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投了するにはまだ早い



「グルォオオオォォ――――――――――ッッッ!!!」


 竜の咆吼が、街道に響き渡る。

 このステータスはヤバい。


『ガラクラン山脈のドラゴン』

6/6

 『飛行』・関連する負傷を負っていない場合、地上からの直接攻撃を回避する。(『射撃』等は除く)

 『甲殻3』・3点以下の攻撃を無効化する。

 『火炎のブレス3』・広範囲に3点の炎の射撃を行う。


 今まで見た中で最高の攻撃力とHP。あの巨体を見ればそれも納得できる。

 むしろ、この程度で済んでいるのなら優しい方だとさえ言える。

 だが、『甲殻3』――3点以下の攻撃無効。


 これは反則だ。

 なぜなら、鍛えた人類の攻撃力はおおむね『2』前後だからだ。

 3点の攻撃はかなり強力だ。『鋼鉄の炎』のメイン火力、ミリィの放つ『ファイヤーボール』は直撃すれば大抵のモンスターを倒せる。

 上級騎士と言われるアスタルやクルートでも、その攻撃力は3だ。


 それらの攻撃が、すべて通じない。

 鍛えた兵士が百人いようが、千人でかかろうが同じだ。その鱗を破れない。


 しかも――ドラゴンには、地上からの直接攻撃が届かない。


「ど、どうしたの、コタロー!?」

 隣のアシュリーが、俺を案じて声をかけてくる。


 空中のドラゴンに届く攻撃手段は、1点の弓、上級騎士アスタルの2点の射撃、ミリィやアランの遠距離3点火力『ファイヤーボール』。

 そのどれもが、あいつにはダメージを与えられない。


 ――倒す手段が無い。


 一瞬、そんな考えが頭をよぎる。


「地上に落とせ! あいつの甲殻は、弓や魔術じゃダメージが通らない!」

「それは本当か?」


 俺の叫びを聞きとがめたのは、壁上の冒険者を指揮しているギルマスだった。


「コタロー。なぜ、それがわかる? ドラゴンと戦ったことがあるのか?」


「コタローの魔術は、相手の情報を見れるのよ! それで見た結果よ! 信じて!」


 『鑑定』のことも知っているアシュリーが、かばうように口添えしてくれる。

 あごひげに手を添え、ギルマスが俺に尋ねた。


「そうか。ならば聞く、コタロー。具体的にどのぐらいの威力ならあの鱗を通せる? 誰の攻撃なら破れる?」


「ミリィさんの『ファイヤーボール』でも通らない。この場でダメージを与えられるのは、上級騎士の中ではアランさんの剣だけ。冒険者では、ナトレイアの『精霊の一撃』と……俺の召喚獣の直接攻撃くらいだ」


「召喚術士と報告は受けていたが、それほどのものを喚べるのか?」

「喚べるけど、時間制限がある。長く喚んでると、HP……俺の命や体力を三十数えるごとに削っていく。接近してないと喚ぶのはツラい。今の俺の切り札だ」


 冒険者が人前で自分の切り札を晒すことは希だ。

 手の内を全部並べた俺の(げん)を、ギルマスは重く受け止めてくれた。


「ナトレイア!」

「何だ、ギルマス」

「あれに飛びかかって『一撃』を撃ち込めるか?」

「無理だな。この街壁より低く飛んで近づいてくれれば、飛び移りようもあるが」


 ナトレイアが剣を手に、現状を分析する。


 眼下の街道では、領主軍が弓矢による攻撃を開始している。

 中世ヨーロッパ風のこの世界では珍しい、騎馬弓兵戦術だ。

 上級騎士アスタルの率いる弓兵が騎乗して、馬上から機動戦術をとりながらドラゴンを牽制している。その巨体には矢が通じないが、飛びかかる矢の弾幕に、ドラゴンはうっとうしそうに空中を回避していた。

