その想いを潰えさせないよう
「救助ォ――ッ!!」
アスタルさんの指示が飛ぶ。
地上部隊を先導に、グライダーの落下地点へと俺たちは駆け出した。
「ナトレイア! 道を切り拓け!」
「任せろ、コタロー! アシュリーの活躍に負けてられんのでな!」
ナトレイアの剣が煌めき、進路上にいた地上モンスターを斬り裂いた。
先導する冒険者たちも負けず劣らずの猛者揃いだ、墜落から間を置かず、救助部隊が落下地点に到着する。
そこには、草むらの上に不時着したグライダーの残骸があった。
翼膜の右半分には、大きな穴が空いている。不時着の際に変な落ち方をしたのか、フレームも歪んでいるように見える。
「う……」
「ナスル! 無事か!?」
良かった、乗ってた魔術兵は生きてたか!
間近に駆け寄ると、随行していた職人や手伝いの兵士が、手際よく魔術兵の身体に取り付けられたグライダーのベルトを取り外していく。
仲間の兵士の肩を借りて助け出された少年魔術兵は、落下の際に負ったケガで額から流血していた。フレームにぶつかったか。
右腕の骨折と右足の捻挫、という診断が下ったが、命に別状は無いとのこと。
安心した。
「コタローくん、頼めるかい」
「おうとも。――『治癒の法術』!」
ケガ人の治療は俺の領分だ。
すぐさま魔術を発動し、負傷を治療する。
臨時救助班の兵士が周囲を警戒する中、ノアレックさんに護衛されてクリシュナが駆けつけた。
彼女は悲壮な表情を浮かべていた。
けれども、俺の魔術で搭乗していた魔術兵が回復した様子を見せると、安堵したようにホッと一息吐いた。
回復したナスルという魔術兵に、彼女は申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「すまん、すまんのぅ、若き兵よ。お主を、このような危険な目に遭わせてしもうた」
「とんでもない! 謝るのはこちらの方です、姫様。申し訳ありません、大任を果たせませんでした!」
ケガではなく、長時間空中にいた疲労から仲間の肩を借りたままの少年兵が、悔しそうに頭を下げた。
クリシュナの視線が、大破したグライダーに向かう。
一瞬の未練を見せたが、彼女は頭を下げる少年兵に笑って言った。
「良い、許す。大義であった! 機会は今回だけではない、お主の意気がくじけぬのなら、また次の機会に役目を果たして見せよ!」
毅然と言い張るクリシュナのねぎらいに、少年兵は頭を下げたまま、仲間に連れられて輜重兵の待機する本陣に歩いて行く。
その背を見送りながら、彼女はもう一度、大破したグライダーの残骸に顔を向けた。
誰にも。誰にも見られないよう、陰になった彼女の表情が、くしゃりと歪む。
「……泣くな、クリシュナ」
「コタロー……胸を貸せ」
背丈の関係で、胸ではなく俺の腹に顔を埋め、クリシュナは泣いた。
声を殺して泣いた。
「……悔しいのか」
「……わらわには、何も成せぬのか。わらわのやることは、所詮は子どものお遊びか」
小さな、俺にだけ聞こえる程度の彼女の声が、震えている。
「自分で言ってたろ。もう一度やってみりゃいいじゃねぇか」
「そうして、また兵士を傷つけるのか。わらわの願いで身体を張るのはわらわではない。その命令を聞く、兵士たちだ」
あの魔術兵が、生きていてくれて本当に良かった。
もしも命を落としていたら、取り返しの付かない心の傷になっていただろう。
いや、あるいは――
「自分の言い出したことで、誰かが大変な目に遭うのが耐えられないか?」
「そうだ。魔獣が多すぎる。こんな中で、こんな土地で、人の支配域を広げようという方が間違っておる。魔獣の屍より先に、人の、領民の屍が積み重なる」
「それでも、お前はそれを望んだんだろう。この辺境領のために、と」
取り返しの付かない傷は、もうできているのかもしれない。
魔獣を、モンスターを討伐し続けた辺境の歴史の中で、犠牲がなかったはずがない。
「わらわだけではない。この辺境を開拓した始祖エイナルを始め――父上も、皆も、我が家は代々それを目指してきた」
この子は、それを知っている。
「――その中の一人に、家族と同じ願いを掲げるひとりに、わらわはなりたかった」
貴族の名誉か、家の名か。
