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孤児院の老人



 街中で偶然助けたユネス少年に連れられて、孤児院へと着いた。

 孤児院は結構な大きさだけど、古びていて歴史を感じさせる。

 というか、生活を感じさせる古び方だ。


「シスター、帰りました」

「ユネス!? どうしたの、さっき仕事に行ったばかりじゃない!?」


 まだ朝も早い時間での帰宅に、シスター服の女性が驚いて出迎える。

 母親代わりにしては、まだ若い女性だ。俺と同じくらいの歳かな。


「それが、事故に遭ってしまいまして……」

「まぁ!」


 ユネスくんがシスターに、さっきあったことを説明する。

 事故に遭ったという割にケガをしていないことに戸惑っていたシスターも、事情を聞いて納得したようだった。


 こちらに向けて、シスターが深々と頭を下げてくる。


「ユネスが大変お世話になりました、治癒術士様。お返しもろくにできずに申し訳ありません」


「いえ、俺の方から断ったんで、お気遣いなく。さすがに、こんな子どもに大金よこせなんて言える面の皮の厚さは持ってませんよ」


 はは、と軽く笑って、気にしないように、とそれとなく伝える。

 おどけるような俺の調子に、シスターはクスリと笑ってくれた。


 笑うと美人さんだな、この人。

 アシュリーやナトレイアとは違って、おっとりと包み込むような優しさの人だ。


「私はここでこの子たちの親代わりをしております、フローラと申します。この子の治療費は、院から出させていただきます」


「それはどうも。ですが、結構です。自分が反射的に動いた結果で相手に重荷を押しつけたくはないですしね。どうしてもと言うなら、俺からこの院への寄付だと思ってください」


