白き猟犬、デルムッド
森の中を歩いていると、背後から何か尾けてくる気配があった。
どう進路を変えても、草をかき分ける音がついてくる。
護衛のゴブリンたちにそのことを伝え、警戒しながら立ち止まる。
すると、姿を現したのは、意外な相手だった。
「あれ? お前……」
さっきゴブリンに襲われていたところを助けた、白い飼い犬だ。
敵意は無いらしい。
少し離れたところで立ち止まり、へっへっと舌を出しながら、無垢な目を俺に向けて、行儀良くその場に座っている。
その様子に、俺はゴブリンたちを下がらせて、白犬に近寄った。
「お前、ついてきちゃったのか? ご主人様のところに帰らなくていいのか?」
近寄ってその毛並みを撫でてみる。
わふ、と犬は飛び上がり、俺の頬を舐め始めた。
俺はびっくりしながらその大きな身体を抱きかかえる。
首輪につけられた名札を確認すると、その金属の名札はぼろぼろに錆びていて、乾いた血がこびりついていた。
色合いからして、さっきのゴブリンたちの血じゃない。
ずいぶん古い血の跡だ。
手入れも交換もされず、放置されたままの名札を見て、俺はなんとなくこの犬の境遇を悟った。
「そっか。お前のご主人様は、もう……」
俺がそうつぶやくと、白犬は言葉を理解しているように、くぅん、とうなだれた。
森の中で獣にやられたのか。
もしくは、他の場所で孤独になった後、こいつだけで森の中に移り住んできたのか。
どちらにしても、この犬のご主人様は、もうこいつの返り血を拭ってやれない場所にいるということだ。
首輪の名前を読み上げてみると、かすれた字で『デルムッド』と書かれていた。
見たことも無い文字が読めたのは、スキル『異世界言語』のおかげだろう。
「俺たちと一緒に来るか、デルムッド?」
俺の言葉に、白犬デルムッドは、わん、と元気良く吼えた。
そうか。なら一緒に行こう。
今日から俺がお前の新しいご主人様になるよ。
『白き猟犬、デルムッドが自己選択によりカード化を選択しました。存在を変換します』
その瞬間、不思議なことが起こった。
俺に抱きついていたデルムッドの巨体が光に包まれ、霧散した。
その後に宙に浮くのは、光り輝く一枚のカード。
何だこりゃ!? 今までは倒した奴のそばにカードが現れたのに、デルムッドが消えてカードになった? こんな仕組みもあるのか?
俺は、そのカードを手に取った。
『白き猟犬、デルムッド』
1:2/2
『名称』・同じ名称を持つアバターは、一体しか召喚できない。
『敏捷』・関連する負傷がこのアバターにない場合、高確率で攻撃を回避する。
『探知』・敵や罠の気配を察知する。敵の奇襲を無効化する。
1コストなのに、攻撃力もHPも2ある!?
ステータスが高い。しかも能力が三つもある。
これは、レアカードってことか?
名前持ちは一体しか召喚できない代わりに、能力が高いのかもしれない。
さっそく、五枠目でデルムッドを召喚してみた。
すると、返り血などどこにも無い、雪のような純白の毛並みで首輪をつけたデルムッドの巨体が、目の前にちょこりとお座りをした状態で呼び出された。
「お前……本当に良かったのか? カードなんかになっちまって。もう戻れないかもしれないんだぞ?」
「オン!」
大丈夫、と言わんばかりに、デルムッドは元気に吼えた。
しゃがんでその身体を抱きしめると、鼻先を俺の頬に押し付けてピスピス鳴らしてくる。まるで、「これからよろしくね」と言っているようだった。
ああ、よろしく。大事にするよ。
ともあれ、コスト1のカードしか使えない俺にとって、貴重な攻撃力2の戦力だ。
持っている能力にも期待できるし、心強い味方を得た。
特に『探知』は、敵の居場所を察知できるようだし、不意打ちで俺が襲われる確率もグッと減るだろう。
ゴブリンズは、お座りするデルムッドの前に整列し、ビシッと敬礼していた。
お前ら、どこでそんなの覚えた。
デルムッドはコクリとうなずいていたので、上下関係が成立したのかもしれない。仲良くやれそうで何よりだ。
「とりあえず、森の出口か水場を探さなきゃな。デルムッド、お前、この辺の道は知ってるか?」
オン、と勢い良く返事が返ってくる。
カードになっても、記憶はそのままあるんだな。
デルムッドが先導するように移動し始めたので、俺たちもそれに従っていく。
このまま、デルムッドに道案内をしてもらおう。
デルムッドの能力は、端的に言うととても高かった。
誰よりも早く獣の気配に気づき、『敏捷』の能力が示すように傷一つ負わずに獲物を仕留めていく。
数が多いときだけゴブリンズが補佐に回ることがあったが、ほとんどデルムッドの指示通りに通した討ち漏らしを倒すだけ、という感じだった。
優秀すぎる。さすがにレアカードになるだけはある、ってとこか。
無傷で大鹿を討ち取って「ほめてほめて」と持ってきたので、抱きしめて存分にモフモフしてやった。鹿の肉は解体して、デルムッドたちのオヤツになった。
俺も腹が減ってきてるんだけど、水場がない森の中だと火を使うのは怖いから、まだ我慢。デルムッドの道案内に期待しよう。
やがて、デルムッドの道案内にしたがって森の中を歩いていくと、水場が見えた。
澄んだ水の流れる小川が、森の中を横切っていた。
やった、水だ!