必要は開発の母
「通信、というのはどのような原理で成されるんだ、坊主?」
俺はウォルケス魔道具工房の主、魔術技師ウォルケス親方に詰め寄られていた。
事の起こりは、俺が迂闊なことを口走ったからだ。
それを見とがめた店員の徒弟さんが、俺たちを引き留めて親方を呼びに走った。
話を聞いた親方が奥から出てきて、俺に漏らした言葉の説明をつけろ、と来たわけだ。
参った。説明しろ、だなんて言われても、専門的なことは何もわからんぞ。
しかし、それで済ませてもらえそうな雰囲気でも無い。
親方のウォルケスさんは、歳経たドワーフで、背丈こそ低いが盛り上がった筋肉に仙人のような長いヒゲ、年季の入った職人特有の頑固親父な眉間のシワを見せて、俺に詰め寄っている。
「それで、どのようにして魔力で声を届ける?」
「俺の故郷じゃ、魔力じゃないが別の力を『波』に変えてた。――正確には、波として広がる力を利用して声の情報を変換し、その波が届く範囲内で受け手側の装置が変換し直して声の情報を受け取る、って感じだったかな」
「どれほどの距離を話せた?」
「波の強さによる。だから、途中で中継して遠くに届けてたな。国内中に中継設備があったから、国内どこででも、誰でも話せたよ」
通信機密などの保護方法という観点で、波長ごとに受け取れる設備が違うことを話した。軍用回線、民間使用不可の電波帯なんてのがあったからな。
「なるほどな、面白ぇ話だ。直線ではなく波で拡散して、受け手が勝手に拾う、か。確かに、直接届けるには指向性と継続距離を持たせる方法が見つからないが、そもそもそれを考えなければいい話、か」
「この国の連絡手段は、どうなってるんだ?」
「民間では、早馬のような郵便を使うか、メールピジョンという鳥に手紙を持たせておるな。国や大貴族ならば飛竜便というものもあるにはある」
クリシュナが説明してくれる。
メールピジョン……伝書鳩か。モンスターを使ったものだろうな。
指向性を持たせるには、電波ではなく電線が有効だと思うが、この世界にはモンスターが多い。電線や鉄道路線のような、人が常時管理できない規模の人工設備を作ると、モンスターに壊されて破損する可能性が大きいということだ。
有線通信が確立できない世界だからこそ、一足飛びの無線通信という概念が生まれないわけだ。
固定電話なしで携帯電話を思いつけって言うのも、まぁ難しいよな。
「魔力に声を乗せる方法は……よくわからん。電波だと、確か酒石酸カリウムナトリウムだったか、ロッシェル塩とかいう、酒からできる結晶で変化させられたんだが」
「その辺の研究は、一介の魔術技師には荷が重ぇなぁ。お前さんの言うものとは性質が全然違うだろうし、辺境伯様か、王都の魔導研究所辺りじゃねぇと解き明かせまい」
通信手段は手詰まりか。
まぁ、こっちだと遠距離で話したい相手もそういないしな。
近距離ならデルムッドやハウンドウルフに伝令に走らせれば済む話だ。
こっそりクリシュナが目を輝かせているので、もしかしたら辺境伯主導で通信手段が研究されるのかも知れないが。
「――で、もう一つ。自在に空を飛べる、ってのはどういう話だ、兄ちゃん?」
「ああ、ハンググライダーっていう器具があってな」
ハンググライダーは揚力を得られるだけの翼と軽量の骨組みで、搭乗者を飛ばす仕組みだ。風に乗って滑空するため、離陸地点は高度がある場所から飛び立たねばならない。
「砦の物見などからでも良いのかの?」
「高所である方が望ましいけど、確か風が強ければ崖からでも飛べたはずだ」
仕組み自体は単純で、どれだけ軽量化しながら布と骨組みの強度を維持するかが問題になる。
地球ではカーボンや合金が使われていたり、内部が中空のパイプなどが使われていたりしたはずだ。
「まぁ……飛べないことも無いな。しかし、舵取りはどうするんだ?」
「手元に繋がった持ち手棒を押すと、重心――重みが後ろに傾いて、風を受ける穂先が持ち上がって高度が上がる。高度を下げたいときは逆。左右は、体重で傾ける形かな」
