空を自由に飛びたいな
「ああ……鳥に襲われてボロボロじゃなぁ……せっかく作ったんじゃが……」
治療して快癒したのもつかの間、ウォルケス親方は街道に墜落したボロボロの凧模型を手に、気落ちした声を出した。
手に持たれている凧は日本的な四角形ではなく、どちらかというと三角形のカイトだ。
左右の対比も取れているし、万全ならきちんと重心も整っていたことだろう。空を飛ぶには充分だと思われる。
木組みの枠に薄手の布。改めて言うことがないほど、技術的には問題ない。
問題があるとしたら、モンスターが溢れてるこの世界の環境にあるわけで。
「なんそれ? 面白そうなもん持っとんねぇ」
ノアレックさんが興味深そうに近寄ってくる。
「あー。説明はとりあえず後で」
「なんね。好かーん」
ぷい、とそっぽを向くノアレックさん。
たぶん一緒にいるクリシュナを考慮したからだろう。
「ううっ……うっ……コタロー、飛んだのじゃぞ? ちゃんと、ちゃんと、飛んだのじゃぞ!? なのに、あの鳥モンスターめらが、ついばんでしまいおった! あげく、我々にも襲いかかってきおるし……」
「うーん、残念でしたね。クリシュナ様。……ノアレックさん、今のモンスターは、よく現れるんですか?」
わざとらしく口をとがらせて顔を背けているノアレックさんに聞いてみる。
「狩りの時に言っとった猛禽型モンスターの一種やねぇ。街道付近にはあんまり出らんばってん、縄張り近くで飛んどるもん見かけたけん、エサと思って寄ってきたっちゃないと?」
カード化したのでステータスを見てみる。
『デトネイトイーグル』
3:3/2
『飛行』
攻撃偏重型の猛禽類ね。グリフォンみたいな胴体があるわけじゃないから、人が背に乗るのは無理そうだな。
この攻撃力で襲われたら、カイトなんてひとたまりも無いな。
「うぬぅ……せっかく、人が空を飛ぶめどが立ったというのに」
「ノアレックさんの前で、辺境伯家の事業しゃべっちゃっていいんですか?」
悔しそうに駄々をこねていたクリシュナは、傍らに立つ領都のギルマス、ノアレックさんに初めて気づいたようだった。
「ノアレック! ちょうど良い、冒険者ギルドも手伝え、鳥型モンスターを殲滅するのじゃ!」
「なんね、面白そうな話ですな。そやったら、一口噛ませてもらいますか」
冒険者ギルドも計画に巻き込むことにしたようだ。
実験に領軍から大勢兵士を裂くわけにもいかないから、冒険者に護衛と鳥モンスター狩りを依頼した方が効率は良いかもな。
問題は、
「ちょうど受けてくれそうな冒険者たちもここにおりますし?」
「ですよね」
やっぱ俺たちに回ってくるのね。
「ええやろ? これ受けてくれたら、お兄さんの実力、黙っといたるよ?」
ノアレックさんが取引とばかりに、耳元に寄ってささやいてくる。
あー、受けるしかないかー。
全部話して能力の口止めをお願いしてても同じ展開になったろうし、手間が省けた分、話が早くなったと考えるか?
「わかりましたよ。鳥型モンスター相手なら、アシュリーが得意ですからね」
「決まりじゃの! よろしく頼むぞ、コタロー! 鳥どもに目にもの見せてくれる!」
クリシュナが燃え上がりながら俺の手を掴んでくる。
空の護衛にちょうどいいアバターも手に入れたし、一応、何とかはなるかな。
しとめたデトネイトイーグルたちは俺たちの収穫にしていいとのことなので、護衛の兵士さんたちや同行してた職人さんたちの治療の続きを終わらせてから、領都に戻ることにする。
クリシュナの護衛の兵士さんたちは十人足らず。
少なくはないんだけど、飛行持ちの攻撃力3のモンスター三体が相手だとちょっと辛そうだったな。弓も当たってなかったし。
「コタロー、コタロー。グリフォンに乗って帰ろう」
「お前、俺の能力周りに隠す気無いだろ?」
輝いた表情で提案してくるナトレイアに、思わず突っ込みを入れてしまった。
仕事を終えて香箱座りをしていたグリフォンたちは、「いいよー」と言わんばかりに揃ってこっちを見ている。
街の外だし、まぁいいか?
