遠き大賢者の伝説
「はぁー……それはまた、大層な身分もらったもんねぇ」
「目的に近づけるのならば、良いのではないか? 我々パーティメンバーも、ただの冒険者と騎士の従者では扱いも違うだろうし。不便は無かろう」
ことの顛末を説明すると、アシュリーとナトレイアは狐につままれたような表情をしていた。
まぁ、驚くよね。
いきなり、誰にも使われる筋のない騎士身分になりました、とか。
「従者で良いのか? なんかこう、上に立つみたいな感じが落ち着かないんだけど」
「従者って言っても、付き従う人って以外に、お世話する人って意味合いも含んでるからね。お世話される方でしょ、コタローは。あたしらに従われてなさいよ」
「色々な意味で常識がまるで無いからな、コタローは。私たちが付き従ってないと、何を巻き起こすかわからん。赤子より目を離せんのだから、ちょうど良いだろう」
ぐぅの音も出ない正論に、言葉に詰まる俺。
割り切り方が男前すぎませんか、アシュリーさん。ナトレイアさん。
「そういうわけで、しばらく拠点がまたこの辺境伯邸になる。付き合ってくれ」
「食事が美味しいから良いわよ」
「食事が美味いから問題ないな」
あ、はい。
そんな感じで、俺は辺境伯邸で、貴族法や礼儀作法の勉強に打ち込む日々となった。
******
「コタロー! 励んでおるかぇ!?」
「俺はもう死んでいる」
クリシュナが、俺に割り当てられてきた部屋に乗り込んでくる。
俺は机に突っ伏し、灰と化していた。
座学や作法をこんな勉強したのいつ以来だろ。会社の実務研修も厳しかったというかパワハラ連打だったけど、それでも、これに比べりゃもうちょっと緩かったぞ。
そんな疲弊した俺の様子を見て、クリシュナがケラケラと笑う。
「貴族法は項目が少ないのだが、貴族の礼儀作法はとにかく細かいでの。コタローは他国人であるし、この国の風習になじみが無いのだからなおさらだろうの!」
「一応、最低限のマナーは身についてるって言われたんだけどな。故郷の教育のおかげで。この国なりの細かいところの作法は、一から覚えてる最中だ」
「分別がついておるだけ、礼儀作法は身につきやすいと思うぞ。故郷の教育に感謝じゃな。――まぁ、そう詰め込むばかりも息が詰まろう。どうじゃ、外に出かけんか?」
意外なことに、クリシュナたんからのお誘いだった。
おそと。いきたい。
「行く行く、どこに出かけるんだ?」
「冒険者ギルドじゃよ。ノアレックに協力してもらったでな。父上からの報奨はあったが、わらわ自身も礼をしておかねばならんでの」
そういや、俺もだいぶ世話になったな。護衛してもらいっぱなしだったし。
そういうことなら、デルムッド召喚したり出かける準備するか。
「……それに、お主と出かけられるのも、お主が知識を覚えてしまうまでの間しかないからの」
ふと聞こえた、クリシュナのつぶやき。
その寂しそうな声に、俺は返す言葉を持たず、聞こえないふりをするしかなかった。
******
「へぇーっ、それでわざわざギルドまで出向いてくれたんか。あんがとなぁ」
久々に出向いた冒険者ギルドでは、ノアレックさんが出迎えてくれた。
俺が騎士爵になったことや、護衛のお礼なども話し合い、和やかな時間が流れた。
「そんで? 座学を学んだ後は、やっぱり王都に行くとね?」
「そうなりますね。向こうで調べ物をしたいので」
そのやり取りに、横で話を聞いていたクリシュナがうなだれる。
ごめんな。俺は何も言えず、その頭にぽんと手を置いた。
『あれれ、ちんちくりん。マスターがここ離れるのが寂しいのー?』
「ちんちくりんと言うでない! あと数年もすれば立派な身体の淑女になるわ!」
クリシュナとやり合っているのは、脳天気な、狙撃妖精のエミルだ。
ぷーくすくす、と口元に手を当ててクリシュナをからかっている。
グラナダインと違って、あらかじめ召喚しておくことで魔術を使う魔力が回復できるので、自衛手段として外出時は召喚することにしたのだ。
そのあおりで、クリシュナがいじられているが。
「まぁ、戻ってくることもあるっちゃろ? せっかくの治癒術士やし、領主様の事業で大活躍した『大空の魔術士』サマやもんね。もっとギルドに貢献してもらわんと」
暗に、出て行くのを惜しまれている気がする。
トリクスから移ってきたと思ったら、すぐに王都だもんな。
トリクスのギルマスを笑ってたら、今度は自分がその立場になった、と。
「そうですね。調べ物の結果次第ですけど、まだ何とも言えないので。また戻ってくるかもしれないです」
「なんと言っても、我が家が叙任した騎士じゃからの!」
クリシュナが誇らしげに胸を張る。
ノアレックさんも、クスっと笑っていた。
「大した魔術やったもんねぇ。あれやね。おとぎ話の、『魔弾の大賢者』もあんな感じで敵を撃ち落としよったんかもしらんね」
「……『魔弾の大賢者』?」
俺が眉根を寄せると、ノアレックさんは意外そうな顔をした。
「なんね、知らんと? 割と有名な逸話やよ、『魔弾の大賢者ゼファー』。――その魔術は地の果て、天の彼方に届き、あらゆる魔術で幾千の魔物を貫いたっちゅう、魔術士なら知らんもんはおらん伝説やね」
『ゼファーのこと、まだこの世界に伝えられてるの?』
と、横からエミルが小首をかしげながら口を挟んでくる。
「エミルは知ってんのか、そのゼファーって魔術士のこと?」
『わたしが契約してた、前のマスターだよ。そうそう、確かに大賢者とかって呼ばれてた。普通の人とは比べものにならないくらい魔術を使いこなせるから、って。もう千年以上は前の話だったはずだけど』
千年も前から存在してたのか、エミルは。
いや、でもエルフとか長命だし、現にグラナダインの流星弓はエルフの里に語り継がれてたからな。
もしかすると、千年前でも比較的新しい『伝説』だったりしちゃうのか?
