伝説の悪魔
俺たちは、上級騎士六人に視線の刃を向けられていた。
この部屋の主、ロズワルド辺境伯は、答えない俺たちに対してもう一度問いかける。
「もう一度聞く。黒き獣の姿をし、ドラゴンの鱗を吹き飛ばす力を持った魔物――いや、『悪魔』を従え、契約している召喚術士というのは、きみで間違いないかね?」
問われているのは、俺だ。
だが、この尋ね方。間違いなく俺を警戒している。
返答に気をつけないと、トルトゥーラは禍々しい厄災として捉えられかねない。
それを扱う自分もまた、辺境伯領にとって良からぬ存在である、と思われているってことだ。
そのとき、迎えの馬車の中でアランさんが言ってくれた忠告を思い出した。
後ろ暗いものを抱えていない限り、臆するな――胸を張れ。
俺は、意を決して答えた。
「そうです。自分が、彼を……『トルトゥーラ』を召喚しました」
「トルトゥーラ、それが『悪魔』の名かね」
うなずく。
辺境伯は言葉を継がなかった。俺の返答を聞いて、怒号も罵倒も続けなかった。
ならば、俺に語れ、ということだ。
「――辺境伯閣下は、『戒めの悪魔』の民話をご存じですか?」
「何だ、それは?」
「若者や子どもが大きな夢を抱いたとき、現実に出会う苦難を語った寝物語です。もう古い……どのくらい古いのかは、俺にはわからない時代に語られた物語です」
「きみはこの国の出では無いと聞く。故郷の逸話か?」
「いいえ、彼は――彼らは、この国でも語られたことがあるはずの『伝説』です。そして、今はもう誰もがそれを口にしなくなった、忘れられた存在」
俺の話に、上級騎士の一人が剣の柄へと手をかける。
詐術でこの場を切り抜けようとしている、とでも思われたのかもしれない。
だが、辺境伯は片手をあげそれを制すると、俺に続きを促した。
「狂気の悪魔、トルトゥーラとは『戒め』の存在です。夢物語に苦難がつきまとうことを忘れてはいけない、無謀な夢に振り回されてはいけない、そうした先人たちの教えが人々に語られ、形作られ、忘れられた信仰の存在です」
この世界の『悪魔』がどんな認識を持たれているかは知らないが、トルトゥーラの性質は正確には違う。言うなれば、日本の民間伝承の『妖怪』に近い存在だ。
「自分が故郷からトリクス近くの森に飛ばされたとき、自分はそうした存在たちに出会いました。そして、契約を交わしました。――忘れられた『伝説』の存在たちが、また人々の口に語られるよう、人々に思い出され蘇るように、自分に力を貸す、と」
「神々がきみに力を貸す、と?」
「神々とは限りません。現にもう一人の伝説、『流星の聖弓、グラナダイン』はエルフの里に逸話を残した、過去に実在した英雄で、神話に出てくる神ではありませんから」
エルフの里、という単語に、辺境伯の視線がナトレイアに向く。
ナトレイアは若干話について行けてなかったような様子だったが、それでも話の真偽を求められたと察すると、視線を伏して答えた。
「流星弓――万物を墜とす宝弓は、我が故郷の里に伝わっていた逸話です。父祖の代でも語る者は限られていましたが、このたび、コタローと出会って召喚された流星弓の主、グラナダイン殿とお話しすることが叶いました」
「エルフの冒険者よ。それが、偽物だという可能性は?」
「あり得ません。天を舞うドラゴンを地に墜とし、縛り付けたのは確かにそのグラナダイン殿です。――あれほどの弓術、古代の『流星弓』の逸話に相違ございませぬ」
まぁ、召喚したその『流星弓』の実物は、今この街の軍庁舎にあるんだけどな。
無くなって警戒されても何なので、渡したままになっている。いつでも再召喚できるし。
ナトレイアの証言を受けて、辺境伯は考え込むように黙った。
真偽を図りかねているのだろう。重苦しい空気が応接室内に流れる。
だが、どうしてもこれだけは言わなければいけないと思い、俺は口を開いた。
「彼ら『伝説』の存在たちが、善なのか、悪なのか。それは自分には判断が付きません。もしかしたら、一枚岩ではないのかもしれない。――ですが、トルトゥーラは自分の窮地を助けてくれました。ドラゴンを討伐し、人々の危機をも」