 俺が真面目にそう答えると、フローラさんは、まぁ、と微笑んでくれた。


 たぶん、受け取る気がないのが伝わったんだと思う。

 フローラさんはもう一度深々と頭を下げて、俺に礼を言ってくれた。

 それだけで充分だよ。


「満足なお構いも出来ませんが、朝食はお済みですか?」

「いえ、それが宿の方で済ましてまして」

「まぁ……でしたら、お茶だけでも召し上がってください。この個人の裏庭で栽培したお茶の木の葉です。ご近所の方にも評判なんですよ」


 アシュリーとナトレイアを振り返り、お茶をいただくことにする。

 何ももらわないのも、向こうの気が引けるだろうしね。


 三人ともテーブルに着いて、フローラさんがお茶の準備をしようと厨房に引っ込むと、物陰から俺たちを見つめている視線に気づいた。


 六人くらいの、幼い子どもたちだ。獣人の子も半分くらい混じってる。


 ユネスくんは十歳ちょいくらいだったけど、この子たちは五、六歳くらいだ。


「ここの、働きに出られない小さな子たちね」

「来客が珍しいのか、じっと見られているな。警戒されてる風ではないが」

「トリクスのスラム街を思い出すなぁ。あそこもこんな子どもたちが多かったし」


 ふと一計を案じて、カードを起動する。

 出かけるときには、朝の動揺で忘れてたんだよな。


「――召喚。『千里眼の狙撃妖精、エミル』」


『ぶー。マスター、お出かけなのにエミルちゃんを喚ぶのがおそーい』


 頬をむくれさせながらエミルが現れると、物陰から子どもたちが、目を輝かせながら身を乗り出してきた。


「わぁ、ようせいさん!?」

「かわいー!」

「おにいちゃんたち、だれ?」


 よしよし、お兄さんと呼んでくれたな。ポイント高いぞ。

 おじさんと呼ばれたら、傷心のあまりそっと帰るところだ。


『マスター! マスター、なにっ!? このちびどもはっ!? た、助けっ!』


「ようせいさんー?」

「へんなかみのいろー」

「でもきれいー」


 わらわらと現れた子どもたちに囲まれ、エミルはもみくちゃにされていた。

 子どもの相手は任せた、エミル。お前の犠牲は忘れない。

 補佐にデルムッドも喚んどくか。


「しろいわんちゃんー! もふもふ!」


 喜びにはしゃぎ回る子どもたち。

 あまりの騒ぎに、お茶を手に戻ってきたフローラさんが仰天していた。


「な、何してるんですか、あなたたち! お客様ですよ!?」


「しすたー、ようせいさんとわんちゃんー!」


 子どもたちはまぶしい笑顔でエミルとデルムッドに夢中になっているが、フローラさんは、突然現れた妖精と犬に面食らっていた。


「こ、これは? いったいどこから?」

「俺が召喚しました、子どもの遊び相手にと思って。本業は召喚術士なんですよ」


『ますたー! ますたーッ! 無理、むりむり、エミルちゃんちぎれちゃうッ!』


 追いかけ回されているエミルの悲鳴は無視する。

 フローラさんは驚いた後、喜ぶ子どもたちの姿に、表情をほころばせた。


「ありがとうございます、子どもたちが喜びます。……良かったら、こちらのお茶を召し上がってください」

「ああ、これはどうも。ありがたく」


 お茶をいただいて、背後の喧噪をよそにほのぼのする。



「フローラ、おはよう! ――おお!? 何だ、この騒ぎは!?」



 みんなでお茶を飲んでくつろいでるところに、入り口から声がした。

 しわがれた低く通る大声。けれども力強さを感じる。


 振り返ると、そこには老人の男性が立っていた。

 高齢に見えるが、長身で体格は良く、筋骨隆々としている。

 冒険者か、元冒険者かな?


「どうした、フローラ? 客人か?」

「お祖父様、おはようございます。そうです、お客様がいらっしゃってまして」


 孤児院中に通りそうな大声にもかかわらず、フローラさんは平然としている。

 この大声に慣れてるんだろう、このご老人は関係者のようだ。


「こちらの方が、事故に巻き込まれたユネスのケガを治してくださいまして」


「なんと、それはかたじけない! うちの子らが世話になったな!」


「ああ、いえ。通りがかっただけなので。――フローラさん、こちらの方は?」


 フローラさんに尋ねると、老人はニッと豪快な笑みを浮かべて自己紹介した。


「わしはフローラの祖父、オーゼンという! ただのオーゼンじゃ、よろしくの、若い客人よ!」


 オーゼンさんは俺たちの座っているテーブルに腰を下ろすと、高々と豪快に笑いながら、俺の肩を叩いてくる。


 その姿に、周りでエミルとデルムッドに夢中になっていた子どもたちが、オーゼンさんの周りにわらわらと群がってきた。


「じぃじ、おはよう!」

「おはよーごじゃます、じぃじ!」


「おお、今日も元気じゃのぅ、お前たち! なんじゃ、妖精がいるとは珍しいのぅ?」


『ぎゃーっ、筋肉じじいまで増えたっ!』


 目をつけられ、エミルがもう勘弁と逃げ出す。

 あんまり遠くに行くなよー、と声をかけると、戸棚の上の高いところに避難することにしたようだ。

 解放されたデルムッドも、おん、と吠えながら俺たちのテーブルに近寄る。


「オーゼンさんは、冒険者か何かですか? すごい筋肉ですね」


「ふはははは! 若い頃は幾度も戦場に出ておったからのぅ! 冒険者ではないが、剣の腕では、まだまだ若い者には負けんぞ!」


 冒険者じゃないってことは、傭兵か何かかな?

 アシュリーとナトレイアを見ると、ナトレイアの方が実力者を前にするような畏まった表情をしていた。


 あ、たぶんこの爺さん、マジで強いんだな。

 『鑑定』しようかとも思ったけど、会うのも今日だけだろうし、やめておいた。


「妖精が逃げ出さないとは、お主らが連れておるのか? いないわけではないが、人と一緒に行動して放たれておるのは珍しいの。久々に見たわい」


「そいつは俺の召喚獣です」


 お茶を飲みながらそう答えると、オーゼンさんは凄く驚いた顔で俺を見た。


「妖精を? 召喚? なんと! 治癒術士ではないのか?」


「治癒術士で召喚術士です。他に魔術も使えますけど」


 オーゼンさんは、ふと神妙な表情になって、もう一度俺をまじまじと見る。

 そして、改まって尋ねてきた。


「……お主、もしや騎士爵ではないか?」


 ん? なんでそんなこと聞かれるんだ?


「え? ええ、一応騎士爵位は持ってますけど。何で知ってるんですか?」


「やはりか。――遠く辺境伯領にて、治癒術と召喚術を使いこなすものが、新たに騎士爵位に叙任されたと噂で耳にしての。旅程の日数的に王都に来ておるとは思わなんだが、お主がそうじゃったか」


 なんかこのしゃべり方、辺境伯領のクリシュナを思い出すな。

 あの幼女とは全然違って、声も低いし迫力ありすぎるけど。


「王都にも噂で伝わってるんですか。――そうですね、辺境伯領から来ました」


「そうかそうか! ふははは、ならば良ければ他の地方の話でも、子どもたちと一緒に聞かせてくれんかの!? 老い先短い老人の、冥土の土産話を増やすと思っての!」


 あらら。何か気に入られちゃったよ。


 まぁ、いいか。もうちょっと子どもたちに囲まれていよう。

 エミルとデルムッドには悪いけど。








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