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自由騎士コタロー



 グライダー飛行実験と、辺境空域の飛行モンスター掃討の評価は高かった。


 空域の安全それ自体だけでも飛行モンスターの脅威が減った、という領民の安全を促すものであるのに加え、ハンググライダーという偵察と観測の手段に対する有用性は、主に軍の人間たちに評判が良かった。


 何しろ、地上の弓矢が届かない高高度から敵陣の陣営やモンスターの分布を確認できるのだ。

 しかも、自衛の手段は必要にしろ、それが誰にでも乗れる器具であるという。

 その汎用性と有用性から、軍上層部や地形調査をしたい文官から賞賛の声を得た。


 単純に空を飛んでみたいという人たちの間でも話題になった。

 空域が安全である以上、多少の護衛で他地方の貴族や重要人物が、他の場所では経験できない飛行体験を得られるのだ。


 外交手段の一つとしても有用であり、レジャーという概念の少ないこの世界でも、今後の発展に大きな期待が寄せられている。


 その立役者は誰かと言えば、他でもないクリシュナと、もう一人。

 モンスターの掃討と護衛手段の用意を担当した、俺だった。


「――本当に、式典を開かずとも良かったのかの、コタロー?」


「良いよ。そういうのは柄じゃない」


 俺たちの泊まる宿屋に馬車で乗り付けたクリシュナは、腰に手を当てて残念そうにため息を吐いた。


「見たことの無い魔術に、率先して危険な空へと向かう雄姿。同行した兵たちの間で、お主は『大空の魔術士』などと呼ばれてもてはやされておるぞ?」


「俺は人間できてないからな、あんまり褒められると調子に乗っちまうよ。冒険者くらいで気楽にやってるのが、俺にはちょうど良いんだ」


 俺がそう言うと、クリシュナはムーっと唇をとがらせたが、不意にその顔をくしゃりとほころばせた。


「父上にもな。お褒めの言葉をいただいたよ。『これで辺境領ももっと発展するだろう』とな。お主のおかげじゃよ、コタロー。ほんに、ほんにありがとうの」


 そう報告する彼女の顔は、心から嬉しそうで、満ち足りていた。

 ……まぁ。


 その顔が見れたんなら、俺もがんばった甲斐があったかな。


「良かったな、クリシュナ」


「なので、それを成功させた報酬は受け取ってもらわねばならん。なので、お主の意志がどうあれ、このまま屋敷まで同行してもらうぞ」


 えっ、何それ。

 途端にキリッと真顔になったクリシュナの言葉に、面食らってしまう。

 馬車で突然やってきたかと思ったら、目的はそれ?


「さ、行くぞコタロー。貴族の面子があるでな、受け取り拒否は許さんぞ」

「待て待て待て、拉致じゃねーかこれぇぇぇぁぁぁ!?」


 室内に乗り込んで来た護衛の兵士たちに引きずられ、俺は無理矢理連行されていった。



******



 というわけで、応接室でロズワルド辺境伯との二度目の対面である。

 あまりの展開に、俺は口から魂を出して燃え尽きていた。


「よく来てくれた、召喚術士コタローよ」


 テーブルを挟んだ俺の向かいのソファでは、辺境伯がにっこにこ顔で出迎えてくれた。

 ここまで来ると諦めるしかないので、気を取り直して向き合う。


 辺境伯は、横に座るクリシュナにでれでれの笑顔を向けながら、俺に語りかける。


「まだ子どもと思っていたクリシュナが、まさかこのような快挙を成し遂げるとは。辺境伯領に新しい技術が芽生えたことは実に喜ばしい。――それもこれも、きみの発案から、護衛体制まできみの協力によるものであると、間違いないかね?」


「はぁ……良く言えばそうなのかもしれませんが。でも実行しようとしたのも、継続しようと決めたのもクリシュナです。主導も功績もクリシュナのもんですよ」


「何を言うか、コタロー。そなたがわらわを強く支えてくれた。そなたがおらねば、わらわの夢は寝物語で終わっていたと思っておるよ」


 余計なこと言わないの、クリシュナたん。


 辺境伯は勝手に口を出した愛娘をほんの軽くとがめ、緩んだ笑顔をこちらに向けた。


「ということだ。ぜひ礼がしたいと思うが、何か望むものはあるかね? 思いのままに答えてもらって構わない」


 と言ってくれる辺境伯。

 でも、何かうさんくさいんだよな。褒美が大げさすぎるというか。

 このでれでれの表情も、どこか作り物が混じってる気がする。


 俺は困り果てながら、少し考えた後、ふと思いついたことを口にした。


「あー、じゃあ、恐縮ですが、お願い事が一つ」


「いいともいいとも、何かね? 言ってみなさい」


 その瞬間、辺境伯の目が鋭く光った気がした。

 うーん、やっぱ怖いな、この人。

 でもいいや、言うだけ言ってみよう。


「クリシュナの望みなんですけどね。彼女は結婚しても、この辺境伯領を離れたくないそうです。この辺境伯領の発展の役に立ちたい、と。――結婚どうこうはそちらの事情なんですが、せめて領内で過ごせるよう、親御さんから配慮してもらえませんか?」


