実験観察あれこれ
翌日、邸内を歩いていたアランさんに掛け合うと、場所を貸してくれることになった。
行政庁舎である辺境伯邸だけど、ちょっとした訓練場くらいはある。
何をするかって?
そりゃ、新しく使えるようになった手札を色々試すんだよ。
******
『鋼の剣』
1:装備品:+1/+0の修正を受ける。
うん、装備品化できたな。
まずは軍の支給品の剣を借りて、カード化できないか試してみた。
結果は成功。前衛のナトレイアが参加したから、剣の換えは喚び出せるようにしておきたかった。
「うむ、結構な業物だな。慣れていないはずだが、使い勝手が良い」
試し切り用の木人形に斬り付けたナトレイアが、好評価をくれる。
本当は同じ修正数値内でも品質にバラつきがあるはずだけど、その中でもかなり良い品質の物が召喚されて具現化されるようだ。
ナトレイアに使ってもいいかと言われたので、アシュリー同様貸し出す。
ナトレイアも良い剣を使っているのだけど、特殊能力の『精霊の一撃』に剣が耐えきれず、すぐにダメになるらしい。武器代もバカにならないんだと。
ちなみに剣を装備してもナトレイアの攻撃力は2のままで、『鑑定』の結果は近接装備込み、の数値のようだ。
「壊れない、エルフの里の名剣とかなんか無いの?」
「あっても里から持ち出せんわ。流星弓だって、実物なら里から出てないぞ」
そりゃそうだ。
耐久度テストも試してみたが、精霊の一撃で壊れた後に再召喚すると、普通に新品の状態で再召喚された。
損傷は引き継がず、HPと同じで全快で再召喚されるようだ。
弓の場合は、矢自体が自動補充されて、撃ち終わると任意で矢が消えて矢筒に戻る。たぶん、弓本体が損傷したらカードに戻って、再召喚したら修復されるんだろうな。
「便利だなぁ。どうやって武器と契約なんて交わすんだ?」
感心したように尋ねたのは、アランさんだ。
一応この場を貸し出すための監督役という名目なんだけど、まぁ、辺境伯側からの監視役を兼ねた報告役だね。
俺の能力の詳細なんかを、辺境伯に報告するために仲の良いアランさんが来てる、と。
変に警戒されても街で動きづらくなるだけなんで、この際全部見せることにする。利用されるくらいならともかく、変にこちらを害するくらいなら、上級騎士の揃ってた応接室でもう何かされてただろうし。
「何本くらい召喚できるんだ? 軍を賄えたりするか?」
「今は、モンスターと併せて最大九枠までですね。軍を賄う数なんて、とてもとても」
「何度でも喚べるが、無限に喚べるわけじゃないのか……」
九本という、軍事利用できない数にアランさんはがっかりと肩を落とした。
無限の剣を喚びだして投げつける、とかちょっと憧れるけどね。
「次はこれか。おーい、ナトレイア、ちょっと的空けてくれー」
【カード一覧】を見ながら、的のそばにいるナトレイアに注意してどいてもらう。
魔術撃つぞー、と声をかけてから、俺はそのカードを選択した。
「……っ! その魔術は!」
「やってみるか。――『ファイヤーボール』!」
炎が俺の前に生まれ、巻き起こる。
爆炎は砲弾となって的に向かい、直撃して炎上させた。
爆風が炎を消し、兵士さんが代わりの木人形を持ってくる。ミリィさんからコピーしたカードだけど、問題なく撃てたな。
ただ、
「やっぱり連発はできないか」
魔力は、回復効果を含めて残り1。一分おきにしか撃てない大砲だ。
これで俺にも攻撃手段ができたのは嬉しいけど、使いどころは考えなきゃな。
ドラゴンの鱗は抜けなくても、パーティの要にもなれる高火力だ。
「……きみも、使えたのか」
そういや、アランさんも使えるんだっけ。
アランさんの種族『ドルイド』は普通人のような容姿だけど、全体的に魔力に長けていて種族的には普通人と別物らしい。王国でも数少ない希少種族なんだと。
それで攻撃力も高いんだから、攻撃特化だよな、アランさんって。
「連打できないんで、他の魔術を使った方が良さそうですけどね」
「使えると使えないでは、できる役割がまるで違うさ。ときに、私も連打はできないんだが、きみの力なら連続して使える方法がわかるのか?」
俺の『鑑定』のことを言ってるんだろう。
そんな万能な能力ではないけど、使えるタイミングはわかるようになる。
「連打は無理ですけど、魔力の数値と、回復時間に関係性があってですね……」
「百八十数えるくらい? 確かにそのくらいで撃てるな。で、使用する魔力が3となるので……」
アランさんは自分の数値を知ってるので、魔力の回復時間と、『ファイヤーボール』の特性を詳しく説明することで納得してもらった。
全てが氷解したアランさんは、俺の肩を叩きながら豪快に笑った。
「なるほど、呪文に軽度の魔力回復効果があったのか! それで魔力切れになったことがなかったんだな! 間を置かねばならない理由もこれでわかった!」
