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地平線の狙撃手



 其は、か弱き者。されど見通す者。

 人に寄り添う小さき者。

 かつて大賢者と称された、とある魔術士のそばには、いつも彼女がいた。

 天と地の境、万里の果て、人界の数多(あまた)へと、彼女は手を届かせる。


 英雄ほどには語られず、やがて人々から忘れ去られた英雄の隣人。


 英雄を支えた、小さくも偉大なるもの――



******



 空中で回されたモンスターは、ラージグリフォンだった。

 体格はでかいが、飛行以外の特殊能力は無い。試運転の相手としては良い方だろう。


 こいつに単独で勝てるかどうかで、採れるプランが変わってくる。


「キュアァァァァッッ!!」


 雄叫びを上げながら、爪を向けてくるグリフォン。

 狙いを定め、そこに魔術を撃ち込む。

 コントロールバーを片手で掴みながら、もう一方の手でカードを操作する。


「『フレイムボルト』!」


 命中! ラージグリフォンのタフネスは4、もう一発だ!

 

「フレイム――うおっ!?」


 そのとき、突風に煽られ、姿勢が大きく揺らされた。

 コントロールバーを掴んでこらえるが、そのときには手負いのグリフォンが目前に迫っている。


「ッ! しまっ――」

「キュピェェェェェッッ!!」


 けれども、俺の耳に届いたのは、グリフォンの断末魔の声だった。

 付近に控えてくれていたアシュリーの流星弓が、横からグリフォンを射貫いたのだ。


 た、助かった。


「コタロー! 無事!?」

「助かった、ありがとな、アシュリー!」


 危ねぇ、のっけから喰われるところだった。


 地上で的に向かって魔術を撃ったときとは全然違う。

 空中で足場が不安定な上に気流の影響も食らうから、的が絞りづらい。


 俺のカードは、たぶん他人の魔術とは違う点があって、使用時に対象を取っている。

 これは物理的に焦点を絞るわけではなく、意識して撃つ相手を選ぶ。と、半自動的に魔術が命中するんだけど。

 姿勢が揺れると視界が途切れ、意識が集中できずに散らばるため、対象が取れない。


 相手に回避されるより以前に、よほど集中してないとあらぬ方向に魔術を撃ってしまう。


 こりゃ、相当に慣れが必要だぞ。


 こんな環境で魔術を撃ったナスルくんや、射撃を高確率で命中させてるアシュリーを尊敬するよ、本当に。


 かと言って、アシュリーも『必中』の異名を持つとは言え、どんな状況でも百発百中ってわけじゃない。

 頼り切ってると、取りこぼしに襲われてそのまま墜落するのは必至だ。


「コタロー、もう一匹くるわ! またそっちに回す!?」


 まずは慣れなきゃ話にならない。

 戦闘回数を増やさせてくれ。


 そう、言おうとした瞬間。


 ――魔力を使わないで!


 俺の頭の中に、声が聞こえた。

 この現象は、覚えがある。


「アシュリー、すまん、撃ち落としてくれ! 魔力を回復したい!」


 ――魔力を回復して!


「わかった、今度はあたしがもらうわ! ……覚悟しなさい、モンスター!」


 アシュリーの流星弓が命中し、飛来していたメガロドレイクが墜落していく。


 ――わたしを呼んで!


 声が聞こえる。

 俺はこの声を知っている。俺の中にいる『存在』たち。

 このタイミングで呼びかけてくるのか。


 良いさ、呼んでやる。魔力は回復した。

 お前は誰だ!? お前の名は!?


 ――わたしの名は、



「――召喚! 『千里眼の狙撃妖精、エミル』!」



『やっほ――ッ! やぁーっと、外に出てこれたよーッ!!』


 元気よく、飛び出すように姿を現したのは、小さな妖精だった。


 妖精。そうとしか言えない。

 四枚の透明な羽根に、握りこぶしほどしか無い小さな身体。

 鈍色(にびいろ)とでも言うのか、鋼のような鈍い銀色の髪を風になびかせて、グライダーに併走して飛んでいる。


『マスターよっろしくぅ! 魔術でお困りなら、このエミルちゃんにお任せだよーっ!』


 何だこの脳天気な妖精?

 魔力切れの感覚がするってことは、魔力全部使ったな。

 おいおい、このサイズで、グラナダインより召喚コストが高いのか?


