クリシュナたん現る
詰め寄ってくるアランさんとナトレイア。
いわく、『光の聖鎧』は連発できるのか、重ねがけできるのか。
どのくらいの期間、どのくらいの強さが上昇するのか、などなど。
すでに『鑑定』の基準はみんな知っているので、俺は『光の聖鎧』のテキストを詳しく説明した。
『光の聖鎧』
3:三十秒間、対象に+1/+2の修正を与える。魔力を1回復する。
三十秒間、攻撃力が1、HPが2上がる。たったそれだけだ。
普通の人に使っても兵士相当、兵士に使えば上級騎士相当の力が得られるけど、効果は三十秒間だけ。魔力の関係で連発もできない。
「正直、あの威力が出たのはナトレイアが全力出したからだと思いますよ。普通の人に使っても、そう大げさな威力は出ません」
「そ、そうか……なるほど」
三十秒だけとは言え、ドラゴン並のスタッツになるのだ。
これは『光の聖鎧』の能力を超えてどれだけナトレイアが実力者か、ということだろう。
そう説明すると、アランさんも興奮が引っ込んだようで落ち着いてくれた。
元々、バフ系能力はナトレイアみたいな倍化能力と相性が良いんだよね。
素の能力値だけじゃ無くて、修正値まで倍化されるからさ。
「とまぁ、ここまで見せたわけですけど。アランさんの評価的に、俺は辺境伯領の利益か障害になりそうですか?」
「む、気づいていたか」
ばつの悪そうに頬をかくアランさん。
そりゃこんな露骨に見学に来られれば、監視役だって最初から気がついてるよ。
辺境伯にしたって、よくわからん奴の詳細は知りたいだろうし。
「そうだな。適正な判断を下すとしたなら、障害にはなり得ない、といったところかな」
「これだけ色々できるのに?」
アシュリーの疑問に、アランさんは、うむ、とうなずく。
「武器は喚べるが数が少ない。強力な召喚獣は喚べるが上級騎士二人には分が悪い。攻撃魔術も補助魔術も強力だが、どちらも連発はできない。これだと、一人で組織や軍勢を相手にするのは少々実力不足だ」
確かに、器用貧乏感はあるんだよな。
色々できるけど、突き抜けた絶対的な物は特にない、というか。
「そういう意味では、街や辺境伯様に協力的な姿勢を見せるのは悪くなかったな。組織は相手にできずとも、個人としては非常に有能だ。特に回復術は公共の福祉にも繋がる。コタローが温厚な性格で、お互いに助かったとも言えるな」
と、アランさんからは合格点をいただいた。
良かった、厄介者扱いはされずに済んだか。
「コタローの能力を悪事に使うとしたら、どうなる?」
「向いてるのは暗殺だろうな。モンスターにかく乱か先導をさせて、空手で建物に侵入して武器を召喚。あるいは攻撃魔術で対象をしとめる。もしくは、同行者に補助魔法をかけるとか。――だが、それをやるには本人の身体能力が、あまりに向いてないなぁ……」
アランさんが苦笑いしながら俺を見る。
俺一人で潜入とか、ましてや暗殺とか絶対無理だよね。侵入した先で物音立てて一瞬で見つかる未来が見えるわ。
もしそういう能力に長けてたら、そういう暗部的なスカウトもされていたのだろうか。
「回復や装備の補充ができて、モンスターで戦線を支えられる。いざとなれば自分で攻撃魔術も撃てる。向いているのは少数で動くことの多い――まさに冒険者などではないかな。どの役割でも埋められるように思える」
なるほど。器用貧乏も悪くは無いのか。
アランさんは付け加えるようにつぶやいた。
「軍にも一人は欲しい逸材なのだがなぁ。コタロー、やっぱり領主軍に来ないか?」
「期間限定なら良いですよ? ギルドに従軍依頼とか出してください」
「やっぱりそうなるよなぁ」
はぁ、と諦めるようにアランさんのため息が漏れる。
「ところで魔力も回復したろうから、私にも強化をかけてみてくれ。一段上の攻撃力というものを実感してみたい」
「アランさん、遊んでますね?」
確かにこの実験自体遊びみたいなもんだけど。
というわけで、木人形に振りかぶるアランさんにバフをかけてみる。
5/5という巨大魔獣級のスタッツで木人形を破壊したアランさんは、「すごいぞー、強いぞー!」と、非常に満足そうだった。
ちなみにこのバフ、かけて一番破壊力高いのは、実はギルマスなんだよな。
攻撃力4の二回攻撃で、瞬間火力は8ダメージ。ナトレイア以上だ。
まぁ、一緒に戦う機会はもう無いだろうけど。
******
「なにをしてるのかえー?」
訓練場でアランさんがはしゃいでるのを見ていると、女の子がやってきた。
男の子のようなパンツスタイルの、元気そうな子だ。
十歳から十二歳くらいかな?
