辺境伯領の中心
道中は山賊などにも出会わず、モンスターも領主軍の皆さんが瞬殺してくれたので俺たちの出番は無かった。そうだよね、軍隊と旅をするってそうなるよね。
新しく手に入れたカード『靴妖精の工具』でちらほら領主軍の皆さんの武器を整備したり、モンスターと戦った人の軽傷を治療したり、なんだかんだして馬車で十日。
俺たちは、ついに辺境伯領の中心、領都エイナルへとたどり着いた。
「っつあー、やっと到着かぁ……」
「馬車の長旅はやっぱり堪えるわねー」
アシュリーとともに車内で伸びをする。
異世界ものだとよくある話だが、懸架式でもサスペンションがついてるわけでもない、いわゆる荷車の延長なので、この世界の馬車は振動が身体や腰にクルのだ。
「往復するたびにこんな我慢してるんだから、この領の人たちもすごいよなー」
「はっはっは。単独行だったら五日から七日で着くぞ、コタロー? 今回は歩兵中心の行軍速度に合わせられていたからな、集団の徒歩は個人の徒歩より遅い、そのためだろう」
何度も領都と往復してるギルマスが、笑って教えてくれる。
ああ、任務明けで疲労してる歩兵の皆さんに早さ合わせてたから日数かかったのか。
まぁ、送ってもらってるし食料も向こう負担だったから、文句も特にないけど。
「それより、ほら! 幌の外を見ろ、領都が見えてきたぞ!」
ナトレイアの元気そうな声に、幌の外を見てみる。
トリクスの街のように高い石造りの外壁に囲まれた、巨大都市が見えてきた。
あれが辺境伯のいる領都、エイナルの街か。
******
さすが領主軍というか、街門は素通りだった。
普段は行列を成しているらしい正門だが、領主軍の姿を認めると人の波をかき分けるように門への道が空けられた。
上級騎士が先導しているので、立ち止まってのチェックなども無い。
「軍隊ってこんな優遇されてんだ。先触れとか早馬とかで連絡出してたの、このためか」
「バカね。違うわよ、コタロー。これ、たぶん……」
アシュリーが呆れた様子で言いかける中、馬車が街の中へ入る。
その途端、ものすごい歓声が俺たちを含めた領主軍一行を包んだ。
「ドラゴン殺しの凱旋だ!」
「アラン子爵よ!」
「アスタル騎士爵! クルート騎士爵!」
「辺境伯軍は最強だ!」
街の大通りの左右に、進路を開ける壁のようにひしめき合う市民たち。
竜の死骸や討伐した領軍の姿を一目見ようと、大量の人々が集まっている。
あ、これ、ドラゴン討伐の凱旋パレードか!
それで街門に並んでた人たちが道を空けて、先に入れてくれたのか!
「うっわ、すげー賑わい……!」
「そもそも正規軍なら軍事用の門があるのでな。わざわざ正門を使うのは、出立式か凱旋式くらいのものだろう。今回、正面の街門から入ったのは、そういうことだ」
馬車から民衆に手を振りながら、ギルマスが教えてくれる。
ああ、なるほど。軍行動でいちいち街の機能止めてらんないもんな。
その必要があるってことは、民衆に軍隊を見せたい理由があるってことで。
「あんたも外から見えるところで手を振ったら? 英雄扱いよ、コタロー?」
「バカ言え、俺みたいな一般人が手を振っても『何だこいつ』ってなるだけだろ。奥に引っ込ませてもらうわ」
「まぁ、それは同感よね。自分で言い出して何だけど」
同意するアシュリーと一緒に、馬車の見えないところに引っ込む。
我々は小市民ですので。
エルフの『剣姫』ナトレイアやギルマスは、トリクスの冒険者ギルドの顔とも言えるので、外に向けて笑顔で手を振っている。
エルフ美人と老練のダンディだからなぁ、絵になるというか、たぶんギルド代表として、こういう経験が以前にもあるんだろう。
「そうだな、コタローの場合は辺境伯様との話し合い如何で扱いがどうなるかわからん。今回のところは、顔見せしない方がいいかもしれんな」
「ああ、ギルマス。コタローは何しろ腕力が皆無だ。変に顔を売って良からぬことに巻き込まれても面白くない。どうせ、目立つときは目立つのだ」
ギルマスとナトレイアが、口々に俺を心配する。
ドラゴン討伐の猛者だと勘違いされて、俺が一人の時に喧嘩売られるような事態を想像してるんだろう。
無理です。なおさら引っ込むわ。
民衆へのアピールは二人に任せて、アシュリーとデルムッドと一緒に馬車の奥でくつろぎながら、街中を通り過ぎるのを大人しく待つ。
ああ、モフモフはこんなときにも俺を癒やしてくれるなぁ。
******
歓声に満ちた大通りを抜けると、俺たちは街外れの、領主軍庁舎に到着した。
結局街を横断するパレードだったよ。
街の規模的にはトリクスの三倍くらいか。かなり広い。