 急いで【カード一覧】でテキストを確認する。



『千里眼の狙撃妖精、エミル』

3:0/1

 『名称』・同じ名称を持つアバターは、一体しか召喚できない。

 『飛行』

 『必中』・このアバターの使う呪文は回避されない。

     (『敏捷』『飛行』『奇襲』等を無効化する)

 『魔術砲身』

 ・このアバターを召喚している限り、あなたの呪文カードは『必中』を持つ。

 このアバターを召喚している限り、あなたの呪文カードは射程の限界が無くなる。



 ……は? 攻撃力がゼロで、HPが1ぃ!?

 何だこの弱さ。こいつも『伝説』……のカードだよな?


 初めて見る、アシュリーの異名と同じ能力を持っているけど、こいつ自身に攻撃手段は無い。

 能力の無駄遣い!? そんなのあるのか!?


「おい、エミルっつったか!? お前、何ができるんだ!?」


『何か疑われてる? わたしは役に立っつよー! でもね、マスターが魔術を使えないと意味が無いの。がんばって魔力回復してねっ!』


「なんじゃそりゃぁぁぁぁっっ!」


 思わず頭を抱えたくなった。

 コントロールバーを掴んでるから、実際には抱えられないのがもどかしい。

 ハズレか!? 伝説にもハズレの伝説とかあるのか!?


「アシュリー! ノアレックさん! すまん、魔力切れだ! 回復するまで時間を稼いでくれ!」


「了解!」

「無理せんときね!」


 飛来するラージグリフォンに、二人のグリフォンが向かっていく。

 護衛がいて助かった。


 こうなると、回復するまでの一分半が長すぎる。


 いったん、地上に戻った方が良いか?

 こいつ(エミル)を喚び出したのは、致命的なミスになりかねない。


 そう思っていると、併走するエミルが、にんまりと大げさな笑顔を浮かべた。


『このエミルちゃんは頼りになるんだからね!? 喚び出して損はさせないよーっ!』


 本当かよ?


 そうこうしているうちに魔力が回復する。

 それと同時に、パックドファルコンの鳴き声が響いた。


 敵襲か。

 遠目に見えるあの巨体は……クリムゾンガルーダ!

 重量級の強敵だ。

 距離はあるが、近づかれたら二回攻撃の前に回避しきる自信は無いな。


 内心焦っていると、待ちわびたかのようにエミルが耳元で叫んだ。


『マスター、魔術は使えるよね!? やぁっと出番が来たよー、エミルちゃんの実力、見せてやるっ!』


 エミルは自信に満ちた口調で言い切り、俺の顔の横へと飛んで移動する。


『照準補足。弾道計算開始。マスターとの同期完了――スキル「魔術砲身」展開』


 空気が変わる。

 ガシャリ、とエミルの目元にスコープ状の、ホログラフの板のようなものが現れた。


 同様の材質が、バーを掴む俺の目の前に展開されていく。

 その形状は、まさしく砲身と言えた。


『展開完了。マスター、あのモンスターに向けて魔術砲撃を行ってください』


 先ほどまでとは打って変わって、無機質な口調でエミルが告げてくる。

 何を言ってるんだ、こんな超長距離、魔術を撃ったって届くわけが……


 ――このアバターを召喚している限り、あなたの呪文カードは射程の限界が無くなる。


 そういう、ことなのか?

 それが、こいつ(エミル)の能力なのか?


「信じるぜ、エミル――『フレイムボルト』!」

『……シュート!』


 長く伸びた魔術の砲身から、攻撃魔術が放たれる。


 それは、遠く、遠く。遙かな軌道を描いて、弓矢はおろか通常の魔術では届きようも無い遙かな距離のモンスターを狙撃した。


『着弾! 対象、活動継続中! 弾道計算継続! マスター、次弾を!』


「おうよ! これでトドメだ、『フレイムボルト』!」

『シュート!』


 二発目の魔術が閃光とともに放たれる。

 二度の魔術を受けて、総ダメージは4。

 遙か彼方のクリムゾンガルーダは、こちらに近寄ることも出来ず、息絶えて墜落した。


 俺は、そのとき、この新たな存在がなぜ『伝説』であるのかを、ようやく理解した。

 

 攻撃魔術の超長距離狙撃。

 そして、『必中』による完璧な命中精度。


 ――強すぎる。


 どちらも、この空中戦で生き延びるには最適な能力だ。


 スコープを外したエミルが、自慢げに俺に笑いかける。



『どうかな!? エミルちゃんは、すっごいんだからねーっ!』








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