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人材流出の巻



「で、きみは式典に参加しないなら、その間どう過ごすつもりだね?」


 ロズワルド辺境伯は、先ほどまでの面談とは打って変わって友好的に話しかけてきてくれた。


「ああ、基本的には仲間(アシュリー)と行動しようかと。ただ、この街を見て回りたいので、街中の宿屋でも探そうかと思ったんですが」


「ふむ。部屋は空いておると思うか?」


 辺境伯が、ゴライオと呼ばれた壮年の騎士に尋ねる。

 ゴライオさんは、少し考えた後首を振った。


「難しいでしょうな。ドラゴン討伐の報を聞いて、各地から領民や商人が集まっております。目端の聞く者なら式典が開かれると予想できますので、主立った宿はもう埋まっているのではないでしょうか」


 あらら。一足遅かったか。

 凱旋パレードにあんなに観客が集まってたんだもんな、宿も埋まってるか。

 どうすっかな。


「なら、屋敷に部屋を用意させよう。軍庁舎よりも市街地に近い、その方が便利だろう」


「いいんですか?」


「さすがに本邸とはいかんがな。見ての通り、この屋敷は広い。来賓の従者用の施設辺りならば、そちらも気兼ねなく使えるのではないかね?」


「すみません、お世話になります。お気遣いありがとうございます」


「良ければ滞在中は、きみの生まれ故郷の話も聞かせて欲しいな。この近隣の国とはかなり違うが、遠い他国の文化にも興味がそそられる」


 日本の話か。他国ってか異世界なんだが。

 電化製品や科学技術の話を信じてもらえるか、という気もするけど、この世界は科学の代わりに魔術があるからな。たぶん通じる。

 これは現代知識チート編開幕か?

 専門的なこと何も知らんけど。


「閣下。次のご予定が」

「そうだな。では、詳しい打ち合わせは後日にしようか。クリストフ、お前は帰るなよ、段取りを話し合わないといけないからな」


「かしこまりました」


 うやうやしく、本名クリストフことギルマスが頭を下げる。

 辺境伯が立ち上がり、部屋を退出しようとした瞬間、ふと、こちらを振り返った。


「そこのきみ。気になっていたのだが……」


 俺? じゃない。

 隣のアシュリーを振り向き、辺境伯は眉根を寄せた。



「――昔に、どこかで会っていないかね?」



 アシュリーも辺境伯と面談したことあったのか?

 気になって彼女の方を見てみると、アシュリーは無表情のまま顔を伏せていた。


「いいえ。拝顔の栄に浴したことはございません」

「そうかね。この辺境以外の土地で、見たような覚えがあったのだが……」


 辺境伯はもう一度アシュリーを見ると、抱いていた既視感を振り払ったようだった。


「ふむ。冒険者だからな。トリクスの街に視察に行った際にでも目にしたのかもしれん。気にせずとも良い、許せ」


「――御意に」


 大人しく頭を下げ、辺境伯を見送るアシュリー。


 辺境伯と上級騎士たちが部屋を退出すると、一気に場の空気が緩んだ。


「――ぶはぁっ! こ、コタロー! お前は何者なのだ!」

「その通りだ、コタロー! なんという話を隠しておったのだ!」


 トルトゥーラたちの正体を詳しく話していなかったナトレイアとギルマスが、血相を変えて俺に詰め寄ってきた。


「いや、詳しく聞かれなかったからですよ、ギルマス」

「上級騎士に先に知られたから、辺境伯閣下の判断を仰ぐために聞くのを遅らせていただけだ! そんなとんでもない話だったと知っていたら、隠しておったわ!」


 どうかなー、下手に聞いて引き下がれなくなるのを避けたような気もしてるけど。


「隠すったって、そっちの方が面倒ごとになる可能性もあるでしょう。……と言っても、俺もアランさんたちが勧めてくれなかったら隠してましたけど」


「伝説の存在が力を貸す、とは……先ほどの言い方では、今の二柱(ふたはしら)だけではあるまい!? お前が閣下に引き抜かれて、トリクスから去るかと思うと……」


「今のところ喚べるのはさっきの二人だけですね。先はまだわかりませんが。――そもそも、俺はトリクスに永住しないですよ。故郷に帰るっつってんでしょ」


 トリクスは良い街なんだけどね。みんな優しいし。

 でも、骨を埋める気まではない。


「こ、コタロー……グラナダイン殿だけではないのか? お前は他に、同じような存在に認められているということか?」

「認められているというか、こき使われているというか……」


 ぶっちゃけ『伝説』どもの広報係を求められてるからな。

 この世界での名誉とか功績とかは、どれだけ得ても、いずれ日本に帰っちゃうと無用の長物なので。利益的には生き抜いて帰るまでの助けを借りて終わり、という関係だ。


「伝説の悪魔、伝説の弓聖……も、もしや、お前自身も伝説の『何か』なのか?」


 何か。なんと言えば良いのか。

 カードゲーマー? でも大きな大会で入賞したこともないし、プロでもないしな。

 俺の身分が何かと言われれば、


「――強いて言うなら伝説の庶民だ」

「何の伝説なのだ!」


 ナトレイアは頭を抱えて悶えた。言ってて俺も意味わからん。


「とりあえず、帰る手がかりでもあればめっけもんだから、俺はしばらく領都にいると思うぞ。ナトレイアはどうする、パーティ組むとは言ったけど?」


「我が里の祖先と秘宝を召喚できる奴がそれを言うか……私も留まろう。パーティを組むと決めたのだ、前衛として、お前の身は私が守ろう」


 その発言にさらに頭を抱えたのが、ギルマスだ。


「コタローに続いて、強者のナトレイアまでいなくなるのか……トリクスの街が……うちの冒険者ギルドにとっては大損失だ……考えたくない……」


「やっぱり、ナトレイアが抜けるとまずいですか?」


 ギルド最強の一角って言ってたもんね。人気も人望もあるし。

 戦力的にも重要な人材が抜けるのはまずいか?


「むむ……な、ナトレイアだけならば、他の冒険者が複数人で力を合わせれば穴を埋められる。だが、コタローは……常駐して冒険者を治療できる専属治癒術士など、換えが効かんだろう……」


 数が少ないもんね、治癒術士。

 でも冒険者は個人事業主なので、強制的に一カ所に引き留める権限は誰にも無い。

 それを熟知しているギルマスは、胸の底から重苦しい息を吐いていた。


「たまにはトリクスにも寄ると思いますけどね。すみません、後は治療院を頼ってください」


 エミリアさんたちがいるから、深刻な事態にはなるまい。

 それか、また野生の治癒術士を見つけるとか。


 すまぬ、トリクスの冒険者たち。すまぬ。

 例の大移動の大量治癒以外、実は仕事少なかったけど。


 トリクスって割と堅実というか、仕事の丁寧な冒険者が多かったんだよな。ギルマス含め職員さんの指導のおかげか。


「ちなみに、アシュリーも領都にいて大丈夫か?」


「平気よ。あたし、別にトリクスの生まれってわけじゃないから。コタローが別の街に行くなら問題なくついてくわよ?」


「すまん、助かる。ありがとう、アシュリー」

「良い弓も借りてるしね?」


 頼りにしてます、アシュえもん。


「この上『必中』まで……」


 ギルマスの顔色がさらに暗くなる。

 そういやアシュリーも二つ名持ちだったな。

 モンスター素材の入荷量が減ったらごめんよ、ギルマス。 







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