そうだ。トルトゥーラは、邪悪な存在なんかじゃない――
「彼は『狂気の悪魔』と名付けられても、『戒め』として人を救うために語られた物語です。人々に苦難を与えるのではなく、苦難に立ち向かえるように力を添える者であるはずです。……だから、自分は、彼を召喚することを悪いことだとは思っていません」
ふむ、と辺境伯は顎に手を添え、難しい顔で一つうなずいた。
「……喚べるかね? 今、ここで」
「閣下!?」
その言葉に、背後に控えていた上級騎士の一人が慌てた様子を見せる。
だが、辺境伯は動じることなく、一歩前に出た騎士を再度手で制し、俺に向き直る。
「……どうだ?」
「構いません。喚び出して危害を加えるような奴らじゃありませんので」
レベルが上がって魔力は3。
二人を同時に呼ぶことは可能だ。
「召喚! 『狂気の悪魔、トルトゥーラ』! 『流星の聖弓、グラナダイン』!」
広い応接間に、巨大な黒い獣と、エルフの弓士が現れる。
グラナダインは手に携えていた弓を床に置き、矢筒を背から下ろしてそれに添えた。
「流星弓が主、弓士グラナダイン、ここに参上仕った」
『俺を喚んだのに魔力を切らして、大丈夫かい?』
恭しく頭を下げるグラナダインと、対照的に傲岸不遜なトルトゥーラ。
反射的に剣を抜いて構えた上級騎士に非は無いだろう。が、トルトゥーラは意にも介さず、頭を下げることもヒザをつくこともしなかった。
『やり合う気は無ぇ。せっかく話し合う機会だ、穏便に行きてぇもんだな、大将?』
不適に辺境伯を見る狂気の悪魔。その獣の口がゆがみ、鋭い牙を覗かせる。
前に出る護衛の騎士の陰ながら、ソファに座ったまま身じろぎもせず、辺境伯は尋ねる。
「言葉が通じるのか。良かろう、ならば話し合おう。貴様の言葉が真実とは限らぬが、な」
『ありがとよ。――その前に、うちの主に魔術を使う許可を与えな。俺は呼び出されるのに魔力はほとんど必要としないが、代わりに喚ばれてる間は命を削る』
「まことか?」
辺境伯が俺を見る。
俺は肩に少し重さを感じながらうなずいた。
ごっそり持って行かれたな、HPが上がれば上がるほど持ってかれる量が多い。
「ええ。回復し続けないと、九十数える間に俺は死にます。回復術を何度も使いますが、後ろの護衛の方々に襲われませんか?」
「構わん、楽にせよ。――皆の者、剣を納めよ」
その号令を合図に、上級騎士たちが渋々とだが剣を納める。
だが、トルトゥーラと辺境伯の間に入ったままなので、警戒は解いていない。
「なるほど、語る時間は少ないか。――ならば、単刀直入に問おう、悪魔よ」
『いいぜ。何が聞きたい?』
「貴様の、生まれは? ――どこだ?」
辺境伯の問いに、トルトゥーラは笑顔をひそめ、短く答える。
『人の心』
「――とは? いかなる意味だ」
ふっ、とトルトゥーラが微笑を漏らす。
『そのままの意味だ。俺は悪心、俺は情熱。――身の丈に合わぬ狂気に偏執する者たち、そういう奴らの愚行が俺を形作った』
そしてトルトゥーラは、祝詞でも読み上げるかのように朗々と語る。
『――我が爪は諦念、我が牙は悔悟、妄執を断ち切るべく生まれ、達成へと至る希望を学ぶべく示される形代に違いなく。この身こそは、いずれ振り返るべき、情熱に宿る狂気なり』
「……無謀を滅ぼす者、とでも自らを語るのかね」
『その通りだ。無謀を諦めるため、無謀を現実に叶えるため、人は俺を知り自らの狂気に気づき、そして小さな悟りを得る。俺はそのための存在……』
「人心を惑わせる者では無いのか?」
『逆だ。人は惑う。それは多くの場合、いつの世も変わらない。だからこそ、その「惑い」の中から俺が生まれた。――これで、望む答えは得られたか?』
辺境伯は息を一つ吐き、そして顔の前に組んだ手に寄りかかるように、うなだれる。
やがて、絞り出すような、苦悩するような。そんな声が漏れた。
「……貴様は、『悪』では無いのか……」
トルトゥーラは、もう一度ニヤリと笑った。
『悪だとも。だからこそ、人々は俺を見て学ぶのだ。悪心だ、とな』
――必要悪。
歴史と教訓に形作られた、彼はまさしく己を『悪役』なのだと笑って語った。