 ブレスで地上を焼き払おうとしないのは、兵士を捕食するためだろう。


「ナトレイアさん、俺も連れて飛び移れるか? 一撃じゃしとめきれない。少なくとも二発以上の強打がいる。奴の背で召喚して、二人でしとめるしかない」


「危険だぞ? 私と違って、きみは鍛えているわけではない」


「だからあんたに連れてってくれと頼んでるんだ。他に手が無い」


 俺の武器は、カードを除けば、他人より高いHPだけ。

 トルトゥーラを召喚する前なら、ドラゴンに一発殴られても生き延びられるチートHPくらいだ。


「許可できんぞ、コタロー。治癒術士が減れば、負傷者を救う手段が無くなる」

「……なぜきみは、そこまで身体を張る? きみ自身に戦う力は無いだろう?」


 無いよ。いくらHPが高くても即死の可能性があるのは、オーガ戦で覚悟した。

 街壁から自分で飛び降りても、たぶん落下死するのがオチだ。


「……スラムのガキどもは、逃げ出せたかな?」


 自覚すると、声が震える。

 襲い来る恐怖に、ヒザが笑いそうになる。


「こ、この壁の後ろに、ニーナさんやネネちゃん、防具屋のおっちゃんたちがいる。スラムのガキどもなんて、逃げ出すにも護衛自体されないよな。ひょっとしたら、逃げられずにまだ街に残ってるかもしれねぇ」


 英雄になりたいんじゃない。

 俺はカードゲーマーだ。プレイミスは俺の敵だ。

 この場をなんとかできる手段があるのに、それをやらずに何かを失いたくない。

 『やらかしたミス』と同じくらい、『やらなかったミス』はゲーマーの敵だ。


 ゲーム理論の前提にいわく、『プレイヤーは各自、最適な行動をとる』。


「諦められねぇ。自分から投げ出したくねぇんだ。――まだ、まだ」


 投了(とうりょう)するには――まだ早い。


 しばしの黙考の後、やがて、ギルマスがアシュリーを振り返った。


「――『必中』。ドラゴンの飛ぶ軌道を制限できる位置に矢を撃ち込めるか。その矢を照準に一斉掃射して、ドラゴンをこの街壁に誘導してみよう」


「任せなさい! あたしの弓は特別製よ? 何発でも撃ち込んでみせるわ!」


 召喚した『木の弓』を手に、アシュリーが笑って請け負う。

 それに付き従うように、あらかじめ召喚しておいたゴブリンズ二体も弓を手にして鳴き声をあげた。


「全員、『必中』の矢に続け! 目標の動きを制限しろ!」


 ギルマスの号令の下、アシュリーの矢がドラゴンの上方を狙う。

 弓を持つ冒険者たちの射撃が、それに続いた。

 矢の弾幕だ。


 ――――――――ッ!!


 ドラゴンの咆吼が(とどろ)く。

 顔をめがけて飛び交う矢をうっとうしがり、低く潜り込むような回避軌道をとった。


 ダメージそのものが通らなくても、受ける理由は無い、というところだろうか。

 好都合だ。


 領主軍も同じくドラゴンを地上に降ろす狙いなのか、進路を制限するように掃射を繰り出している。俺の言葉なんて届く距離じゃ無いが、飛び道具が効かなかった経験から、地上戦に持ち込むつもりだろう。


「――こんのッ! こっち来なさいよ!」


 だが、ことはそう上手く運ばない。

 アシュリーが誘導するが、そもそも相手にとって危険度の低い牽制だ。

 ドラゴン側は高度を上下させているが、地上に近づこうとはしない。まるでこっちが地上に降ろしたがっているのを理解しているようだ。

 あるいは、捕食者が獲物をいたぶるように、遊んでいるのか。


 くそ、そう簡単につきあっちゃくれないか!


 やがて、途切れない弾幕にじれたように、不意にドラゴンが上昇した。

 巨大な翼をはためかせ、こちらを見下ろしながら領主軍の頭上に滞空する。


「あれは――?」

「いかん!」


 ギルマスが、空を仰ぎながら表情を変えた。

 火炎のブレスか!

 こっちの抵抗に焦れて、動きを止めるために一発叩き込む気だ!


 ドラゴンが、息を吸い込むように大きく口を開ける。


「総員、壁に隠れろ! 燃やされるぞ!」


 俺たちは街壁に身を隠せる。が、街道に展開した領主軍はそうはいかない。

 あの吐息が一度放たれれば、誰かが死ぬ。

 兵士たちが。

 誰かのために覚悟を決めて戦場に出た人たちが、また――



「やめろぉぉぉぉぉ――――――っっッ!!」



 なすすべも無く、焼き殺される!


『――夜空の星を()とすことを、貴方は望むか?』


 街壁に身を乗り出した俺の耳に、誰かの声が聞こえた。 









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