たたかうお嬢様
「それで、これは何をしておったのじゃ?」
小首をかしげてくるクリシュナに、気まずそうな笑みを浮かべるアランさん。
仕事忘れて、夢中で楽しんでたっぽいからね。
見かねて、俺が助け船を出すことにした。
「俺の魔術を試してたんですよ。強化魔術というか、身体能力を上げるものでして」
「ほぅ。話には聞いたことがあるがの。なかなか使い手の少ない術らしいの?」
他に使える人いるのか。
軍事的に重用されてそうだけど、自分に使って頭角を現してる可能性もあるな?
「面白そうじゃ! わらわにも使ってたも!」
この子、武器使えるの? 胸元にホーンラビット抱いたままだけど。
俺が疑問を口に出すより早く、クリシュナはラビットを下ろし、アランさんから支給品の鉄剣を受け取っていた。
「それ、実剣だけど……」
「実剣でなくば威力がわかるまい? さ、早くせよ」
剣を構え、的の木人形に向き直るクリシュナに、諦めて魔術をかける。
「効果は三十数える間です。行きます――『光の聖鎧』!」
クリシュナの身体が光に包まれると同時、彼女は的に向かって斬りかかった。
一瞬、その腕が消える。
次の瞬間には、鉄剣が木人形を殴打する鈍い音が三連続で響いた。
両断するには至らなかったものの、ところどころが欠け、支柱を折られて倒れる木人形を前に、クリシュナは自慢げな顔でこちらを振り返った。
「なるほど、良い魔術じゃ。身体の動かしやすさが段違いであったわ」
ちょっと待て、何だ、今のスピード!?
クリシュナが楽しそうに剣を振るう三十秒を待って、俺は『鑑定』をかけてみた。
名前:クリシュナ
種族:普通人
1/1
『高速連撃3』・一度の攻撃時間で3回攻撃できる。
ギルマスを上回る、まさかの三回攻撃!
スタッツこそ低いが、能力としては非凡すぎるものを持っている。
「お嬢様は日々の鍛錬を怠らず、剣術の腕としては相当のものを持っている。十歳にして、並の大人の兵士に勝つことも多いほどだ」
アランさんが小声でそう教えてくれる。
はぁー……天才ってのは、いるもんなんだな。いや、努力のたまものなのか?
「貴族の子女たるもの、武術はたしなみじゃ。ましてやここはモンスターの多く跋扈する辺境。領主一族として、剣の腕は磨かねば示しが付かぬ」
俺たちの話を聞いていたのか、クリシュナが振り返り、笑顔でそんなことを言った。
笑う顔はあどけない子どものものなのに、その実力は貴族の修練を感じさせる。
クリシュナは剣を置いて俺の方に駆け寄り、屈託無い笑顔で俺を見上げた。
「子どもと思われておったようじゃが――見直したかえ?」
「あ、ああ。凄いな。辺境伯家の跡取りだからか?」
「いや、跡取りは上の兄様のどちらかじゃよ。わらわは兄上様たちのお力になるために自分を磨いておる」
兄がいるのか、それも複数っぽいな。
辺境伯も結構な歳だったし、こんな小さな子が一人っ子ってことはないか。
「クリシュナ様は、いずれ名のある家に嫁がれる身でございましょう……」
アランさんが頭を抱えながらクリシュナをたしなめる。
クリシュナはそれが面白く無さそうに腕を組んで、口をとがらせた。
「ふん! 父上は、好いた相手に嫁がせてくれると言うてくださった! わらわの好みはこの領に役立つ人物じゃ!」
ふと、クリシュナは俺を見上げ、にやりと口の端を持ち上げた。
「この辺境伯領を今よりも発展させられると言うならば、そなたに嫁いでも構わんぞ?」
「……あと十年後にね」
「わらわに嫁き遅れよと申すか!」
クリシュナちゃんの不興を買ってしまった。激おこである。
この世界だと二十歳で結婚はだいぶ遅い方らしいので、十年後という返しはまずかったかもしれない。
でも大人をからかうのは十年早いよ、ロリお嬢様。
「冒険者相手に、そのようなお戯れを……コタローも、もうちょっと上手くお断りしろ」
「はいはい、ラビットを三匹に増やしてあげるから許してね」
「ふわふわじゃのう! もこもこじゃのう!」
もふもふを増やしてあげると、機嫌が直ったようである。お子様可愛い。
