力者がいるってことですか」


「そうです。その方との約束で、誰が出しているかは一切他人に漏らせないことにはなっていますが、少なくとも後ろ暗いお金ではありません。身分のある方です」


「篤志事業をしてると有名になると、他に支援の申し出や詐欺師が寄ってくるから、とかの理由ですかね」


「なるほど、そういう見方もあるかの。……大金には人が集まってくるからの」


 貴族か豪商ってとこか。

 金を出してるところを周囲に悟られたくないってのは、商人っぽいかな?

 まぁ、何かしら理由があることは間違いなさそうだ。


「ということは、もしかして商会の皆さんがユネスって子を気遣ってたのも、後ろ盾があったからってこと?」


「いえ、街の皆さんは、この孤児院が大口の寄付を受けていることはあまり知らないと思います。ですが、そういうことがなくとも、皆さん、街の子どもとして可愛がってくださいまして」


 アシュリーの疑問に、フローラさんが答える。

 スラムの子どもたちと違い軽犯罪に関わることはなく、下働きとして街の手伝いに出ているために、街の人たちからの心証は悪くないそうだ。


「へぇー。子どもたちが素直なこともありますけど、育てているフローラさんとオーゼンさんの人徳ですね」


「はっはっは! ここの子どもたちのことで褒められると嬉しいのぅ! まぁ、人の道に背くことはさせておらんし、そういう子どもたちではないよ。それが自慢だ!」


『いたいけな妖精を捕まえて握りつぶすのは、人の道に背かないわけーっ!?』


 幼児たちに付き合っているエミルから悲鳴が上がる。

 それでも、戸棚の上とか手の届かない場所に逃げない辺り、付き合い良いよな。


「ところで、お主たちは何ゆえ、辺境から王都に?」


「王立図書館や魔導研究所に調べ物がありまして。そのために騎士爵をもらったようなもんですね」


「なるほど、どちらも平民では立ち入れん場所だからのぅ」


 俺の目的を聞いて、オーゼンさんはうんうんと何度もうなずきながら、お茶を口にする。


 そういえば騎士爵と聞いて畏まった態度取らないけど、これも年の功かな?

 歴戦の傭兵っぽいし、叙任されたばかりの騎士爵なんて子ども扱いなんだろうな。

 なんか、昔じいちゃんの家に遊びに行ったときのことを思い出すな。

 元気にしてるかな、家族のみんな。


「そういうわけなんで、そろそろおいとましますね。まずはギルドに行って、図書館の場所を探さないと」


「と、図書館の場所なら俺も知ってます! ご案内します!」


 と、名乗り出てくれたのはユネスくんだった。

 今日の仕事は空いたし、体調も無事だというので、とぐいぐい圧してくる。


「ふむ、どうせ図書館は朝早くは職員が出勤しておらんよ。せっかくだから、ユネスに街中を案内してもらって時間を潰すのはどうかな?」


「ああ、そうなんですね。じゃあ、お願いしようかな?」


「はい!」


 ユネスくんは元気にうなずいてくれた。

 そういや、図書館って日本でも朝十時くらいからしか開かないよな。

 場所を案内してくれるなら、時間が空くな。


「ユネスくん、王都にも屋台とかあるの?」

「ありますよ。美味しいところをご案内しますね!」


『エミルちゃん甘い物食べたーいっ!』

「おんっ!」


 屋台巡りと聞いて、エミルとデルムッドが目を輝かせる。

 俺たちは朝食食べたけど、デルムッドは食べてないもんな。食べさせよう。

 そしてエミル、お前その小さい身体でも食事するのな。妖精なのに。


「さて、わしは少々用事を思い出したので失礼する。お主らはゆっくりしていってくれ」


 オーゼンさんはそう言いながら席を立ち、孤児院を後にする。

 フローラさんが首をかしげながら見送っていたが、とりあえずそのままお茶をいただいた。食後のお茶は美味いね。


 このお茶に合うお茶菓子でも屋台で探して、孤児院に贈ろうかな?



