この空を我が物とする
59話から再登場した上級騎士の名前を取り違えていましたので、修正しました。
すみません。
墜落した三体のワイバーンに冒険者たちが群がっていく。
上級騎士のアスタルさんの指揮で、兵士たちも向かっているようだ。
ワイバーンの持つ『甲殻』の数値は1。
冒険者や兵士の直接的な攻撃力は、平均が2だ。
ワイバーンの攻撃さえ食らわなければ大丈夫なはずなのだが、そのワイバーンたちは翼が使えずに上手く身動きが取れずにいる。
地球で言うプテラノドンみたいな、翼が大部分を占める体格してるからな。
翼なしで歩行できるドラゴンやグリフォンと違って、完全な鳥型は『飛行』を失うと思うように行動できなくなるらしい。
「コタロー、武器をくれ! 私も狩ってくる!」
「お前は居残りだよ、ナトレイア。アスタルさんも指揮取って行っちゃったのに、誰が俺とクリシュナを守るんだよ」
俺が呆れてそう言うと、ぐぬぬ、とナトレイアは悔しそうに我慢した。
「心配しなくても、俺とアシュリーで何とかなるさ。な、アシュリー?」
「そうね。一発撃ち込んでくるわ」
アシュリーが、控えのリトルグリフォンに乗り込む。
冒険者たちに出遅れないようにと飛び立つアシュリーを見送っていると、クリシュナが呆然と俺の服の裾を引っ張った。
「コタロー、お主は何者なのじゃ? 本当に、どこにも仕えておらぬのか?」
「知ってるだろ、クリシュナ。俺は召喚術士で、ただの冒険者だよ」
ぽん、とクリシュナの頭を撫でてやると、彼女はむずがゆそうにくすぐったがって、そして笑顔を浮かべた。
「あたしも混ざらせてもらうわよ! ――こっちに一匹よこしなさい!」
アシュリーがグリフォンの上から流星弓を放つ。
直撃したワイバーンがダメージに悶えた。
「トドメは俺だな。エミル!」
『アイアイ、マスター。――スキル「魔術砲身」展開!』
間を置いて魔力は回復している。
流星弓の威力は2。なら、一撃でしとめるならこの魔術だな。
「『ファイヤーボール』!」
『――シュート!』
閃光とともに、爆炎の砲弾が撃ち出される。
長大な砲身から放たれた一撃は手負いのワイバーンに直撃し、かすかに身じろぎした後、ワイバーンの巨体は崩れ落ちた。
手元に光が集まり、カードが手に入る。
『グリードワイバーン』
5:3/5
『飛行』
『甲殻1』・1点以下の攻撃を無効化する。
召喚コスト5か、さすがに大きいな。小型のドラゴンと言えるだけある。
『マスター、魔力増えてるよ?』
「は? 俺のが、か?」
エミルの指摘に、【状態確認】でステータスを確認する。
名前:コタロー・ナギハラ
職業:召喚術士
階位:4
HP:12/12
魔力:2/4
攻撃:0
スキル
『アバター召喚』『スペル使用』『装備品召喚』
『魔力高速回復』『カード化』『異世界言語』
本当だ、階位が上がってる。
何でだ?
「別に死にかけたわけでもないけど?」
「何を言うとる、さっきグリフォンに墜とされかけとったではないか」
……あっ! さっきの空中戦か!
確かに、あのまま襲われて墜落してたら、HP関係なく死にそうだ。
でもさっきは上がってなかったってことは、足りなかったのは、たぶん経験値だな。
経験を積んだ上で、今ワイバーンをしとめたから、か?
今回の実験そのものが、まるごと一つの階位を上げる機会と数えられたのかもな。
何にせよ、日本帰還への道のりが縮まったことは大きい。
まだ遠いけど。
手元に現れたパックを開封すると、いつものように五枚のカードが現れ、消える。
頭に血が上ってたから恐怖がマヒしてたけど、レベルが上がるくらい危険なことやってたのな、俺。
……無事で良かった。
「ナトレイア、大人のグリフォン喚べるようになったぞ。後で、アスタルさんと護衛交代して戦うか?」
「本当か!? ふ、ふふ……これで、私も夢の空戦騎士に!」
ナトレイアは心底嬉しそうに手を合わせて空を仰いだ。
その場で踊り出しでもしそうな喜びようだ。
いや、まぁクリシュナに夢を語れと言った手前、空飛んで戦うのがナトレイアの夢なら、それを否定はしないよ?
うん。
とりあえず召喚枠が増えたので、ナトレイアの剣は召喚し直しておく。
「おっと。終わったか?」
「わ、ワイバーンがこれほどいとも簡単に……」
冒険者と兵士たちが、仲良く歓声を上げながら凱旋してくる。
墜落した残りのワイバーン二体は、袋だたきにされたのかピクリとも動かない。
「さて、また飛ぶ準備するか。召喚獣の編成とか色々、プランを練り直さないとな」
「ま、まだ続けてくれるのかえ!? あのような目に遭ったのに……」
なぜだかクリシュナが驚いてるけど、当たり前だろ。
戦力が上がって成功しやすくなってんだから、続けないともったいない。
「最後まで面倒見させろよ。モンスターなんぞ根こそぎ駆逐してやるさ」
「コタロー……」
とてとてと、クリシュナが駆け寄り、意を決した顔で俺を見上げた。
「頭を下げやれ。褒美を取らす」
「なんだ、頭でも撫でてくれんのか?」
いつも撫でてばかりだしな。ははは、と軽く笑って低く頭を下げる。
すると、
唇に、小さな、柔らかい感触が重なった。
驚きに目を見開くと、俺の前に、頬を赤く染めたクリシュナの笑顔があった。
「――これは、わらわからのせめてもの礼じゃ……わらわの英雄よ」
******
実験はそれから連日続けられた。
最初の三日はうんざりするほどの飛行モンスターが集まってきていたが、成体のグリフォンで機動力を増したアシュリーとノアレックさん。
そして、嬉々として空で剣を振るい続けるナトレイアの活躍が鬼畜だった。
グライダーには相変わらず俺が乗り続けていたが、護衛たちが頼もしすぎるのと、エミルの射撃サポートを受けた魔術で次々と撃退していく内――
七日を超える頃には、グライダーに近づくモンスターはいなくなっていた。
モンスターの襲来頻度が極端に落ちたため、乗り手をナスルくんに代わってもらったが、それでもモンスターは現れず、たまに現れたクリムゾンガルーダが慌てて進路を変えて逃げ出していく有様だった。
飛行モンスターの素材が市場に溢れて値崩れするくらい狩りまくったからな。
やりすぎたか?
十日目に、もはや一体も敵影の無くなった空を見上げながら、この空域の安全は確保されたと、クリシュナが実験の終了を宣言するに至った。
「皆の者、よくやってくれた! 今日をもって、作戦の成功を宣言する。今や我らの翼を襲うものは何もいない! 皆よ、誇れ! 我らの勝ち得た新しい領土は――この大空じゃ!」
兵士や冒険者のみならず、職人たちからも、その場の全員から喝采が上がった。
このモンスターの巣くう広い広い世界の片隅で。
その日、小さな姫君は、辺境の大空を勝ち取った。