「なんじゃ? お主の召喚獣は、背に乗って飛べるのかぇ?」
もう一人、幼女が食いついてきた。
あー、子どもなら普通に乗って飛べるか?
「……乗ります?」
「良いのか!? それと言葉遣いがぎこちないぞぇ。無理せず普通しゃべりやれ」
なら遠慮無く、砕けた言葉遣いにさせてもらおう。
わかっとるよね? と無言の圧をかけてくるノアレックさんの分も含めて、五体か?
召喚枠がなくなるな。どうせ帰りだし、ゴブリンとデルムッドもカードに戻すか。
グリフォンを増やし、それぞれに割り振る。
「わっほぅ! これが空の上か、爽快じゃのぅ!」
「はぁーあ……空の上ってのも、良かもんやねぇ」
クリシュナとノアレックさんが、グリフォンの背で感嘆の声を漏らす。
鞍もあぶみも付いてないんだから、落ちないように注意だけ促した。
クリシュナの一声により、護衛の兵士さんたちは職人組だけを護衛しながら帰路へ。
クリシュナ自身は一人、俺たちと一緒に空を飛びながら街へ戻る。
ギルドマスターのノアレックさんが護衛を請け負うから、ということで兵士さんを説得した形だ。
「街門の外までだぞー。街の中にまで飛んでいったら、絶対に大騒ぎになるからな」
「構わん、これが空……物語のグリフォンナイトの光景か……ふふ……っ!」
恍惚と意識を飛ばしているナトレイアに不安を感じるが、他の全員は了承してくれた。
クリシュナの乗っているグリフォンが俺に近寄り、彼女が話しかけてくる。
クリシュナは小柄な分だけ、グリフォンも小回りきいて飛びやすそうなんだよな。
「くふふ、コタローよ。褒めてつかわすぞ。やはり、このまま辺境伯家に仕えんか?」
「色んな人に言われるけど、無理だよ。そのうち別の土地に行っちゃうんだから、俺がこの土地で役に立てるのも今だけだよ」
「もう少しの年数辛抱すれば、わらわが付いてくるぞ? わらわとて貴族の端くれ、見た目に不足はないと思うのじゃがの? どうじゃろう?」
確かに、幼女っていうか美少女の入り口ってくらいで、見た目は可愛いね。
もう何年かしたら、きっとまばゆいばかりの美少女に育つだろう。
しかも伯爵令嬢。器量も地位も、元の世界の俺じゃ手が届かない高嶺の花だろうな。
「美人の嫁さんも悪くはないけど、俺はやっぱり故郷に帰りたいな」
「故郷に、心に決めた者でも待っておるのかぇ?」
「いいや? 男友達ばっかりだよ。でも……大事な時間を一緒に笑って過ごした、俺にとっての『帰る場所』なんだ」
何年経っても、時間が経っても、みんな散り散りになったとしても。
それでも、会いさえすれば、また昔のように気兼ねなくバカな話を交わし合える。
不思議と、そんな確信を持たせてくれる仲間たち。
「帰りたいんだ、俺は。この土地も悪くはないけど、さ」
「そうか。……もったいないの。わらわはきっと美女に育ってみせるからの。後で、娶っておけば良かったと悔やむでないぞ」
一瞬、寂しそうな表情を見せたが、すぐにクリシュナはおどけるように笑った。
「のぅ、コタロー。もうすぐ、この光景を、モンスターに頼らずとも見られるようになるかの?」
クリシュナの視線の先は、果ての無い大空へ向かっている。
モンスターに支配された空を、人間が技術の力で飛ぶ。
なんて夢に溢れた未来だろうか。
少女らしく、想いをはせるクリシュナに、俺はグリフォンの上でうなずいた。
「なるさ、きっとな」
「そうじゃのぅ、わらわは諦めんぞ!」
そう言って笑うクリシュナの表情は、空の青さにふさわしい軽やかさだった。
そなたのこともな、という彼女の小さなつぶやきが――
グリフォンの背で、風に乗って空に溶けた。