領主軍の皆さんは、ここで軽く装備と物資の点検をした後、ようやく解散と言うことらしい。
演習場や宿泊寮もあるから、場所を確保するために街の端っこに庁舎を作っているらしい。駐屯地自体は街の四方にもあるそうだけど、本拠地であるこの辺は軍事区画になっているそうな。
街の整備のされ方と発展した区画制度が、この街の行政の歴史を感じさせる。辺境と言うからには国土の端の方なんだろうけど、どっちかって言うと、地方都市って呼んだ方がしっくりくる整い方だ。
軍庁舎で少ない手荷物を下ろし、俺たちも休憩のための部屋を割り当てられた。
「我々はこれから、辺境伯様に帰還の報告に行ってくる。お前たち冒険者の件に関しては、早馬で連絡をしているから、報奨や式典に関する謁見は明日以降になるだろう。今日は旅の疲れを癒やしてくれ」
アランさんたちが、俺たちに説明をしてくれる。
武装姿のままなのは、軍装が戦勝報告の礼装になるからだろうな。俺たちは休めても、管理職である三人は休めないらしい。ご苦労様です。
「あのー、アランさん。街の中を見て回っても?」
「構わんよ。案内の兵士をつけるか? 街中では召喚や魔術は控えてくれると助かる」
お許しが出た。
トリクスの街より大きいから、色々な店や物も多そうだ。
「なんか買い物するの、コタロー?」
「いや、冒険者ギルドとか見て回ろうかなって。他の召喚術士に会ったこと無いし」
おや、とギルマスが目を丸めた。
「トリクスでは会わなかったか? 二・三人は登録されていたはずだが」
「いや、一回も。いたんですか?」
ギルマスの話を聞くに、どうやら知らないうちにニアミスしていたようだ。
今さら、衝撃の事実。
召喚術士は召喚に魔力を費やすために、護身用に身体を鍛えるとのこと。なので、見た目からでは戦士なのか召喚術士なのかわからなかったようだ。
普通の召喚中は魔力を消費するらしいので、ギルドで戦力を召喚する必要も無いし。
たまにモンスター連れてる人に会っても、魔物使いだったりしたもんな。
たぶん、気づいてないだけで会ってるだろうとのこと。
誰がそうだったのかわからんよ。
「そうか。だが、普通は喚び出せても一匹か二匹がせいぜいだし、そんなに強いモンスターを召喚できる凄腕はトリクスのギルドにはお前以外におらんな。何の勉強にもならんかっただろう、気にせんでも良い」
結構扱い雑だな、召喚術士。
派手なモンスター喚べでもしないと、ただの食費のかからないテイマーだからな。
ぶっちゃけ、仕方ないか。
「……? 会ってるだろう、コタロー? ボルガは短い時間だが、オークを喚べるぞ。オークを壁代わりにして、三人で連携して攻撃する狩りをしていたはずだが」
誰、そのボルガって。
首をかしげていると、ナトレイアが不思議そうに続ける。
「ほら、お前と仲の良い、腕の太い三人組の……」
筋肉三号――――ッ!!
お前、召喚術士だったんかい!
あまりに世紀末な見た目だったから、ゴリゴリのインファイターだと思ってたよ!
わかってたら色々、召喚の常識とか聞いたのに!
そうかー……
言われてみれば、筋肉組の狩りとか、詳しく話を聞いたこと無かった気がする。
あのムキムキっぷりが世間の召喚術士の標準なら、見た目でわかんないはずだよ。
たぶん、向こうも俺とは逆の判断で、俺のこと召喚術士って思ってなかったな。見た目が貧弱すぎるもんな、俺の場合。
「ギルドの人も、教えてくれたら良かったのに……」
「冒険者の情報を他人に漏らす職員がいるわけないでしょ、コタロー。どんな風に悪巧みされるかわかったもんじゃないんだから」
「アシュリーの言うとおりだ。コタローの情報も、治癒術が使えるとしか広めておらん。召喚術のことは、討伐の時に知った者以外では、わしらのところで留めておったぞ」
アシュリーとギルマスから、それぞれ突っ込みが入る。
そうだよな、回り回って山賊や野盗なんかに攻撃手段がバレたら、いつ依頼中に襲われるかわかったもんじゃないしな。
「うむむ、だ、だいたいの場合は狩り場でかち合ったり、助け合ったりして冒険者間ではそれとなく伝わることも多いのだが。コタローの場合は、治癒術士としてギルド屋内にいることが多かったからだろうな。冒険者としての経験も短いし」
さすが冒険者間の有名人。
ナトレイアは他の冒険者のことも割と見知っているのだとか。
今までパーティこそ組んでなかったけど、そもそも冒険者自体が森の中で遭難した村民や市民とか、困ってる人を助けることを奨励されている。
冒険者間でも同じで、実力者や経歴の長いものほど他の冒険者を助ける機会も多いし、人望も集まる。
これも、冒険者としてのキャリアの差かねぇ……




