襲来する巨竜
トリクスの街には警戒令が発令された。
住民たちに『ドラゴン』の存在が告知され、山脈とは反対の方向にある近隣の街へと避難するよう、代官を経て領主からの指示が広められた。
それと同時に街に入ってきた領主軍が先導し、避難誘導を行う。領主軍がこの街にいる、その存在自体が事態の深刻さを裏付け、トリクスの住民は蜂の巣をつついたような騒ぎの中で、出立の準備を始めていた。
残るのはギルドに所属した冒険者たち。
防衛戦力として街壁に配置された領主軍や、街中での避難誘導。治安維持の手伝いなんかをギルマスの号令の元、団結してやっている。
冒険者たちは基本的に独立独歩の個人主義。こうして大規模に連携することは珍しいそうだが、今回のようなギルド主導の大規模依頼ではときたま起こりえるらしい。
MMOで言う、集団攻略だな。
街はドラゴン騒ぎ一色で、普段の仕事なんて誰もしてない。
俺はと言えば、例に漏れず治癒術士はお休み。
領主軍の残存兵の皆さんが陣取っている街壁に、矢玉なんかの戦略物資を運び込む人足のお手伝いだ。
こういうときは、慣れ親しんだゴブリンズが人手として役に立つ。
「街壁の上まで持ってくぞー。無理せず二人一組で箱抱えろよー」
「グギャ」
先頭を行く俺の号令に、後に続いて街壁の階段を昇るゴブリンズが、キリッとした顔で応えてくれる。
この非常時に野良のモンスターと間違えられて騒ぎになるのは勘弁なので、ゴブリンズには召喚獣とわかるように、頭にバンダナ代わりの布を巻いて貰っている。
バンダナって言うと格好良さそうだけど、これ、お掃除用の三角巾だよな。
あと、一人ねじりはちまきにして何言っても「テヤンデェ!」って答えてる奴はどこでその江戸っ子弁覚えてきた。ゴブリンなのにしゃべれるのか? 一言だけだけど。
街壁の上は、いわゆる胸壁だ。
櫛の歯のように、狭間と呼ばれる隙間から弓や投擲物を射かけられるようになっている。
そこから、街の外の山脈を眺めている人たちがいた。
「……何だ、そのゴブリンたちは? 言うことを聞いているのか?」
「きみは……」
上級騎士の二人だ。
確か、アランとアスタル。ドルイドの剣士とゴツい弓を撃つ弓士の二人だ。
狼獣人の上級騎士は、今はいないらしい。
俺は会釈し、抱えていた物資の箱を胸壁のそばに下ろす。
「ども。こいつらは、俺の召喚獣です。俺の本業は召喚術士なもんで」
「治癒術士じゃなかったのか?」
「回復魔術も使えます。代わりに、俺自身は攻撃力なんて無いですけど」
俺に続いていたゴブリンたちが、次々と荷物を下ろしていく。
「グギャギャ」
「グギャ」
「テヤンデェ!」
「六匹も使役できるのか……しかし、護衛役としては心許ないな」
「これでも頼れる奴らですよ。――まぁ、戦場でも雑用くらいはできます」
荷物を運び終えたゴブリンズが整列し、敬礼する。
いやだから、ねじりはちまきくん。腕をまくろうとしても、お前袖のある服着てないだろ。
「そんじゃ、もうちょっと運び込む荷物があるんで、失礼します」
「――待ってくれ」
立ち去ろうとしたら、剣士のドルイドさんに呼び止められた。
剣士のアランさんは、俺に向かって小さく頭を下げてくる。
「礼を言いたかった。きみが、率先してこの防衛任務に参加してくれたおかげで、冒険者たちの助力が得られたと聞いている。ありがとう」
「どうなんでしょうね? 真っ先に助力を決めたのはギルドだし、他の冒険者も、俺が言ったと言うよりはナトレイアみたいな強い奴が名乗りを上げたから、くっついて参加することに決めた気もしますし」
「それでも、防衛の配置に着きながら避難誘導の人手が得られたのはありがたい。避難民たちにも、冒険者たちが護衛についてくれるようだしね」
防衛任務に就かなかった不参加者たちは、避難民の道中を護衛しながら一緒に隣の街に避難することになっている。
