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辺境伯の真意



「魔界や魔境の生まれでは無い、ということで良いのかね」


『行ったこともねぇな。もしそこに行ったとしても、俺に同族はいねぇよ』


 辺境伯が、ふむ、と小さくうなずく。

 その様子を見て、語ることは終わった、とばかりにトルトゥーラは鼻を鳴らした。


『これ以上語ることも無さそうだな。もし聞きたいことがあれば俺を呼べ。ではな』


「待て! 最後に……人は、惑わずに生きることはできるのか?」


 全ての者というのは無理だ、とトルトゥーラが言い放つ。


『多くの場合、人は惑う。だが、惑いから得る悟りは多い。惑うことが悪なのでは無く、惑いに呑まれて身を滅ぼすことが悪なのだ。人は惑い、惑わされ、それでも自他の言葉や行いにおいて打開の道を探り、得るだろう。それは人の強さだ。それでいい。いや――』


 それが、いい。


 そう言ってニヤリ、と笑い、トルトゥーラはカードに戻った。

 トルトゥーラが去っても、減ったHPは戻らない。俺はもうしばらく『治癒の法術』を自分にかけ続ける。まだ、他のカードは使えないな。


 しばしの間、誰も、何も言葉を発さなかった。

 だが、辺境伯は満ち足りたように黙して目を閉じていた。


 しかし、それで終わらないのが他の面々だ。

 トルトゥーラの問答と正体に、辺境伯を警護する上級騎士たちはもちろんのこと、隣に座るギルマスやナトレイアも驚きの表情を浮かべていた。

 アシュリーだけは薄々感づいていたのか、目を伏せて無表情のままだ。


 場の動揺を収めるために、辺境伯がグラナダインへと語りかける。


「座られよ、弓士殿。そなたも先ほどの悪魔と同様、召喚された存在であると言うことだが?」

「いかにも。この身は幾千の昔に生き、歴史に刻みつけられた存在。我ら『伝説』となった者は語り継がれるが故に、人の世代と()を超えて、世界に刻まれるのです」


「そのような者たちが力を貸す、か。それほどに、この召喚術士は特別なのかね?」


 辺境伯が俺を見る。まぁ、見た目はパッとしないどころか、気の抜ける日本人顔だもんな。我ながら、言いたい気持ちはわかる。

 グラナダインは余裕を見せて、微笑みながら言う。


「失礼ながら、我らが主に求めるのは生まれでもなく、血筋でもなく。ただ(こころざし)のみ。我らが手を貸すに値すると断じた行いに、我らは従っているに過ぎませぬ」


 グラナダイン自身も、その出身はエルフの里の村人だという。

 しかし歴史に刻まれた、伝説の弓聖に身を立てた。

 ならば生まれでもなく、血筋でもなく、ただ俺の行いだけが見るべきものということだろう。トルトゥーラにしても、振り返ってみればそうだ。


 カードとして喚び出せるのは俺の能力でも、使われる理由は違うぞ、ってことか。


「ふむ……」


 辺境伯は唸り、そして俺に向き直る。


「召喚術士よ。それほどの力をもってして、そなたは何を望む?」


「故郷に帰ることです。俺には、会いたい仲間たちがいます」


 かねやん、時田、シノさん、倉科さん、飯山店長……

 遠い日本の、気の良い仲間たち。

 俺は、もう一度みんなと会って、メシ喰いながらバカ騒ぎすることを忘れてないぜ。

 そのために、何としても日本に帰り着く。


「そのために、犠牲にするものがあったとしても?」

「程度によります。俺は、仲間に顔向けできない人間にはなりたくない」


 甘いと言われるかもしれない。この世界を生き抜く上で、無理なことなのかもしれない。

 でも、


「俺は、もう一度、みんなと笑って会いたい。そのために、今、生きている」


 一度は死んでしまった俺だけど。

 でも、胸を張ってみんなに会いたいんだ。

 あの、楽しかった時間をもう一度過ごすために。


 そこまで言うと、辺境伯は、不意に小さく息を吐いた。

 ふぅ、と。

 背後の上級騎士たちを振り返る。


「アラン。アスタル。クルート。そなたたちの報告の通りだったな」


 どういうことだ?

 と訝る俺たちに構わず、辺境伯は、用事は終わったとばかりに姿勢を崩し、頬杖をつきながら椅子の背もたれに寄りかかった。


「ああ、その方らも楽にせよ。――何、種明かしをするとだな。ドラゴン討伐の召喚術士に、人品骨柄の邪心無し、と報告は受けておったのだよ。それでも万が一があるのでな、邪神などに連なる者かどうか、試させてもらった。許せよ」


