高く飛べ、高く空へ
「本気で乗るの、コタロー?」
「もちろん」
俺は、革鎧と革の兜を身につけながら答える。
準備に少し時間がいる。
何の時間かと言うと、グリフォンを召喚する時間だ。
俺自身が搭乗して空中で魔術を使い続けると、当たり前だけど換えのグリフォンが召喚できない。
それを避けるために、召喚枠の編成を組み直した。
「換えのグリフォンは多めに用意する。それで乗り換えながら、体力が尽きたグリフォンは休ませてくれ」
アシュリーの流星弓は確定。
索敵のパックドファルコンも二体は必要だ。
ナトレイアには召喚物ではなく軍支給の剣を持ってもらって、残り六枠のうち、五枠でリトルグリフォンを呼ぶ。
俺が空中にいる以上、護衛のデルムッドは必要ないからな。
その五匹をローテーションして護衛に回ってもらう。
三人だとグリフォンの負担が大きすぎるので、護衛はアシュリーとノアレックさんの二人に減ることになる。
「三人でも手が回らなかったのよ? 二人だとコタローが危険だわ」
「グリフォンを替えに地上に降りるときは、空の護衛が一人になるけんねぇ」
それに対する答えは簡単だ。
「こまめに俺も地上に降りるしかないな。元々、ずっと飛び続ける必要は無いんだ。モンスターを引きつけて殲滅すれば良いんだから、回数を重ねよう。二人のうちどちらかが降りるときは、俺も降りるか、高度を下げて地上部隊の弓が届く位置で旋回する」
「それしかなかろうねぇ」
装備を身につけていると、クリシュナが不安そうな顔でやってきた。
「コタロー。本当に良いのか?」
「アランさんと同じ魔術は使えるから心配するな。それと、話してないけど切り札は持ってる。このペースで続けて召喚できるのが答えだ」
スキル『魔力高速回復』はかなりのチートだ。
普通の魔術士が五分以上かけてやっと撃てる魔術を、一分で撃てる。
魔術は通常攻撃より威力か利便性のどちらかが高い強力な攻撃手段だが、魔力の回復速度が問題になる。
連発できないのだ。
普通は。
「兄ちゃん。準備できたぞ、こっちに来い。器具をつけてやる」
ウォルケス親方に呼ばれ、本陣に赴く。
簡易野営陣地のそばに、点検を終えたグライダーが置かれていた。
風を受ける、横に長い三角形の翼膜。
骨組みは翼に通してあるものだけではなく、上部にも張り出ている。この小さな支柱からワイヤーで翼を引くことで、テンションを保って翼が風で折れないようにしている。
上部から引くと言うことは、当然下部からも引く。
そちらにはやはり三角形の骨組みが伸びている。持ち手となるコントロールバーだ。
正面から見ると、翼を水平に間に挟んだ五角形の形で形状を維持する。
漠然と記憶にある、地球のハンググライダーと同じ構造だったはずだ。
違いがあるとすれば、中心から吊り下げられた搭乗部分だろうか。
地球のハーネスは袋状になっていたはずだが、こちらは腰に巻き付けるベルト付きの幅広帯だ。
一応、ももの辺りまで帯が伸びていて足が支えられる形にはなっている。
ウォルケス親方たちの手によって帯が装着され、器具と接続される。
腰の上に繋がったワイヤーのせいで、少し動きにくいな。
空中では動かないように姿勢を固定する必要があるから当たり前なんだが。
「行ってくるぜ、親方」
「生きて帰ったら、お前をドワーフ並みの大バカ野郎だと認めてやる」
親方の言葉にお互い笑い合いながら、拳を打ち合わせる。
コントロールバーの両端には、それぞれ設置されたクロスボウ。
アシュリーたちの使っている矢の倍ぐらい太いが、装填はできそうにない。
いざというときは、二発のこの矢が頼りか。
「死ぬでないぞ、コタロー!」
「故郷に帰るまでは死ねるかよ! 安心して見てろ、クリシュナ!」
クリシュナの激励に叫び返し、俺は機体を持ち上げて丘を駆け下り始めた。
さすがギリギリまで軽量化設計された機体だ。俺の腕力でも持ち上げられる。
走る勢いのままに、段差になった丘から飛び降りる。
ぶわり、と大きな風を体中に受けた。
持ち手を滑らせ、コントロールバーの下部を掴む。腰のハーネスに結んだワイヤーが身体を引っ張り、姿勢が水平になる。
視界が上がっていく。
次の瞬間、俺の身体は、空の風の中にいた。
飛んでいる!
これが、グライダーに乗った感覚か。
「のん気に感動してる場合じゃねぇな、背中は任せたぜアシュリー! ノアレックさん!」
背後から、アシュリーとノアレックさんが飛び立ったのが見える。
周囲に飛んでいる飛行モンスターの姿は無い。が、これからうようよ集まってくるんだろうな、絶対によ。
今できることは、グライダーの操縦に集中することだ。
過度な力は必要ないが、とにかく感覚がおぼつかない。
コントロールバーに掴まっている以外は、ワイヤーで宙づりにされているだけなのだ。
腰から下に安定感のあったグリフォンの乗り心地とはまるで違う。
慣れていないと、普段目にしない高高度ということもあって、極端に心細くなる。
こんな状況で、よく長時間飛び続けたな、あのナスルって魔術兵。
「負けてられねぇ、か」
気合いを入れ直す。
使える手持ちの攻撃魔術は『ファイヤーボール』『エクスプロージョン』『ゲイルスラッシュ』。
それと、さっきナスルくんからコピーした『フレイムボルト』の四つ。
『フレイムボルト』
2:対象に2点の炎の射撃を行う。魔力を1回復する。
一見すると『ファイヤーボール』の下位互換だが、これは使い勝手が良い。
連発することでダメージが『ファイヤーボール』を上回るからだ。
この魔術なら、俺の魔力でもダメージ4を叩き出せる。
回避されなければ、だけど。
飛行モンスターには今のところ『甲殻』持ちがいなかったから、これは有効だろう。
……連発できなかったところを見ると、ナスルくんの魔力量はたぶん2かな。
じゃなきゃ、自力で二匹目のザッパーホークを墜としてたはずだからな。
「コタロー、来るわよ!」
グリフォンの背から、アシュリーが呼びかけてくる。
周囲には、パックドファルコンの鳴き声が響いていた。
ここからが正念場だ。
「アシュリー、間隔を空けて回してくれ! 魔力の回復が間に合えば俺も自力で戦える!」
「わかった、接近してくるのは一匹! こいつを回すわ、無理そうならあたしが射落とすからね!」
適切に検証の機会をくれて、フォローまで担ってくれる。
お前はいい女だよ、アシュリー! 本当によ!
「頼んだぜ、相棒ッ!」
「任せなさい、相棒ッ!」
地に足も付かない高空の風の中、モンスターという危険を前にして。
俺たちは、互いに笑い合った。