「……それだけかね?」


「はい。他には特に」


 素直に答えると、それまでにこにこしていた辺境伯が、がっくりと頭を抱える。


「コタロー、それではきみの得が無いではないか」


「いや、思いつかないんですよ。幸い、食うには困ってませんし。金も職も仲間も足りてますんで、後は故郷に帰れる手段を見つけたいくらいで」


 辺境伯の眉間のしわが深くなる。

 眉尻を落とし、困り果てた苦悶顔、といった感じだ。


「……大小のグリフォンを複数召喚して、それに兵士を乗せて戦えるらしいな?」


「ああ、はい。できるようになりましたね」


「領都に来たときには、そのような報告は受けていなかった。何かを隠している素振りも見えなかった。滞在中の、この短い期間に複数のグリフォンを喚べるようになったとでも言うのかね?」


「人間、成長するもんでして」


 成長したからね。レベルが。

 領都に着いたばかりの頃は喚べなかったよ。嘘じゃないし。


「正直に言うならば、その能力はとても魅力だ。軽装兵ではなく、武装した正規兵が空中戦を行えるというのは、軍略上重要な戦力になり得る」


 やっぱ来たか。まぁ、普通に考えるとそうだよね。

 ところが辺境伯は、重い息を吐いてかぶりを振った。


「――だが、それもきみの教えてくれた『グライダー』である程度代用が効くだろう。結局のところ、グリフォン騎乗兵を作るよりグリフォン単体で戦った方が強いからな。騎乗兵の索敵、空中からの投槍や魔術爆撃と言った役割はグライダーでも良い」


 俺がいないと回らない空中部隊より、職人が量産できる空中部隊の方が便利だよな。

 個人の技術に依存しすぎると、それが欠けたとき、軍事的には危険だろうし。


「わかった、コタロー。きみの要望は理解した。クリシュナの嫁ぐ先については、私の方でも考慮しよう。だが、それだけではきみの褒美にならん。きみは当家の臣下ではないのだから、きみが当家のクリシュナの利益を願うのは、きみ自身の利益に繋がらない」


 そう、なるか。

 あくまで俺自身に利益を与えたいんだろうな。貴族の面子として。


 辺境伯は俺に向き直り、真摯な表情で告げた。


「そこでだ。召喚術士コタロー。――きみには、『騎士爵』を与える」


「……うぇ!?」


 思わず変な声が出てしまう。

 その話はお断りしているはずだし、辺境伯自身も諦めたはずだけど!?


「ま、待ってください! 俺は故郷に帰る身です、爵位なんてもらっても、この土地には留まってられませんよ!?」


 けれども辺境伯は、表情を緩めてうなずいた。


「承知している。だから、爵位は与えるが私に臣従する必要はない。貴族派閥の寄子としての献上義務も要らん。代わりに、領地や年金も与えられんが、それは承知してくれ」


 つまり、名目上の爵位ってことか?

 少し言い回しを考えた後、辺境伯はその言葉を口にする。


「そうさな、主を持たない騎士。言うなれば――自由騎士、と言ったところかな」


 にこり、と微笑む辺境伯。


「あの……不勉強で申し訳ないんですけど、その爵位にどんな意味が?」


「うむ。まず、貴族特権がいくつかある。街に入るときに貴族用の通用門から入れる、貴族街に立ち入れる、などいくつかな。後は信用の面かな」


 横を見ると、クリシュナもニコニコ笑顔を浮かべている。


「コタロー。きみの立場は爵位と、それを叙任したこの辺境伯家によって確立される。平たく言うなら、きみは当家に仕えなくてもいいが、きみの身分は当家に保証されるということだ」


 ちょっと待て、それって俺に都合の良い、一方的な後ろ盾ってことか?

 俺が何かやらかしたらどうする気なんだ!?


「何かやらかすような輩は、ここまで他人のために動かんだろう。それでも何かが起こるようならば、当家はきみに味方する、という意思表示だ。これは辺境伯領に寄与してくれた領主としての私と、愛娘の未来を与えてくれた親としての私、両方からの礼だ」


 呆然とする俺にそこまで説明して、ロズワルド辺境伯は柔らかい笑顔で俺を見た。


「これで、きみの助力に報いることができたかな?」


 責任を負う覚悟。会って間もない、ただの冒険者の俺の行動を。

 その度量に、俺は頭を下げた。


「ありがとうございます、辺境伯様」


「臣下ではないのだから、主従の礼は要らんよ。――聞けば、他の魔道具の案や、空間魔術にも興味があるそうだな。どちらも王都に研究機関や、資料庫、と言うより図書館がある。平民では難しいが、騎士爵なら立ち入りも出来るだろう」


 自分の名を出して帰る手がかりを探せ、ということか。

 まさしく、願ってもない褒美だ。


「わかりました。その話、ありがたくお受けします」


「うむ。――騎士爵と言っても貴族だからな。冒険者は続けても良いが、貴族法や礼法などを学んでもらわねばならん。しばらく仲間とともにこの屋敷に滞在して覚えてもらうぞ?」


 そう言った知識まで教えてくれるのか。

 そうだよな、無知で恥をかいたりトラブルが起きたりすると、困るのは後ろ盾の辺境伯だ。準備まで整えてもらえるのなら、断る理由は無い。


 もう一度頭を下げて、しばらく勉強面でお世話になることをお願いした。


「これで、『大空の魔術士』は我が家に縁のある騎士だと喧伝できるの! コタローの功績を辺境伯領中に広めて回らねば!」


 クリシュナが嬉しそうに張り切っている。



 ナギハラ・コタロー。日本人。

 この日、異世界で『騎士』になりました。









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