******



 その後、フローラさんにお礼を言って孤児院を辞し、ユネスくんに街を案内してもらう。


 冒険者ギルドに立ち寄ってみたけれど、朝の時間帯は仕事を探す冒険者が多く、受付窓口も混雑していた。


 今となってはユネスくんの案内があるため、到着の挨拶は後日にして、街中を案内してもらうことにする。


「結構美味そうな店が多いなぁ。でも魚料理はないか」


「この国は内陸だつってんでしょ。他国は港町があるところもあるけどね」

「川魚や湖の魚ではダメなのか?」


 アシュリーやナトレイアが呆れているけれど、たまには海魚も食べたいんだよ。

 この国は肉料理が美味いから、不満は少ないんだけどね。


 デルムッドとユネスくんのためにハイオークの香草焼き串を購入したり、リターントラウトの干物、という日本の「鮭とば」を塩と香草で煮込んだみたいなスープがあったんで、具を少なめで飲んでみたり。


 美味し。

 今度は腹が減ってるときにもう一回来よう。

 鮭の濃い出汁が出て、ほぐして煮込んだ身が鮭フレークみたいになってて懐かしい味だ。

 同じ国なんだけど、辺境とは違う料理が色々あって面白い。


 そうこうしている内に時間が過ぎたので、ユネスくんに目的地に案内してもらう。


「図書館は貴族街ですから、研究所に行くなら魔導研究所の方が近いですよ?」


「なんでそんな差が?」


「本は貴族しか利用しないから、その区域に図書館があるんですけど。研究所は冒険者ギルドに依頼を出すことが多いらしいので、平民街にあるんです。大商会の本店にも近くて備品も買いやすいですしね」


 なるほどね。

 じゃあ、魔導研究所から行くか。


「ただ、研究所は行っても断られそうなんだよな」

「そうね、国の研究機関の中枢だしね」

「まぁ、言っては何だが、騎士爵程度では研究結果を教えてくれるようなことはないだろうな」


 だよねー。

 アシュリーとナトレイアのもっともな意見に、首をうなだれるしかない。


「ここが魔導研究所です」

「でかいね。この塀の中、全部研究所の敷地?」


 今まで見たことのある建物で言うのなら、辺境の行政の中枢、辺境伯邸くらいある。

 こりゃ下っ端騎士爵だと話にならなそうだ、と思いながらも、とりあえず一度断られて図書館に行くか、と前向きになることに。


「ありがとうね、ユネスくん。たぶんすぐ戻ってくると思うけど、もし万が一入れたときのために、お小遣い渡しておくよ。これで昼食食べてて良いから、ここで待っててくれる?」


「はい、ありがとうございます!」


 ユネスくんには入り口の前で待ってもらって、とりあえず敷地の中へ。

 敷地を歩いて護衛の門番の立つ、窓口付きの玄関へとたどり着く。


 入り口の横に窓口があるって、確かにこういう施設らしいよな。

 その中で控える、いかにも貴族らしき眼鏡のおねーさんに、恐る恐る話しかける。


「あのー、すみません。わたくし、コタロー・ナギハラという騎士爵なのですが……」


 すると、まったくもって予想もしない答えが返ってきた。


「はい、ナギハラ騎士爵と、そのお供の方々ですね。うかがっております。ご用件は中でお聞きします、どうぞお立ち入りください」


 なんだ、辺境伯から連絡でも入ってたのか?


「へっ? あ、あの、入っても大丈夫なんですか?」


「はい、先代侯爵閣下からのご紹介ですので」


 侯爵? 侯爵に事情を知ってる知り合いなんていないぞ?

 首をかしげながらも、入れたので儲けもの、と思いながら建物の扉をくぐる。


 そこで待っていたのは、予想だにしなかった人物だった。


「――おぅ、来たの騎士爵。待ちくたびれたわい!」


「お、オーゼンさんっ!?」



 朝とは打って変わって立派な貴族服に身を包んだ、孤児院の老人――


 オーゼンさんの姿に、俺たちは一同思い切り面食らったのだった。










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― 新着の感想 ―
[良い点] 新着順で見つけて一話目から最新話まで一気読みしました。 異世界転移して強力な能力を身につけて冒険者になるといういかにもな前提を揃えておきながら、巻き起こる事件はいわゆるテンプレとはひと味…
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