表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/173

どこから来て、そしてどこへ



「あたしはアシュリー。冒険者よ」


 塩を振ったウサギの焼き肉をほお張りながら、彼女はそう教えてくれた。


 冒険者!

 異世界で、狩人とプラントハンターとトレジャーハンターとボディガードに人足を兼ねる、ファンタジーな夢の万能職業! 冒険とは何ぞ、と言わんばかりの通称『何でも屋』!


 興奮しながら業務内容を聞いてみると、だいたいそんな認識で合っていた。

 そっかー。冒険者かー、いいなー、俺もなりたいな、冒険者。


「ってことは、もしかして、近くに拠点になる町があるのか?」


「そうね。この辺は森の端の方だから、ここからだと日帰りできる位置にあるわ。そんなことも知らないなんて、あなた、どこの生まれ? 変わった服装だけど」


 生まれと服装のことを尋ねられて、俺は言葉に詰まった。

 アシュリーの服装は麻らしき服に革鎧をまとった、兵士か狩人かと言った中世的な服装だ。現代から持ち込んだ俺の服とは、意匠も生地も縫製も何もかも違う。


 俺は何と言えばわかってもらえるか頭をひねって、現状を説明した。


「俺は、こことはまったく文化の違う国に住んでいた平民なんだけどさ。事故にあって、気がついたらこの森のど真ん中に一人でいたんだよ。何がどうなって、こんな離れた森に飛ばされたのかは俺にもわからない」


 違う国、ってか、たぶん違う世界なんだけど。


「へぇ。なんて国?」


「日本。知ってる? 国土はすごく小さい島国なんだけど」


「知らない。でも島国って言うなら、魔術現象か何かで転移してきたのね。このマークフェル王国は、大陸の真ん中だもの」


 転移、という言葉に俺は頭を抱えた。

 やっぱりそうなるよな。日本に転移しなおしたり、できないかな?


「そういう転移って、頻繁に起こるの?」


「あたしは魔術に詳しくないから理屈はよく知らないけど。おとぎ話や民話ではよくあるわよ。『取替え子(チェンジリング)』って言って、小さな子どもなんかが妖精の国に迷い込んだりする話とか」


「森にキノコが輪になって生えてると、妖精の国の入り口(フェアリーサークル)って言われてたりとか?」


「そうそう。知ってるじゃない」


 それヨーロッパの民間伝承では。

 中世以前の世界では、医療や衛生観念が未発達で乳幼児の死亡率が高かったから、妖精の国に連れて行かれた、とか言われてたんじゃなかったっけか?

 タイ辺りのアジアでも似たジンクスがあって、精霊にさらわれないよう、赤子をネズミとかの幼名で呼んで育てる習慣があったり。


「うーん。俺の国でも、神隠しって呼ばれるおとぎ話はあったけどなぁ……」


「周りに誰かいたんなら、人さらいに遭った可能性もあるけどね。そうじゃないなら、あたしにもわからないわ」


 はぐはぐと肉を食べながら答えるアシュリー。

 人さらい、いるんですか。童謡の『赤い靴』かよ。


「はぁ……でも、アシュリーに話を信じてもらえてるだけ、現状はマシか?」


「いや、あたしも別に本気で信じてるわけじゃないけど。コタローは野盗くずれみたいな感じしないし、もっと言えば悪事ができそうな顔つきでも体つきでもないし。本当に普通の平民っぽいから、何か困った事情があるんだろーなーってくらい」


 俺の見た目が貧弱すぎて、警戒の対象にもならないらしい。

 そうね。平和ボケした日本の一般人だからね、人を陥れるほどしたたかそうにも見えないんだろう。喜んでいいのか、情けなく思うべきなのか。


 グギャ、と新しいウサギ肉の串を肉焼き係のゴブリンから受け取り、アシュリーは遠慮も警戒もなく食べている。馴染むの早いな。


 デルムッドやゴブリンたちも座って肉串をパクパク食べており、野獣はびこる森の中とは思えないほどのんびりしたバーベキュー会場になっていた。


 俺も肉串をグイっとほお張り、腹ごしらえをする。

 少し筋張ってるけど、甘い肉汁があふれたところに塩味が効いててジャンクに美味い。あー。こんなときでも、焼き肉は美味いなぁ。


「アシュリーが塩を分けてくれて助かったよ。まともな食事ができた」


「まぁ、その分あたしも遠慮なく食べさせてもらってるから。料理の手間が省けたわ。肉代のついでに、街まで連れてってあげるくらいはできるけど?」


 本当か!?

 この狩人娘が神々しく見えてきた。人里! とりあえず人里! 文明圏!


「そりゃ嬉しいな。ぜひ頼みたい、お願いできるか、アシュリー?」


「連れてくだけならね? 事情は街の門で自分で説明してね。犯罪とか犯してなければ、普通に入れると思うわ」


 森に迷い込んだ市民や村民の保護は、冒険者の義務でもあるらしい。

 身分を保証する代わりに日ごろの行いにも節度が求められるらしく、戦闘能力を持った冒険者は、街の警備をする衛兵隊の手伝いも請け負ったりするとか。

 もっとならず者っぽい身分かと思ったけど、意外と倫理面ではしっかりしてるのかな?


「もしコタローが盗賊っぽかったら、問答無用で射かけて、衛兵に突き出してるけどね」


 平和ボケした身なりで本当に良かった。日本の教育、ありがとう。

 疑わしきは即、先制攻撃、とか異世界は修羅の国のようです。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