チュートリアル:せんとう!
森の中を分け入ると、それなりに生き物が多くいた。
ウサギや鹿などの中型までの草食動物が主で、幸いに熊などの大型獣や狼などの肉食獣はまだ見ていない。
けれど、この世界を甘く見ていた。
草食獣のはずなのに、過剰な武装をした進化をしている。
ウサギには一角獣みたいな角が生え、鹿は角が刃のように鋭く尖っている。
本来、食物連鎖のヒエラルキーの下位である草食獣がこれだけの武装をしなければ生きていけない世界なのだ。他にどんな肉食獣がいるのかと、考えただけで恐ろしい。
幸いにして草食獣のステータスは高くなく、護衛のゴブリン軍団や、俺の肩に乗せたプチサラマンダーのブレス狙撃で難なく倒せた。
意外に強かったのが、『奇襲』を持つゴブリンアサシンだ。
・『ゴブリンアサシン』
1:1/1 奇襲(このアバターは、敵に攻撃した状態で召喚される)
普通のアバターは、俺の目の前に召喚されるのだが、『奇襲』持ちのこのアバターは、召喚すると獲物の目前に飛び掛った状態で出てくる。
そのまま、まさしく奇襲でしとめられることも多く、遠距離攻撃魔法みたいな扱い方が可能だった。
「……と言っても、最初の攻撃を終えたら後は最弱スタッツなんだよなぁ」
攻撃をかわされると一撃で返り討ちに遭うこともあったので、基本的に一撃離脱。
初撃を外したらカードに戻って召喚枠を空ける役割に戻る、まさに一発屋だ。
けれども、チートなことに空中を飛ぶ野鳥なども奇襲できたので、砲弾としては便利だ。
そうそう。
この世界のアバターの戦闘なんだけど、まったくカードゲームではなかった。
普通のカードゲームは紙もソシャゲも、カード同士が交戦すると「いっせーのせ」でお互いにダメージを与え合うのだけど、ここは現実だ。
お互いに殴り合って、攻撃を当てたら傷を負わせられるし、回避することもある。そして、当たり所が悪ければ一発即死もあり得る。
腹にウサギの角を受けても耐えたゴブリンが、回復後に別のウサギに首を貫かれて一撃でカードに戻ったこともあった。
クリティカルがある、というよりは普通に急所を怪我すれば死ぬらしい。
カードゲームどこ行ったよ!?
とは思うものの、わかってる。この世界も、俺が今遭難してるのも、現実だってこと。
データ上の数字の戦いではなく、襲い掛かってくる獣たちは命がけで戦っている。
HPは目安でしかなく、5あるHPに甘えてたら俺も即死があり得るってことだ。
充分に気をつけないと。
ウサギや鹿を倒した後、死骸の前に新しいカードが出現した。
・『ホーンラビット』
1:1/1
・『ブレイドスタッグ』
2:2/1
これが、俺のスキル『カード化』の能力なんだろうな。
倒した相手や、他の条件次第で使えるカードが増えていくようだ。
とりあえずウサギは使わないな。特殊能力もないし、ゴブリンの方が強い。
ブレイドスタッグなる大鹿は、そもそも俺の魔力が1しかないので使えない。
初めてのコスト2のアバターだけど、今はまだ意味が無いな。レベルが上がったら使えるようになるのかもしれないけど。
……上がるよね、レベル?
しとめたウサギをその辺から千切ったツタで腰に縛って食糧確保。森を進む。
折った鹿の角が刃物代わりになったので、それで血抜きは済ませてある。プチサラマンダーの火で焼けば食えると思いたい。
余ったウサギや鹿の肉は、持ちきれないのでゴブリンやサラマンダーのエサにしたり、残りは放置した。放っとけば他の肉食獣への囮になるだろ。
刃物こと鹿の角を手にしたゴブリンズが、嬉々として生肉を分け合って食べてたのがシュールだ。プチサラマンダーにも鹿肉を細かく切って食べさせてた。
意外と気が効くのな、お前ら。
でもごめんな、俺、生肉食えないからさ。だから、そんなしょんぼりすんな。
森の中を分け入っていくと、獣の唸り声が聞こえた。
そして、同時に聞こえているのは聞き覚えのある甲高い叫び声……
野生のゴブリンか!?
