ちいさな夢のうた
初日の実験で得たデータを元に、親方たち職人勢はいよいよ人の乗れる規模のハンググライダーを作成することになった。
俺たちはその間、量産されたカイト模型を飛ばしてモンスターを狩り続ける日々。
とりあえずは街道近辺から、モンスターに飛行物を脅威だと思わせる狩り作業を続けることになったのだ。
俺たちパーティの他には、クリシュナとその護衛の兵士たちが参加している。
グライダー本体が完成するまで職人を手伝えないのは、クリシュナも同様だからだ。
「わらわだけでも飛ばせるとは、これは遊具としても優れておるのぅ」
「モンスターをおびき寄せなきゃ、だけどな。街中で飛ばすと、落ちたときが面倒だし」
上空の模型に繋がったタコ糸を手に持ち、クリシュナが楽しそうに空を見上げている。
「これで、わらわもこの領の役に立てるかのぅ……」
ふと、そんなつぶやきが聞こえた。
「領の役に立ちたいのか?」
「わらわは女じゃからのぅ。いくら剣の腕を磨こうとも、武力で領の者たちを守れるとは限らぬ。そういうのは、兄上たちの仕事じゃ」
兄貴が二人いるんだっけか。
跡継ぎはどっちかがなるし、軍を率いるとしたら、もう一人の兄貴か、今の上級騎士の誰か辺りなんだろうなぁ。
「貴族の子女は家名のために己を捧げるのが務め。女のわらわの役割は、家の繋がりを強められる貴族家に嫁ぐことになるじゃろう。わらわにできることなど、その程度よ」
空を見上げながら、寂しそうに彼女は続ける。
「わらわの手では、直接領民に役立てることは何もできぬ、成せぬ。……そう思っておったよ」
コタロー、とクリシュナは俺を振り返った。
「お主には感謝しておる。これが完成すれば、わらわも領のために役立てる何かを成せる。わらわの生まれたこの辺境のために、わらわの手が役立てるかと思うと、憂いも晴れるわ」
ありがとうの、とクリシュナは屈託無く笑った。
その笑顔に、俺の表情も不意にほころんでしまう。
こいつは、本当にこの土地が好きなんだな。
けれども、別の土地の貴族に嫁げばこの子は辺境領を離れてしまう。その前に、この領に自分の手で貢献したい、自分がいた何かをこの領に残したい。
そう思ったんだろうな。
気負いすぎだよ、そう声をかけるのは簡単だ。
でも、俺は貴族を体験したことが無い。いずれこの土地を離れかねない事情を飲み込んで、背負った覚悟を慰めるには言葉が足りないような気がした。
だから、俺はただ顔を上げて、クリシュナの見つめる空を見上げた。
「成功させなきゃ、な」
「無論じゃ! 成功すればお主のグリフォンの背で見た、あの空からの景色を! この領の民たちが見られるかもしれんのじゃ! 人が、モンスターや魔術の力に頼らずに、誰でも空を飛べるようになる! 考えただけで楽しみじゃのう!」
ああ、ほら。
あんまり興奮すると、糸巻きを手放しかねな……
「あちゃあ、また来たか」
「コタロー。行ってくるわ」
見張りのデトネイトイーグルが、飛行モンスターが接近するのを見つけた。
アシュリーが、休んでいたグリフォンにまたがり飛び立つ。
恒例となった口上を口にしながら瞬く間にモンスターを落としていくアシュリー。
手強い相手にはノアレックさんが助太刀に行って、寄ってくる飛行モンスターはだいたいカード化できた。
でも、新しいカードは二種だけ。
『ザッパーホーク』
4:3/3
『飛行』『奇襲』
『パックドファルコン』
2:2/1
『飛行』
この近辺、というか森辺りに住んでるのはだいたいこんな感じらしい。
鷹・鷲・隼、と揃い踏みだ。
ちなみにザッパーホークの『奇襲』は、カード化前に『鑑定』してみたところ、カードとは違うテキストだった。
『ザッパーホーク』
4:3/3
『飛行』
『奇襲』・このモンスターは、攻撃するまで高確率で補足されない。
という文面。そうだね、野生のモンスターは召喚とかされないからね。
カード化されることで、能力が最適化されるってことかな。
たぶん『誘導』とかも違う文面だな。自然界で攻撃集めるとか、そんな獲物感丸出しな能力があるはずないし。
「グリフォンが来んのが気になるねぇ」
「いるんですよね、大人のグリフォン」
ノアレックさんのつぶやきに、俺も疑問を重ねる。
この辺、大人のグリフォンもいるはずなんだよな。
けれども、護衛のグリフォンの縄張りと認識されているのか、どうもグリフォンが姿を見せない。
ザッパーホークみたいに、魔力が足りなくて喚び出せない可能性が大きいけど。
大人のグリフォンなら俺やナトレイアを乗せて戦闘できそうだから、将来のためにぜひ手札に欲しいんだけどな。
パックドファルコンは、群れで出没する隼だ。
スタッツ的には普通だけど、移動速度が速いので哨戒役にはこちらの方が良いかもしれない。
「むぅ、乗れるモンスターは増えてないんだな」
ナトレイアが残念そうにうなだれる。どうやら背中に乗って戦いたいらしい
大人のグリフォンなら飛べるんだろうけど、近寄ってこないし、たぶん喚び出せないし。
レベルが上がって魔力が増えるまで待ってくれ。
「人が乗って飛べるぐらいだーが完成したら、場所を移すんやろ? 丘の方やったら、たぶん型の大きいのが出てくぅよ?」
ノアレックさんがモンスター分布を教えてくれる。
グリフォンは体格が大きく、大型のエサを獲る。かと言って木々の密集した森の中は巨体故に苦手なので、人里から離れた丘などの高地に多く出る傾向があるらしい。
もしかすると、カード化した若いグリフォンも、エサを見つけて丘の方から飛んできたのかもね。
「それでは、試験飛行ではグリフォンに襲われるということかの?」
「高地の方にはグリフォンがエサにする獣型モンスターも多いし、そっちの方も何とかせんといかんやろうね」
モンスターの数が増える、と言う予想にクリシュナの表情がぐぐぐ、と歪む。
「こ、コタロー! お主の小さなグリフォンで戦えるのか!?」
「グリフォンは小さいけど、その方が良いだろ。乗ってる人間が撃ち落とすのが重要なんだから。――ま、アシュリーに任せよう」
いざとなったらグラナダインの出番だな。
問題点は、テキスト上、流星弓を装備したアシュリーは攻撃を当てれば『飛行』持ちを墜とせるが、グラナダイン本人は『召喚した時』しか墜とせないと考えた方が良い。
そこら辺はカードの性能差だな。
航空戦力は結構確保したし、一応、親方のグライダーが完成するまでに空戦の仕方も考えるか。
もし継続的に襲われると、グラナダインを何度も召喚するのは効率が悪いし。
航空戦力で軌道を封鎖して、護衛の領軍兵士に弓で射落としてもらうプランを考えよう。
戦闘巧者のナトレイアや、ノアレックさんにも相談するか。
人が生身で空を飛べるほど、この魔物の世界は甘くない。
世界に夢を阻まれようとしている、故郷思いの少女に、俺は覚悟を決めて笑いかけた。
「問題ねぇ。俺たちがお前の夢を叶えてやる。だから、クリシュナ――」
うつむくなよ、クリシュナ。不安なんて何も無いさ。
「――お前は安心して、夢を語ってくれ。俺たちが叶える」




