こころざしの在処
カードゲーマーは、誰でも夢を見る。
たとえば大きな大会で優勝してたくさんの人にもてはやされたい、とか。
目の前の相手に勝って自分が強い人間だと思いたい、とか。
魔法のカードに、自分を日常外の魔法を使いこなす特別な存在に重ねて、とか。
大なり小なり、日常では無い夢を見る。
夢を見るからカードゲームを始める。物語を求めてカードゲームを続ける。
そういう生き物なんだ。
誰にだって、少なくともどこかに、そんなところがある。
当たり前だ。
人生の、社会の役に立たない遊びに、少なくない時間と金を費やすんだ。
それ以上の何かをどこかで求めていなけりゃ、そんなことできるわけがない。
費やしている間、費やす誰かと向き合っている間。
その時間が大切に感じられるのは、同じ仲間と同じ空間で、同じことをしているから。
――自分は、夢を見ていることを許されているんだ。
そんな思いが、どこかに芽生えているんだろう。
自分に、自分では無い誰かに、自分の向き合う誰かに、――みんなに。
思わせてもらっている。
俺たちプレイヤーは、カードゲームという夢を見て、それを求めるんだ。
だから、こんな小さな子どもが『夢』を抱いていると言うのなら。
それだって許されなくちゃ、嘘だろう。
******
「できたぞ、皆の衆! この出来ならば、空を飛ぶのに不足あるまい!」
とうとう、ウォルケス親方の作っていたハンググライダーが完成した。
日数は多少かかったが、中空のパイプで作られた骨組みに、魔物素材の翼布を張って風を受ける。魔物素材は信頼性の高いドラゴンの翼膜だ。
「中空の鉄棒を作るのは苦労したがの。アダマンタイトの心棒を入れた細筒に、溶鉄を流し込んで作ったわい! ドラゴンの甲殻の粉末を混ぜてあるからの、強度を確保しながら柔軟性を持ち、軽さも確保した! わしの自信作じゃ!」
興奮するウォルケス親方の説明に、クリシュナの目も輝く。
この世界初の飛行器具、空を飛ぶ乗り物の試験機がここに完成したということだ。
「これで、これで飛べるのかぇ!? ようやってくれた、でかしたぞ、親方!」
「しかしこれやと、模型と違って風に乗せて揚げるのは大変そうやねぇ」
「そうですね、ノアレックさん。だから、高地とか山間とか、標高の高いところから飛び立つのが基本です」
頬に手を当てて首をかしげるノアレックさんに、俺が説明した。
けれどもノアレックさんは、気遣わしげに眉尻を下げる。
「高地言うたら、山際の丘やね。けど、そこは街道とは比較にならん大型モンスターが出る。グリフォンや飛行モンスターだけやなくて、それと食い合うような四足モンスターもえらい多い。実験とは違うやろうけん、上手くいくっちゃろか……」
「そうだな。丘などの高地は、拓けてはいても人の立ち入らない土地だ。普段は未討伐のモンスターも多かろう」
「なればこそ! 高地の開拓を兼ねて討伐隊を兼ねた護衛部隊を編成するのじゃ! 父上もこの件に関しては、めどが立つなら領軍を一部動かして良いと仰られた! ノアレック、軍と冒険者で協力して、何としても成功させるぞ!」
ここは辺境。
未開地域も多く、人間では無くモンスターの支配する土地だ。
その中に人間の軌跡を打ち刻む意気込みで、クリシュナはこぶしを握った。
「征くぞ! 我ら人類は、この辺境の『空』を手に入れる!」
******
「――というわけで、僕が来たんだよ」
高地で護衛部隊を率いていたのは、見知った顔だった。
弓使いの上級騎士、アスタルさんだ。
今回の護衛は、弓兵を主体として百名ほど。
通常のモンスター討伐としては小さな規模だが、これは辺境伯領の事業とは言え、主導しているのが末子で子どものクリシュナ。
いわば『子どものお遊び』とも行政官に受け取られかねない試みに人員を割くには、この人数が精一杯だったとのことだ。