「ああ、なるほど。しかし、飛竜じゃいかんのか?」
「いや、器具で済むとなれば飛竜よりよほど手軽で安価じゃ。何しろ飛竜は人に慣れさせるため卵から孵化させねばならぬ上に、モノになるかも不安定。モノになっても、食費などの維持費がかなりかかる」
クリシュナの説明に、ウォルケス親方はふぅむ、と顎に手を当てうなる。
「形状自体は単純だ。重心を取ることも、問題ない。だが……問題は、骨組みの軽量化と強度維持だな。中空にするには、巻鉄ででも作るか?」
「モンスター素材の合金じゃダメか? ドラゴンの鱗も大量に入荷してるはずだけどよ。粉末化して混ぜ込むとか」
「バカ言え、いくらかかることになるか……いや、そうか。ひな形を作って、辺境伯家に売り込むのも手だな。どのみち、領都近辺で空を飛ぶなんてこと、地形なんかの軍事情報がダダ漏れになる可能性があるから、一般に普及させるのは難しい」
「良いのぅ。しかし、軍事用となると、魔術で打ち落とされてしまわんかえ? 戦場で運用するのは難がありそうじゃが」
「交戦中は、部品を黒く塗装して、闇夜に紛れて夜間飛行するのは? 夜の方が気温が下がって風も吹きやすいでしょ。斥候目的なら、上空から偵察できるのはかなり良いと思うわ」
クリシュナやアシュリーも混じって、あーだこーだと議論する。
辺境伯領は整地されていない丘や山も多い。軍用の砦など高所の建造物も含めれば、離陸地点には困らないだろう。
「待て待て、お前ら。実際にどのくらい飛べるのか、そもそもそんな布きれと骨組みで本当に飛べるのか、試してみるのが先だろうが」
「なら親方、実際に小さい模型を作ってみたらどうだ? 木枠と、皮革か布で、人を乗せない模型だけ作って見たらいい。丈夫な長いひもでもつけりゃ、風に乗るかどうかくらいは確かめられるだろ」
つまりは、凧だな。
ハンググライダーは確か十九から二十世紀に確立されたものだけれど、起源自体はかなり古くからある。
比べて、有人ではない凧はグッと技術的なハードルが下がり、日本だと戦国時代くらいから使われていた記録があったはずだ。
江戸時代には凧は手近な娯楽として流行りすぎて、元来は「イカのぼり」だった名前が、大名行列に墜落しまくったから「イカのぼり禁止令」が出て「たこ」に変わったって話は割と有名だ。
「ふむ、それくらいなら簡単にできらぁな。よし、良いだろう! それで? この話は、金払って仕事として依頼してくれんのかい?」
「ふふふ! ならばグローダイル辺境伯家が末子、クリシュナが依頼しよう! 親方、我が名にかけて、辺境伯領に噂のとどろくものを作ってたも!」
興味を持ったのか、クリシュナが家名を出して依頼し始める。
一瞬、領主一族の家の名前が出たことに驚いた親方だったが、ここまでの話からなんとなく勘づいていたんだろう。
その場にかしこまって、神妙な態度で承っていた。
「気流を操作できれば一番良いんだろうけど、模型ができたら翼の下に風を発生させる魔道具なんかを取り付けて、無風でも飛べるようにできたりしないかな?」
「なるほど、そうして自在に空を飛ぶ、というわけじゃな。いやぁ、式典を抜け出してきて良かった! 面白い話が聞けたわ!」
クリシュナが上機嫌で俺の背中をバンバン叩く。
痛いよ、幼女。
問題点があるとすれば、軽量化のせいで防御が薄くなることだけど、黒塗りで夜間飛行するなり、平時の移動手段にするなり、なんとか工夫してみて欲しい。
「実用化できたなら、お主にまた報奨を出さねばならぬな! いやぁ、完成が楽しみじゃ!」
「はは、のんびり待ってるよ」
いつか、この辺境伯領の空を、いくつものグライダーが飛び交う、なんて景色が見られるのかな?
せっかく火の魔石もあるので、ついでに熱気球の話もしておいた。
そっちにも食いつかれて、親方が目を輝かせていたのは余興だ。
ファンタジー世界で空を飛ぶにはどうすれば?
という、まぁ、ただそれだけの話。




