街を歩こう
辺境伯との打ち合わせがあるので、失意のギルマスを一人さておいて。
俺とアシュリーとナトレイアは、領都を歩くことにした。
街歩きのお供は安定のデルムッド。
ナトレイアがグラナダインを呼べと主張したが、グラナダインは本当は普通人種の多い街中は苦手なんだそーだ。エルフらしく、自然の多いところが落ち着くとか。
引き連れて変に目立っても困るので、今後街歩きでは喚ばないことにした。
「そうは言っても、ナトレイアがいるんだから、今さらじゃない?」
「確かに美人だしな。目立つよな」
エルフの姿は街中にもちらほら見えるのだが、その中でもナトレイアは群を抜いて美人だ。さすが『剣姫』とか姫扱いされるだけはある。
「な、ななっ……び、びじんなどと……っ、おだてても何も出ぬぞ!」
顔を真っ赤にしながら、降りかかる火の粉があれば私が払ってくれる、とごまかすように意気込むナトレイア。
いや、火の粉を振り払うより先に、火の粉が降りかからないようにしたいのだが。
どうも、そこはかとなくポンコツ臭が漂うな、このエルフの剣姫。
「アシュリーもアシュリーで美人だしな。両手に花だな」
「……なに、くだらないこと言ってんのよ」
ぷいっ、とそっぽを向くアシュリー。顔が赤い。
足下から、わうっ、と主張してくるデルムッド。
はいはい、お前の毛並みも美人さんの証だよー。
「領都は私も何度か来たことがあるが、大きい分だけトリクスほど治安が及ばない面もある。二人とも、気をつけるようにな」
「ってぇ、ぶつかったじゃねぇか、どこ見て――おお、エルフかい。いいねぇ、ちょっと付き合ってもらっ……でぇぇっ!?」
「このようにな?」
流れるように、因縁をつけてきたチンピラがナトレイアによって腕をねじ上げられていた。この間、わずか十秒に満たない間の出来事である。
思わず『鑑定』してみた。
名前:チピーラ
種族:鼠獣人
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このステータスで、トリクス冒険者最強の一角にケンカを売るとは……哀れな。
距離を取って様子を見ていたらしきチンピラの連れが、そそくさとチンピラを抱えて逃げていく。
「凱旋式典とかのせいで人が増えてるから、ああいうのも表通りに出てきてるのかもね。コタロー、お金盗られないように気をつけなさいよ」
「気をつけるよ。後はデルムッド頼りかな」
「あたしらも、あんたを一人にしないようにはするけどね?」
そうは言っても、俺たちは辺境伯邸からそのまま来たので、空手のままだ。
武装は全部、朝に軍庁舎に置いてきている。
「流星弓だけでも召喚し直しておくか?」
「そうだな、武器を持ってないから冒険者に見られなかったのかもしれん。だが、街中で人に撃ったら衛兵が飛んでくるからな?」
「撃たないわよ。そのくらい気をつけるわ」
ナトレイアの同意に従って、流星弓を喚び直してアシュリーに渡す。
ナトレイアは素手でも強いし、アシュリーとデルムッドがいれば大丈夫だろ。
「朝飯の味が微妙だったしな。屋台でも覗いていくか?」
「いいわね」
「屋台街はこっちだ。平時に屋台を出せる区画は限られていてな。――式典が始まれば、この辺りも屋台で溢れると思うのだが」
区画整理のおかげで、そういう区分けはしっかりしているらしい。
ナトレイアの案内に従って街を歩いていくと、路上に良い匂いが漂ってきた。
「らっしゃい、ボアオークの串焼きだよ!」
「パラスダインのシチュー、残り少しだよ!」
「クロスブルサンド、食べなきゃ損するよ!」
午後一番で辺境伯と面談したので、時間は昼飯時を過ぎそうなくらい。
屋台の客引きはまだ賑やかだった。
「モンスターの肉が多いのな」
「……? 食べられるんだから、食べるだろう。美味いぞ?」
「コタローの故郷はボアオークとか食べないんだっけ」
ナトレイアの疑問に、アシュリーが答える。
日本にゃモンスターいなかったしな。
日本は畜産で食肉をまかなっていたが、この世界にはモンスターが溢れ、それを狩る冒険者が大量にいる。食肉の供給手段として、畜産を行う必要が無いんだろう。
「お、あれ、すごいな!」
「へいらっしゃい、クロスブルサンド、お一ついかがだい!?」
牛肉っぽいでかい塊が、炭火で炙られている。
焼けた部分から削って、ピタパンにのせてソースをかける。
ドネルケバブだな。秋葉原行ったときに食べたわ。
「おっちゃん、それ一つ!」
「あいよ、ありがとよ! 一つ銅貨五枚だ!」
五百円くらいか。片手に余るサイズで、腹に溜まりそうだ。
パンはピタパンっぽいが切り開かれてはおらず、ナンやチャパティのような白い素焼きの一枚パンだ。肉の脂の香りと、ソースの香ばしさがたまらない。
「美味い!」
かぶりつくと同時に口の中に、肉の旨み、脂の甘み、ソースの香ばしさが広がる。
これだよこれ、ジャンクな美味さがたまらない。
尻尾を振ってよだれを垂らすデルムッドに、おっちゃんからもう一個買って喰わせてあげた。
可愛い。
「美味しそうに見えてきた。あたしたちも一つもらうわ」
「実際に美味いぜ、まいどあり!」
結局、全員揃って牛肉サンドを買うことになった。
「美味いなぁ。こんな柔らかい牛肉、故郷でも安くないぜ」
「クロスブルだな。味は良いのだが、トリクスの近くにはいないのが残念だ」
「コタロー、喚べるようにならないの?」
召喚獣って普通、食べるもんなの?
「喚べるだろうけど、死んだら消えるぞ。肉はとれない」
ブレイドスタッグとかいるけど、同様の理由で食肉生産チートは無理だ。
うちのアバターは人間くさい面があるんで、肉にするために喚んだとか言ったら、泣いて悲しみそうだな。
「コタローは……複数種類の召喚獣を喚べるのか?」
「喚べるな。召喚獣か召喚した装備が敵を倒すと、それも喚べるようになる」
何気ないその一言に、ナトレイアの顔つきが引き締まる。
「ならば……まさか……」
「ドラゴンは喚べない。俺が喚ぶには、今の倍は魔力が無いと無理だ」
高速回復するけど、魔力が少ないんだよね。
鋼鉄の炎のミリィさんくらいあると、オーガとか強いアバターも喚べるんだけど。
俺の答えに、ナトレイアはホッとしたように表情を緩めた。
あのバケモンを個人で召喚できるかとなれば、そりゃ警戒するよな。
「喚べる召喚獣を増やすために、また狩りにもいかないといけないわね」
「冒険者ギルドにも行くか。そう言えば、到着の挨拶はしなくていいのか、ナトレイア?」
顔出しに行くって言ってたときに、面談の予定が入ったからな。
「そうだな。ギルマスは辺境伯閣下との打ち合わせ後に向かうだろうから、我々は先に顔を出しに行くか。一応、他の街の冒険者が領都で持ち上げられるわけだしな」
後から領都のギルドに向かうことにして。
とりあえずデルムッドのおねだりに応えて、しばらく屋台巡りが続いた。
ナトレイア。お前、その身体のどこにそれだけ食べ物が入るんだ……
さすが冒険者だよ。