まぁ、それだって必要な役割だ。表立って戦うことを選ばなかったとしても、それでも街の人たちを守ってくれようとしてるのは、立派だと俺も思うよ。
「まぁ、やれるだけは手伝わしてもらいますよ」
「心強いな。だが、心配しないでくれ――助力してくれる冒険者たちも、領民には変わりない」
「領民を守るのが、僕たち騎士や領主軍の役目ですからね」
その声音に、俺は小首をかしげた。
二人は、そんな俺を見て、ふっと揃って微笑む。
「――死ぬのは我々、騎士だ」
一瞬、言葉を失う。
喰われる覚悟を決めてるのか。街の人たちを、領民を逃がすために。
胸壁の上を見渡すと、配置に着いていた兵士たちも皆、背中越しにこっちを振り返って敬礼していた。
どいつもこいつも。
「困りますよ、皆さん」
まともに顔も見られねぇよ。
「皆さんが喰われちまったら、誰がこれから領民守るんです。死んだりしないで、生きて守り続けてくれないと困りますよ」
俺の言葉に、上級騎士の二人はきょとりと目を丸めた後、揃って噴き出した。
「違いない。言われてしまったな、アスタル」
「なんとか追っ払ってみましょうか。人間を喰うのは割に合わない、とでも思ってもらえたら御の字ですね、アラン」
そう言って快活に笑う二人。
「アラン指揮官! クルート斥候隊長が帰還されました!」
そのとき、兵士の一人が報告した。兵士の指し示す先を、アランとアスタルと三人、胸壁から見下ろして確認する。
街道に馬を走らせて、こちらへ向かってくる狼獣人の騎士の姿が見えた。
狼獣人の騎士は、馬上から声を張り上げる。
「総員、準備しろ! 来るぞ! ――『竜』が動き出した!」
どうやら、狼獣人の上級騎士、クルートはドラゴンの監視を行っていたらしい。
『敏捷』『探知』と、デルムッドと同じこの組み合わせは、敵の動向把握にもってこいだからな。
その監視役が、帰投した。
「来たか。いよいよだな」
「到着までどれほど余裕がありますかね」
二人の声が重なる。
「――いくか」
アランとアスタルが、全兵士に号令をかけた。
壁上からの援護を残し、街道に残存軍を展開させるようだ。
そこからは、時間との勝負だ。
薄くなった街壁上の守備を冒険者が担う。デルムッドを召喚し、手紙をくくりつけてギルドに先行させて冒険者を招集する。
やがて、冒険者たちの布陣が終わる頃、『それ』は姿を見せた。
遙か彼方の山脈から。
縮尺の大きな巨体と、その体格に倍する巨大な翼膜を、街道の空に広げて。
その怪物は、姿を現した。
――あれが、ドラゴン。
「全員、怯むな! 領主軍を援護するぞ!」
胸壁上に並ぶ冒険者たちを、ナトレイアとギルマスが鼓舞する。
冒険者たちの声が重なり、それが開戦の雄叫びとなった。
「「「おおおおおぉ――――ッ!」」」
「グルォオオオォォ――――――――――ッッッ!!!」
その雄叫びに応えるように、ドラゴンの咆吼が俺たちの腹の底を響かせる。
戦いが始まる。
決死行の兵士たちはもとより、ナトレイアの後ろに続く冒険者たちの士気も高い。
大地を揺るがす咆吼に、怖じ気づいた奴は一人もいない。
その中で、俺は一人、青ざめていた。
――『鑑定』。
ドラゴンの巨大な威容に、じゃない。
使用した『鑑定』の知らせる、その能力に、だ。
『ガラクラン山脈のドラゴン』
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『飛行』・関連する負傷を負っていない場合、地上からの直接攻撃を回避する。(『射撃』等は除く)
『甲殻3』
『火炎のブレス3』・広範囲に3点の炎の射撃を行う。
まずい。
まずいまずいまずい!
飛んでる? ブレスを吐く?
そんなものが問題なんじゃない。この化け物、なんて能力持ってやがる。
領主軍が、千人かかっても勝てねぇわけだ!
『甲殻3』――
――『3点』以下の攻撃を、無効化する。