「魔術を使いこなしてたって、それって……」
『そのとーり! こっのエミルちゃんの実力なのだ! まぁ、ゼファーも人間にしては、結構な数の魔術が使えたけどね? マスターなら、もっとたくさん使えるんじゃない?』
「やっぱなぁ」
どきり、と心臓が跳ねた。
それほどの威圧を含んだ声が聞こえたからだ。
目の前にいる――ノアレックさんから。
眼鏡の奥の瞳に、妖しい光をたたえながら、彼女は言った。
「あんな魔術、そこら辺の魔術士が使えてたまるかいな。伝説の記述そのものや、古き伝説が蘇った。ドラゴン討伐のときと一緒やね、あんたは『伝説』を蘇らせる」
ノアレックさんは、俺を見ながら、それを尋ねる。
「コタローはん、あんた……この世のもんやなかろう?」
――エクストラルール。
この世界には、本来あり得ない法則。俺自身が、その『魔法』である、と。
俺の中の伝説の存在たちは、そう語った。
俺は、ノアレックさんの気迫に呑まれないよう、必死に声を絞り出す。
「……俺は……ただの人間、です。誰が何を言おうと。何と呼ばれようと。それだけは、俺の中で変わらない」
何とかそう答えると、ノアレックさんの気迫はなりをひそめ、その表情が緩む。
「そうね。それならいいとよ」
ノアレックさんはそう笑い、そして真剣な表情で、机から離れひざまづいた。
俺の元で。
「我ら狐獣人族が一つ、九尾の家系は、世界の歴史を記す者。世界の歴史を語る者。その身がいかなるものであれ、この世界を害さず、朽ち消えたこの世界の歴史を蘇らせるならば、我ら一族は御身に助力することを誓いましょう」
「の、ノアレックさん?」
突然のことに戸惑う俺に、ノアレックさんは立ち上がり、にこりと俺に笑いかける。
「うちはな、言葉遣いからわかるとおり、普通とはちょっと違うんよ。ちょっと特別な役目を負っとる、古い家系でな。うちの家系は人の社会の要職に就きながら、その歴史を見守っとる。大賢者ゼファーの伝説を残したのも、うちらやね」
クリシュナの方へ確認の目を向ける。
と、彼女もその事実を知らなかったのか、慌てながら首をぶんぶんと横に振っていた。
ノアレックさんは俺たちの様子に苦笑をこぼしながら、告白を続ける。
「この世界には、欠けたらいかん、語られ続けないかん偉大な先達たちがおる。あんたがその存在を示し続けてくれるなら、うちや、うちの一族たちは使命にかけてあんたを助けるやろう。……この土地だけやない、他の土地におる仲間もな」
世界の、歴史の語り部――
俺の内にいる『伝説』たちの復活を望むのは、本人たちだけじゃ無かったのか。
「……ありがとうございます。心強いです」
『ゼファーのことを残すんなら、このエミルちゃんのことも語り継いでくれれば良かったのにーっ!』
ぶーたれるエミル。
すまんなぁ、と苦笑しながら、ノアレックさんは俺に向き直った。
「王都や、他の土地に行っても元気でな。もしうちの仲間らに出会ったら、あんたの知っとる『伝説』のことを話して、教えてやってくれんね?」
「わかりました。約束します、必ず」
俺がそう請け負うと、ノアレックさんは満足そうに笑ってくれた。
いずれこの土地を旅立つ俺に、また心強い仲間ができた。