 俺は驚いて、背後の上級騎士たちを見る。

 アランさん、アスタルさん、クルートさんの三人が、イタズラが成功したように微笑んでいた。剣に手をかけていた壮年の騎士は、苦々しそうにこちらを見ていたが。


 いわゆる圧迫面接か。

 圧力をかけて、俺がどう出るか反応を試した、と。


「……で、俺は合格ですか、辺境伯閣下?」

「悪魔を――召喚獣をけしかけなかった点では、な。まぁ、功を成した者をあまり邪険に扱っても仕方なかろう。きみを含め、トリクスの冒険者たちには改めて感謝を述べる」


 そこまで言われて、俺も大きく息を吐いた。

 なんだか、どっと疲れたよ。パワハラまがいの面接はやめて欲しい。


「討伐に関してだが、領軍との連携も慮ってくれたらしいな。エルフの剣士はともかく、きみは他国人だ。この国や私への忠心ではあるまい? なぜだ?」


「なぜ、というか……道中でアランさんにも話したんですが、討伐軍の人たちもそれが目的なんですし、倒せる戦力があるんだから協力するでしょう。冒険者として勲功どうたらは、肝心のドラゴンを倒して、生き残ってからの話ですよ」


 ふむ、と辺境伯はアランさんに視線で確認を取る。

 さすがに仇討ち云々の話は、小っ恥ずかしくて何度も繰り返す気はない。


「ふむ。まぁ、それはそれで良い。討伐軍を編成して出兵した面目も立ったし、何より討伐できたとなれば、領民の反応や素材の収穫など、治政や経済の面でも言うことなしだ。ぜひ表彰させてもらおう」


「ドラゴンの素材に関しては、領主たる辺境伯閣下にすべて献上させていただきたく」


 ギルマスがトリクスの冒険者を代表して、頭を垂れる。

 辺境伯は鷹揚に、うむ、とうなずいた。


 行きの馬車の中でギルマスに話を聞いたけど、出征費用の他に今回の件で戦死した兵士の遺族への補填などもあるので、利益と名誉はすべて辺境伯に献上したようだ。

 もちろんトリクスの冒険者ギルドにも何かしらの見返りはあるんだろうけど、そもそもが領内に属してる街だし。筋道から言っても、まぁ、無難なところだ。


 俺自身の取り分に関しては、辺境伯からの報奨と身分への便宜を期待する、ということで話がついている。ちょっとした投資みたいなもんかな。

 あえて口にはしないけど、ドラゴンのカードが手に入っただけでも充分だしね。


 その取り分について、ギルマスがそろりと確認を求める。


「僭越ながら閣下、この者、召喚術士コタローについてなのですが……」


「そうだな。確かな身分が欲しいと言うなら、実力と実績を踏まえて本当のところは、騎士爵でも与えて領と国に囲い込んでしまいたいところだが。本人としては、それは望まんのだろう?」


「無理です。逃げます」


 帰れなくなってたまるか。公的な役職には就けんと何度も言うとるだろーが。


 その返しがおかしかったのか、辺境伯は思わず噴き出して大笑いした。


「はっはっは、正直だな。好感は持てるが、もう少し言葉を濁した方が良いぞ。無礼者と捉えられかねんでな。ほれ、控えておるゴライオの表情が歪んでおる」


 さっき剣を手にかけていた、壮年の上級騎士の表情が怒りで強ばっている。

 周りのアランさんたちも苦笑いしていた。


 ゴライオさんとやらの恐ろしい気迫はともかく、無礼を笑って流してくれる辺り、辺境伯は大人物のようだ。たぶん、俺が他国人だからというのもあるんだろうけど。


 ごすり、と隣に座るアシュリーから肘打ちされ、恐縮しながら頭を下げる。


「すみません、あまり作法には長けていなくて」

「服装やその作りを見れば、生まれた国とはずいぶん文化が違うように見える。かなり独特ながら、進んだ文化を持つ国のようだ。突然この国に飛ばされて、さぞ難儀したろう」


 気にするな、とロズワルド辺境伯は笑って許してくれた。

 蛮人扱いもされず、遠い島国と言うことを耳にしてるんだろう、脅威とも捉えられず。かなり寛大な態度で受け止めてくれている。


「本人の希望を汲んで、式典への不参加を許そう。先の召喚獣の逸話や、そちらの弓士殿の話をいかにドラゴン討伐に盛り込むか、領民に流す噂を考えねばならんな」


「民を襲う凶悪な魔獣に立ち向かう我らの心意気に、民衆を導く寓話の存在や古代の英雄たちが蘇って手を貸してくれた、という辺りですかな。王都辺りではさぞ人気が出ましょう」


 アランさんの楽しそうな提案に、辺境伯も上機嫌でうなずく。


「うむうむ。王都の貴族どもは、野蛮な僻地での大ボラ話とでも笑うだろうがな。民を守る伝説の英傑が民のために蘇り手を貸してくれたとは、夢あふれる実に痛快な話よ!」


 あらら。

 辺境って野蛮な僻地とか言われてるのか。田舎扱いより酷いな。

 無礼を許してくれたのは、そういう扱いや人材なんかに慣れているからかもしれない。辺境伯も苦労人だなぁ。



「今代の民に我らの存在を認めていただけるならば、これに勝る喜びは無く」



 グラナダインも、満足そうに顔を伏せて、静かに微笑んでカードに戻っていった。 







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