自分の手札の性質がわかると、戦術に幅が出る。それは騎士として重要なことらしく、アランさんはものすごく上機嫌に笑っている。
「さて、あと二つか」
試したいことはあと二つ。
魔力回復がてらの雑談を終えて、その一つの準備をする。
「召喚!『ハウンドウルフ』『ゴブリン』!」
それは、ゴブリン騎乗兵――ラノベによくある『ゴブリンライダー』が作れないかと試してみることにしたのだ。
お座りをして舌を出すハウンドウルフと、出番とばかりにポーズを決めるゴブリン。
「ハウンドウルフ、ゴブリンを乗せて移動とか攻撃とかできないか?」
「ワウッ!」
「グギャッ!」
途端に、ひゅんっと軽くウルフにまたがるゴブリン。
鞍も鐙もないのに、ウルフの協力もあってゴブリンはウルフを乗りこなす。
そのまま的に攻撃とかできるかな? 成功。
魔力が回復したので、鋼の剣を持たせてもう一度。成功。
地味に有能だな、ゴブリン。コスト1なんだけど、武器が装備できるし何やらせても器用だし、やはり頼りになるのはゴブリンズか。
召喚枠は複数使うけど、こういう組み合わせが見つかるのは良い。
と、思い出したので新カードの性能も試すことにする。
『ゴブリンの擲弾兵』
3:1/3
ゴブリン・アバターを一体投擲する:対象一つに、X点の射撃を行う。
Xは投擲したゴブリン・アバターの攻撃力に1を足した値に等しい。
(投擲されたゴブリン・アバターはカードに戻る)
出てきたのは、左腕だけ異様に太い、胸当てをつけた奇妙なゴブリンだった。
お前、そんな太い腕してて攻撃力1なのか。
「あの的に向かって『投擲』してみてくれ」
「グギャ」
よくわからないまま俺がそう指示すると、ウルフに騎乗していたゴブリンが擲弾兵に向かって駆け寄り、ウルフから降りた。
擲弾兵は何も持たない太い左腕を投げ槍を振りかぶるように構え――
たかと思いきや、剣を持ったゴブリンがその腕に乗っかった。
「グギャ」
「グギャ!」
そのまま、左腕に『持った』ゴブリンを全力でぶん投げる擲弾兵!
ゴブリンは剣を構えたままその身を砲弾と化し、的に突撃し――
着弾した瞬間、大爆発した。
「ええええ……!?」
ご、ゴブリ――――ンッ!!
大爆発した的は、跡形も無い。兵士さんが代わりの木人形を持ってきてくれる。
「ほう、これはすごいな。私の魔術に勝るとも劣らない」
アランさんが感嘆したように言う。
まさかの自爆攻撃かい! 数値的には、ゴブリンの素の攻撃力1と鋼の剣の修正1と擲弾兵の修正1の合計3点で、ファイヤーボール同等の攻撃力だってことなんだろうが。
場にいるゴブリン・アバターをお星様に変えて火力攻撃を連打する能力なのね。
「ま、まぁ、これはこれでいいや。擲弾兵もなんかドヤ顔してるし」
青い空に、散ったゴブリンがイイ顔で笑う幻影が浮かんだ気がした。
「で。最後にやりたいことって何?」
「うーん、それなんだが」
首をかしげるアシュリーに、俺もためらいを見せる。
これ、アランさんに見せちゃっていいのかな。
ぶっちゃけると強化スペルの性能確認なんだけど、たぶんこの世界の修正値って、実際の威力に直すとかなり大きな上昇率だと思うんだよね。
ま、やってみるか。
「ナトレイアー。補助魔術かけるから、的に『精霊の一撃』を撃ち込んでみてくれー」
「補助魔術? 素早さでも上がるのか?」
「ま、ま。いいから」
不思議がるナトレイアをなだめ、カードを確認する。
釈然としないものを感じつつも、ナトレイアは的に向けて剣を構え集中し始めた。
「行くぞ!」
「あいよ! ――『光の聖鎧』!」
ずずん……と、大地が大きく揺れた。
恐ろしい破壊とともに訓練場の地面がえぐれ、土埃がもうもうと巻き起こる。
土煙の晴れた後には、的なんてどこにも残っておらず、呆然と剣を振り抜いたナトレイアと、見るも無惨な破壊の跡が残されているだけだった。
「こ、こ、こたろー? な、なにをした?」
震える声でナトレイアがこちらを振り向く。
言葉を失っているアランさんとアシュリーも、お前何した、と言う目で俺を見ている。
「えっとな。この呪文、身体能力を上げる呪文で、ナトレイアの能力と組み合わせるとどうなるかを試したかったんだけど」
ナトレイアのスタッツは2/4。
そこにまず『光の聖鎧』のバフがかかって、三十秒だけ3/6。
そこに『精霊の一撃』を加えると、その数値は実に6/6。
「まぁ、手短に言うと、一瞬だけドラゴンと同じ強さになってたな」
「お、お、お前はなんてものを見せるんだ――ッ!?」
その場の全員が叫んでいた。
カードゲーム的には大きくない修正値なんだけど、この世界だと、一般兵が上級騎士と同じ強さになれるって時点でかなりトンデモな呪文だからな。
効果が一瞬とは言え、やっぱ強化スペルは強かったか。