違うよな。だってお前は、
「父上と、同じ夢を見ることは、わらわには叶わぬのか!?」
この土地が、この土地に住んでる人たちが、家族が、好きなんだろう。
わかるよ。
俺にも、大好きな、大好きだった場所がある。
「顔を上げろ。涙を拭け、クリシュナ」
壊れたグライダーの残骸。
翼膜には大きな穴が空き、フレームは墜落の衝撃で歪んでいる。
その無残な人工物に、俺は一つの呪文カードを起動した。
「――『靴妖精の工具』」
『靴妖精の工具』
2:対象の道具や武具を修復する。生命を持つものは修復できない。
(大きなものや複雑なものは修復に時間がかかる)
ドラゴン戦でのレベルアップで手に入れた魔術の一つだ。
破損したグライダーが光に包まれ、修復されていく。
その光景を呆然と見つめるクリシュナの両肩を掴み、俺は叫んだ。
「夢を見たんだろう! この土地の役に立ちたいと! ここに集まったのは、その夢に付き合うと決めたバカどもだ! 俺もそうだ、ウォルケス親方たち職人も! アスタルさんたちも! お前の望みが動かした、動かされた連中だ! お前と何も大差ねぇ!」
目の前にあるのは、新品同然に修復されたグライダー。
空を飛べることは保証されている。
周りにいるのは、心折れていない兵士たち。
冒険者たちも、空を飛ぶ偉業の立役者になりたいと、護衛の志気は高い。
まだ、何も失われちゃいない。
失敗なんて、何も無い。
「夢を語れ、クリシュナ! 寝物語じゃねぇ――お前の『目標』を、口にしろ!」
「こ、コタロー……」
まだ、何も終わってないんだ。
「お前の望みを、この事業を成功させたいと! そうきちんと口にしろ、クリシュナ!」
クリシュナは、涙の滲んだ目で、じっと俺を見ていた。
その目元を袖で乱暴に拭い、彼女は意を決したように兵士たちの方を向いた。
彼女の瞳に、強い意志の光が宿る。
「――皆の者、実験を継続する! もうしばし、わらわに付き合ってたもれ!」
その言葉への反応は劇的だった。
兵士たちからは一斉に敬礼が、冒険者たちからは喝采が上がった。
飛んだんだ。空を飛んだ。
新しい技術が、目の前に確かに生まれた。
なのに――結果は『失敗』だなんて、誰も納得なんてできるわけない。
そう、クリシュナ自身だって。
彼女は、振り返って、密やかに俺に尋ねた。
「コタロー。わらわは夢を叶えるぞ。そなたは、わらわを助けてくれるか?」
「ああ。任せろよ。助けるさ」
兵士も冒険者たちも、意気は高い。
すでに何体ものモンスターを相手にしているのに、全員その目は輝いている。
その言葉を引き出したのは、小さな少女の言葉だ。
慕われてるじゃねぇか、クリシュナ。
「――ナスルは休ませる。急いで他の搭乗者を選ぶけど、問題が一つあるよ、コタローくん」
「何ですか、アスタルさん?」
アスタルさんが真剣な表情で、グライダーを見る。
「あの飛行器具の自衛力が足りない。ナスルの魔術じゃ威力も、手数も足りなかった。いずれ武装は強化するにしても、今飛ぶのなら、もっと連発できる手練れの魔術士が必要だ」
手練れの魔術士。
その単語に周囲の視線が、クリシュナの護衛に付いてきていたノアレックさんに集まる。
「いやー……うちはたぶん、乗るのは無理かと思うよ?」
「なぜじゃ、ノアレック?」
「この尻尾、結構風を受けるけん。流されるっちゃないかな。グリフォンに乗っとる間も、何度か風に圧されて落ちそうになったんよ」
ふさふさとした四本の大きな尻尾を見せながら、ノアレックさんが真面目に答える。
高空は地上とは比べものにならないほど風が強い。
だからこそグライダーが浮くわけだが、確かにノアレックさんは風に流されそうだな。
「弱ったのぅ……そのような強力な魔術士なら、とうに上級騎士にでもなっておろう」
乗り手がいない。
必要なのは、短時間で高火力か連発で魔術を使用できる人材。
一人だけ、心当たりがある。
「わかった。その点に関しては問題ない。準備はいるけどな」
「……コタロー?」
俺は眉根を寄せるクリシュナに向けて、そう請け負った。
――スキル『魔力高速回復』。
要は短時間で、モンスターを倒せる魔術を使えれば良いんだろう?
「――俺が乗る」




