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ちょっと一息



 久しぶりに清々しい朝である。

 風呂に入れたことで身体の疲れが取れたのか、熟睡してしまった。

 ありがとう、太陽の泉亭!


 快適な寝起きは良いんだけど、ちょっと早く起きすぎたかな。

 これは朝風呂に行くしか!


 昨日受付に確認したところ、朝から沸かしてくれてるそうな。

 冒険者だと朝に入って身を清めてから依頼に出かけたいという要望もあるそうで、それに応えた結果なのだとか。心憎いね。


 そう考えて、ウキウキで部屋を出ると――


「あら、コタロー。おはよう。あんたも大浴場?」

「コタローにしては早い寝起きだな。だが、我々はもう先に入ってきたぞ」


 布一枚の姿のアシュリーとナトレイアがいた。


 湯着という、浴衣のような薄い衣服が宿屋から配られているのだが、二人はその姿だった。

 端的に言うと、胸元とか生足とか、色々なものが見えている。


 裾の長い湯着は、冒険者から動きにくいとでもクレームが来たのか長いスリットが入っているし、湯上がりの熱がこもらないように首回りも広く空いている。リラックスした身体に優しく薄く軽い布で作られているので、薄手の胸開きチャイナドレスでも着てるみたいだ。


 アシュリーさん、意外と良いものお持ちですね。

 ナトレイアはさすがエルフ、慎ましやかだけど全体的に細く均整が取れている。

 二人とも、スリットから覗く綺麗な脚がまぶしい。


「……な、なんか、不穏な視線を感じるんだけど」

「こ、コタロー? 衣服を着てるのだが? どこか透けてでもいるか?」


 着衣というジャンルがある日本人を侮ってはいけませんよ、二人とも。

 チラリズムって知ってるか?


 しかし、あんまりジロジロ見すぎると矢や剣が飛んでくるからな。取り繕おう。

 俺は紳士ですとも。キリッ。


「いや、普段二人とも全然肌を晒してないからさ。そういう薄着でも似合うな、って。ちょっと新鮮だったんだよ」


「あ、当たり前でしょ。森の中で動くことが多かったんだから、肌が出てると枝でひっかいたり虫に刺されたりするじゃない」


「毒を持つモンスターに奇襲されたりするからな。外に出てるときは肌は覆うものだが、宿の中でまで気をつける必要はあるまい。……だが、似合うと言われて悪い気はしないな」


 二人はまんざらでも無さそうな様子でうなずいている。


 今まであまりにも冒険者装備で鉄壁だったから、肌を隠す風習でもあるのかと思ってた。でも、そうだよな。街中の娘さんとか、普通に腕が出る半袖や足が出るスカートはいたりしてたもんな。


「いいわね、たまにはこういう格好してみましょうか、ナトレイア。どうもコタローはあたしたちのこと、女と思って見てなさそうな気がするし」


「そうだな、アシュリー。狩りばかりで、エルフの姿をしたオーガとでも扱われてはかなわんからな。そう見てくる冒険者もたまにいるが、実に腹立たしい」


 マジですか、ぜひしてくださいよ。眼福。

 ……じゃねーよ。お前らこそ、俺のこと男として見てないだろ。


 美女二人に挟まれてるけど、パーティメンバーというか戦友だしな。

 ま、仕方ないところもあるか。


「とりあえず、俺も大浴場行ってくるよ。出かけるのはそれからでも良いだろ?」


 二人に断りを入れて、手布を肩にかけながら大浴場に向かう。


 華やかな姿を見せても良いと思うのは、信頼の証か、情けなさからか。

 攻撃力ゼロで、お世話されてろって言われる立場だもんなぁ。

 はぁ……立つ瀬が無ぇなぁ。


「……ふんだ、もう少し見てけばいいのに……何よ、興味なさそうに……」


「……アシュリーよ。あれは落とすには、相当難物そうだぞ……?」


 後ろでアシュリーとナトレイアが、ひそひそと何かを話し合っている。

 何を落とすの?