領主一族の身の安全を図るため、六人しかいない上級騎士の一人が出陣しているだけ、まだマシな方だろうか。
領都から離れた山際の丘に到着し、軍を展開する。
簡易的な野営陣地を構築し、輜重部隊が荷馬車で運んできたグライダーを組み立てていた。
弓を携えたアスタルさんが、一人の兵士を連れてくる。
「やぁ、コタローくん。この子を乗せて飛ばそうと思うんだけど、どうかな?」
「よ、よろしくお願いします!」
緊張にガチガチに固まっているのは、十代半ばほどの若そうな兵士だ。
体格は細く、革製の軽装備を身につけている。
ぎこちなく敬礼する兵士に苦笑しながら、アスタルさんが続ける。
「彼は腕力はさほどじゃないんだけど、攻撃魔術が使えてね。僕の部下でも期待をかけてるんだ。小柄で身軽な方が良いと言うから、晴れ舞台だと思って彼に頼んだんだけど」
「良いですね、何か言うとしたら、乗せるときは墜落して頭を打たないように皮の兜を被った方が良いと思います。クリシュナ、どう?」
「魔術が使えるのは良いな! 弩弓は搭載したのじゃが、威力も矢の数も限られる。自力でモンスターを倒せる力は必要じゃ!」
クリシュナは上機嫌になって、若い兵士をグライダーの方へ連れて行った。
兵士の手を引いて走って行くクリシュナの背を見送りながら、アスタルさんが苦笑している。
「お嬢様は、本当に意気込んでいらっしゃるようだ」
「クリシュナは本気ですよ。少なくとも、思いつきを口に出しただけの俺なんかより、ずっとね」
「そうかい。……辺境伯様も、その意気込みをもう少し真に受けてくだされば良かったのだけどね」
……?
辺境伯は、クリシュナの事業を快く思ってないのか?
「反対されてるんですか、アスタルさん?」
「いや、というよりは、興味本位のお遊びだと思われてるかな。良くも悪くも辺境伯様は、末の娘と言うことでクリシュナお嬢様を溺愛されてる。可愛がってわがままを許すのと、事業として利益を見込んで許可を出すのでは、手配する文官の認識が全然違うよ」
事業と思ってたのは、俺たち実行現場組だけだったってオチか。
まぁ。この魔物のはびこる土地で、空を飛びたいなんてのは子どもの夢物語に思えるのかも知れないな。
「クリシュナは、官僚が思うよりずっとこの土地のことを考えて動いてますよ」
「もちろんそうだと、僕も思ってるよ。だから志願して参加したんだ。子どものお遊びに、ドワーフの魔道具技師、それも親方格が力を貸すなんてあり得ないからね。これは本気だろうと思ったよ」
ウォルケス親方が力を貸したから、か。
それだって、クリシュナ本人の気持ちが伝わったからじゃない。
年齢ってのは、大きな壁なんだな。
もちろん、その年齢でそれだけのことを考えて実行に移せるクリシュナは非凡なところがあるけれど。
「何としても、成功させなきゃ、だな」
「あはは、そうだね。コタローくんも面白いものを見せてくれるみたいだしね。聞いたよ? グリフォン喚べるんだって?」
「型の小さい奴ですけどね、アスタルさんは乗れるかどうかギリギリだと思います。ナトレイアで、乗って戦うのは無理なので」
「ああ……じゃあ、僕もダメかな。僕も大柄な方じゃ無いけど、小柄でも無いからね。魔術兵を乗せるのが良さそうだけど、それだと今やってる実験が成功しちゃうと役割が被っちゃうわけで」
「そんなわけで、あんまり軍にとって有用な能力じゃ無いですね」
残念、と肩をすくめるアスタルさん。
その間に、グライダーの準備が整ったらしい。
さぁ、勝負はここからだ。
辺境初の有人飛行を成功させるために、俺も護衛のグリフォンや飛行アバターを召喚する。
アシュリーやナトレイアも、狙撃役や護衛など、自分たちの役割に備えて武器を準備した。