まぁ、冒険者なんて吹けば飛ぶような身分、真面目に取り合う必要なんて無いという余裕で、からかっているだけなんだろうが。
それならそれで、存分に遊んでもらおう。
このくらいの歳の子は、無邪気にはしゃいでいる方が似合ってる。
木人形を片付けるアランさんの目を盗んで、クリシュナがこっそりとささやいてくる。
「冒険者とは言え、父上に招待された者じゃ。ただの木っ端ではあるまい。お主が辺境伯領に寄与するほどの英傑ならば、先ほどの言葉、考えんこともないぞ?」
「はは、それも悪くないかもな」
「隣の帝国に嫁がされて、この土地を離れるくらいならば、その方が良いかもしれぬでな……」
ふと、寂しそうにそんなことをつぶやくクリシュナ。
その頭の上に、地面に転がっていたラビットを乗せてやる。
目を丸めるクリシュナの鼻先を、指先でぴんと弾いた。
「先のことは先のことさ。大人になんて、どうやってもすぐになっちまうんだから。今くらいは遊びなよ。今じゃないと遊べないかもしれないぞ?」
クリシュナはきょとりと目を瞬かせた後、むーっと頬を膨らませた。
「子ども扱いするでないわ! 貴族の子女は、成人せずとも立派な淑女じゃ!」
「ごめんごめん」
淑女は剣を振るって三回攻撃するのかな?
ぷんぷん怒った様子を見せながらも、クリシュナはふと、ぽつりとつぶやく。
「じゃが……わらわの境遇を気遣ってくれたことには、感謝する」
小声でそれだけ言って、恥ずかしそうにクリシュナは駆け去っていった。
ラビット二匹を胸元と頭に乗せたまま。
あちゃー……しばらく、あのラビットたちカードに戻せないな。
******
数日経って、領都では討伐成功の戦功報奨式典が始まった。
主立った報奨は、こういう式典用に作られた辺境伯邸の大ホールで行われるらしいのだが、街中もそれに合わせてお祭りムードに変わる。
普段は人通りだけの大通りにも屋台が建ち並び、大道芸人が通りのそこかしこで見世物を催している。
人通りも、他の街や地域から領民や商人が集まり、混み合うほどの人の多さだ。
ナトレイアとギルマスは報奨式典に参加しているので、俺はその間、アシュリーと一緒にデルムッドを連れて、街の中を見回っていた。
「屋台が多いなぁ」
「そうね。何から食べる?」
屋台を見回っていると、目移りして困る。どれも美味そうだ。
屋台の熱源は、コンロのような道具を使っていた。
「あれが魔石コンロか。領都は民間人にも魔道具が普及してんだな」
「トリクスだと高いもんねー。こっちだと、魔道具工房がいくつかあるから、輸送費や転売費がかからなくて安いんじゃないかしら?」
モンスターから採れる魔石は、モンスターの魔力を担う核だ。
加工すれば、生活用の魔術を組み込んだ便利な道具の動力源になる。
もちろん魔石と言っても千差万別で、大きいモンスターのものはサイズも大きい。今回討伐したドラゴンの魔石なんかは、大がかりな魔道具用に国に献上されるようだ。
トリクスだと街中ではあまり見なくて、宿屋とか食堂とか、施設内でだけ使われてたんだけど。こっちでは持ってる人結構いるな。
「アシュリー、せっかくだから魔道具売ってる店覗かないか? どんな種類の魔道具があるのか見てみたい」
「いいわね。討伐の報酬で懐も温かいし、役立ちそうなら安い奴をいくつか買うのも良いかも」
キュウン、と鳴くデルムッドのために串焼きなどをつまみ食いしながら、今日の予定を決める。
しかしこの人混みだと、移動するのも一苦労だな。普通の店に行くなら、お祭りの時じゃない方が良かったかも。
ま、もう少し買い食いするか。腹も減ってるし。
そんなことを考えてると、背後から声をかけられた。
「なんじゃ。式典に出席しておらんかと言えば、こんなところで買い食いかえ? お主は、何のために辺境伯邸へ逗留しておったのじゃ?」
振り返ると、そこには、こんなところにいるはずもない人物の姿があった。
「クリシュナ!? ……様? なんでこんなところに!?」
「にへへ、探しておったのじゃよー。式典会場に、お主の姿が見えなんだのでのぅ」
辺境伯の娘、クリシュナが、イタズラめいた笑顔を浮かべながらそこに立っていた。