 頼むから流星弓で撃ち落とす、とか言わないでね。



******



 朝食も食べ終えて、街の起き出す時間だ。

 今日の仕事を始めようかという街の人たちに紛れて、俺たちも行動することにした。


「とりあえず冒険者ギルドに行って、いつも通り到着の報告をするとして」


「その後はどうする、コタロー? 目当てがあるのだろう?」


 尋ねてくるアシュリーとナトレイアに、俺は考えながら答える。


「そうだな、王立図書館ってのに行きたい。そこで空間系魔術の資料を探して、無かったら魔導研究所かな。研究所の方は、話を聞けるかわかんないけど」


「うむむ。どちらも場所は知らんな。アシュリーは知っていたりするか?」


「冒険者ギルドで聞けば良いんじゃないの、ナトレイア? 有名な建物なら、ギルド職員が把握くらいしてるでしょ」


 うん、それで行こう。

 アシュリーの提案を採用して、とにかく王都のギルドを目指すことにする。


 しかし、人が多いな。

 普通人、獣人、エルフ、ドワーフもいる。

 多種多様な人種が、老若男女ひしめきあってる感じだ。


 その分、お互いがお互いを見ていない――


 そんな、既視感を覚えてしまう。

 まるで日本の都会のような寂寥(せきりょう)だ。ここは異世界なのに。


「うわぁッ!!」


 街中で聞こえた悲鳴に振り返ると、子どもが馬車からの荷崩れに巻き込まれていた。


「大丈夫か!」

「早く助けろ!」

「坊主、しっかりしろ、生きてるか!?」


 積み下ろしの人足らしき人たちが、散乱した木箱を持ち上げて少年を救出している。

 その下から血を流した少年が引き上げられるのを見て、俺は思わず駆け出していた。


「すまん、通してくれ! ――俺は治癒術士だ! 待ってろ、すぐ治す!」


 人足たちに看られている少年に駆け寄り、カードを起動する。

 『治癒の法術』。


 すぐに少年のケガは塞がり、血を拭いた後は綺麗な肌をしているのを見て、安堵する。


「おお……すげぇ……」

「あんちゃん、すまねぇ!」

「――意識はあるか? どこか、痛むか?」


 人足たちが騒ぐ中、少年を抱え起こして尋ねる。

 幸いにも少年の意識ははっきりしており、俺が抱き起こすと軽い混乱も収まったようだった。


「あ……す、すみません! ありがとうございます! あ、でも、どうしよう。俺……あ、あの、治療費はおいくらですか!?」


 少年は慌てて俺に頭を下げた。

 しまった、この世界の治療費は、安くないんだった。

 相手は下働きの子どもだ、高額な治療は重荷にしかならないだろう。


 俺は周囲を見回して、少し考えた後、おどけるような調子で言った。


「子どもからは金取れねぇよ。今のは俺が勝手にやったんだ、気にするな。……ってことで納めてくれ。じゃないと、周りの人足の兄ちゃんたちに袋だたきに遭っちまうよ」


「おおっ!? よく言った、兄ちゃん!」


「男気あるじゃねぇか、治癒術士さん!」


 やんやと上機嫌で騒ぐ人足たち。

 ところが、それで納得しなかったのが当の少年だった。


「そ、そんなわけにはいきません! 助けてもらってお礼も何もしないわけには!」


 真面目だなぁ。真剣だから、返答に困る。

 まさか、金貨だの銀貨だの、こんな見るからに下働きの少年から取り上げるわけにはいかないし。


 そう思っていると、周りの人足の一人が名乗りを上げた。


「つ、積み荷を崩したのは俺だっ! 治療費が必要なら俺が払う! 孤児院のガキになんぞ払わせてられっか!」


 何だよ、冷たくないじゃないか、この街の人間も。

 人足の仕事だって、別に高給でも余裕があるわけでもないだろうに。


 俺は少し嬉しくなりながら、意地になって声を張り上げた。


「うるせぇ、一度いらねぇって言ったんだ! 誰が払うと言おうが、俺は金を受け取らねぇぞ! 気にすんなとも言ったぞ、わかったらこの話はこれまでだ! すっぱり忘れろ!」


 俺の切った啖呵に、反論する奴はいなかった。

 よし、押し切った。

 強引だけど、これで勘弁して。お願い。


 と、周りの人足たちが、寄ってきては俺の背中をばんばん叩いてくる。


「――はっはっはっは!!」


 その中で、ひときわ威厳のあるおっさんが、俺に笑いかけた。


「気に入ったぞ、気っぷの良い治癒術士の兄さん。何かあったらゴルンド商会の番頭、このドーガを訪ねてこい。欲しいものがあったら手配してやる」


 番頭? どっちかってーと蛮族の間違いじゃないですか、おっさん。

 申し出はありがたいので、とりあえず礼を交わしておく。


 ドーガとか言うおっさんは、少年に向き直ってその顔色を確かめる。


「痛みはないか、ユネス。今日はもう良い、賃金は一日分払うから、孤児院に戻って休んでろ。無事だったら、また明日も頼むな」


「すみません、ドーガさん」


 少年は申し訳なさそうにドーガさんに頭を下げると、俺の服の裾を引っ張った。


「あ、あの。ありがとうございました。大したおもてなしもできないんですけど、良かったら院にいらしていただけますか。どうか、お礼をさせてください」


 孤児って言うには、えらく礼儀正しい子だな。

 しかし、俺たちは冒険者ギルドに行く途中だったんだけど。


 そう思ってアシュリーたちを振り返ると、二人とも呆れたような顔で首を振っていた。

 付き合ってやれってことね。

 悪かったよ、考えなしに首突っ込んで。


 真摯にこちらを見上げる少年の顔に、俺はしばし空を見上げ、考える。

 ま、いっか。急いでギルドに行く必要も無いし。


「あー。わかったよ、案内してくれ」



 諦めた俺は、少年に連れられてアシュリーたちともども、孤児院に行くことになったのだった。








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