茂みを通り抜けると、開けた場所に、予想通りゴブリンが群れていた。
数は三体。アバターのゴブリンと違って、血に塗れた惨忍な顔をしている。
襲われているのは、狼――いや、犬だ。
純白の大型犬が、その白い毛皮を血に染めて、ゴブリンたちを威嚇している。
犬がその場を動かないのは、後ろ足が片方、真っ赤に染まっているからだろう。
そのうち、野生のゴブリン一体が俺たちに気づいた。
他の仲間に鳴き声で教え、俺たちに狙いを定める。
どうやら動けない犬より先に、俺たちをしとめることにしたようだ。
「――クソッ! 『ゴブリンアサシン』!」
先手必勝、俺は『奇襲』持ちで一番近い奴を強襲する。
一撃では倒しきれなかったが、着地したゴブリンアサシンが追撃して、次の一撃で一体の首の骨を折った。
「お前ら! 同族相手で悪いが、頼んだ! 行ってくれ!」
俺の叫びを合図に、アバターのゴブリンズが残り二体のゴブリンたちに向かって吼える。武器を手に、ゴブリンズは「やるぞお前ら!」と言わんばかりに野生のゴブリンたちに突撃して行った。
残り二体の攻撃で、ゴブリンアサシンがカードに戻る。
そこにゴブリンズが突撃し、二対三の乱戦が始まった。
数の上でもこちらが勝っているが、俺には他に切り札もある。
――三十秒。
「出て来い! 『スモールウォール』!」
足の生えた塗り壁のアバターこと、スモールウォール。
その能力は『誘導』。
敵の攻撃を自分に誘導するという能力どおりに、スモールウォールの姿に野生のゴブリンたちは一瞬、気を取られた。
その隙を突いて、我らがゴブリンズがまとめて武器を振るう。
勝負は、一瞬で決着した。
地面に倒れる三体の野性のゴブリン。そのうちの一体にはまだ息があったが、ゴブリンズの追撃がとどめを刺した。
残りは、あの白い犬だけだが――
俺はスモールウォールを出したまま、怪我した犬を振り返る。
犬は、地に伏せたまま、ゴブリンを操る俺を敵意丸出しで威嚇している。
その毛皮に隠れた首に、キラリと何かが光ったのが見えた。
「……首輪? 飼い犬か?」
この辺りに人がいる、ということか。
この犬は毛並みも良いし、狩猟犬なのかもしれない。
「……仕方……ないよなぁ……」
俺はため息を吐きながら、動けない犬に近寄って、カードを使う。
回復スペル『治癒の法術』。対象のHPを2点回復し、傷を癒す。
頼むから、治った瞬間に襲い掛かるのだけはやめてくれよ?
治癒の光が発動し、傷を癒す。
白い犬は不思議そうに自分の足と、俺とを見比べていた。
俺が何をしたか、わかってるのかもしれない。賢い犬なのかもな。
俺は犬に触れることはせず、腰に吊るしたウサギを一羽、犬の前に放り出した。
「もう動けるだろ? それ食べたら、ご主人様のところに帰りな」
あー、モフモフしたいなぁ。
でも、変に手を出したら噛み付かれるかもしれないし。
この場は放置しておくしかないか。敵意を向けられてた以上、こいつのご主人様のところに連れてってもらうってのも、無理があるよな。
仕方ない。人がいるかもしれないとわかっただけで充分だ。
このまま森を抜ける道を探そう。人里が近ければなお良い。
「行くぞ、お前ら」
ゴブリンたちに声をかけ、俺は座ったままの白い犬を後目に、また森の中をかき分けていった。
どこまで歩いたら、この、森の中のサバイバルを抜け出せんのかなぁ?