大人の働く場所である辺境伯邸で小さな女の子、というのも珍しいけど、使用人さんの宿舎や住居もあるので、たぶんそのお子さんだろう。
小さい子にはモフモフだろう、と『ホーンラビット』を召喚して渡してやった。
「魔術とかを試してるんだよー。ほら、危ないからこの子と一緒に向こう行ってなー」
「もっきゅぅ!」
俺に抱きかかえられてびろんと胴を延ばしたまま、片手をぴっと挙げてウサ公が鳴く。
ょぅじょの相手は俺にまかせろい、と言わんばかりのモフモフしさだ。
ホーンラビットを渡された女の子は毛玉をモフモフと抱きしめながら、それでもその場を去ろうとはしなかった。
抱きしめた毛皮に頬を埋めながら、俺を見上げる。
「父上が言っておった冒険者の客人とは、お主かえ? なかなか可愛いものを出す手品じゃのう」
「やっぱり関係者の娘さんかな? そうだよ、コタローって言う召喚術士だ。そのウサギは俺が召喚してるから暴れないよ。可愛がってやってくれな」
「ふふ、ふ……良い肌触りじゃ。愛いのう、愛いのう。コタロー、褒めてつかわすぞ」
やはり、ょぅじょはモフモフの魅力には勝てないようだ。
幼女ってほど小さくもないけど。
「コタロー、誰、その子?」
「ああ、アシュリー。この屋敷の人の子っぽい。とりあえずモフモフさせといた」
そう言いつつ女の子の頭を撫でてやると、むー、と女の子が気難しそうにむくれる。
「コタロー、せっかく髪型整えられてるのに撫でちゃダメよ。崩れるでしょ?」
「え、そうか? ご、ごめん。俺の国だと子どもとかにはよくこうしてるから」
不愉快そうな女の子に、しゃがんで目線を合わせて謝る。
「ごめんな、お母さんにもう一度直してもらってくれな」
「むぅ、そういうことではないのじゃが……まぁ良い。お主、変わっておるな? 冒険者だというのに市民のように物腰が柔らかい。本当に冒険者かえ?」
そうか? 俺の知ってる冒険者って割と人の良い奴らばっかりだけど。
アシュリーの方を見ると、苦笑していた。そうじゃない奴らもいるのね。
「まだ冒険者になって日が浅いんだよ、腕っ節も無いしな」
「変わった奴じゃ。弱そうじゃのう。なのに、我が家に逗留を許されるとは、どのような勲功を積んだのか気になるところじゃ」
ん? 我が家?
「――お、お嬢様! いつの間に!?」
自分の斬った的の斬り跡に見とれていたアランさんが、突然驚いた声を上げた。
慌てて俺たちに駆け寄り、そして片膝をつく。
「アランさん、お嬢様って……」
「この屋敷の主、ロズワルド辺境伯閣下がご息女、クリシュナ・フォン・グローダイル様だ。コタロー、何か失礼など無かったろうな?」
ありました。
「辺境伯様の娘!? って、貴族!? この子が!?」
「ああ、そうだ」
そんな、まさか。貴族のご令嬢って、
「――ドリルロリじゃないんですか」
「なんの呪文だ」
違うらしい。いや、貴族の令嬢って言うと普通そうかな、と。
どうしよう。俺も片膝をついた方が良いのかな? いや、でもアランさんの仕草に不満そうな様子っぽいし?
「……何を迷っておるのだ?」
「いや、俺もかしこまった方が良いのかと思ったんだけど。なんか、きみがかしこまられたくないようにも見えるんで、どーしたもんかと」
困り果てて眉根を寄せていると、女の子は、ぷっと噴き出した。
そのまま、ウサギを抱きかかえて、こちらに歩み寄ってくる。
「わらわの心でも読めるのかえ? ――今さらお主にひざまずかれても、このウサギの礼の分だけ引け目ができるわ。そのままで良い」
「そ……そ、か。ありがと、う?」
「うむ」
戸惑いながら立ったままでいると、女の子は満足そうにニコリと笑った。




