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戦士たちよ、起ち上がれ



 翌朝。

 ギルドの広間に集まる冒険者たちの前に、新たな依頼(クエスト)が交付された。


『ドラゴンの襲来から市民を避難させる間の、トリクスの街の防衛』


 近日中に高確率で想定される『ドラゴン』の襲来。

 それに伴う辺境伯軍の討伐失敗の事実は、トリクスの街の住民に一躍知れ渡った。


 トリクスの街は広大な辺境伯領の、街の一つに過ぎない。

 領主は辺境伯だが、本領はトリクスではなく、街の領主館には代官が封じられている。

 その数ある街の一つに、人知れず辺境伯軍の大部隊が立ち寄っていた。

 そして、その敗走により街が『ドラゴン』の襲撃を受けることになる。

 この事実に、集まった冒険者たちは震撼し、声を荒げる者もいた。


「ふざけんじゃねぇ! そんなもん、領主軍が『ドラゴン』をおびき寄せたようなもんじゃねぇか!」

「千人で勝てなかった化け物に立ち向かえってのかよ! あんまりだぜ、ギルマス!」


 広間に押し寄せる冒険者に向かい、老齢のギルドマスターは、目を伏せながら告げた。


「無論、希望者だけで良い。ドラゴンを討伐しろとも言わん。ただ、この件が市民に周知され、他の街に避難する時間を稼ぐだけでも我々が食い止めねばならんのだ!」


「そりゃ、冒険者だって傭兵みたいな仕事をするときはある! でも、これは軍隊の領分だろう!? なんで俺たちが!」


「防衛の主軸となるのは、領主軍の残存兵たちだ。我々はその指揮下に入って補佐することになる。避難したい者は、市民と一緒に避難してくれて構わない」


 実力に自信のない、新人冒険者たちは不安と不満の声を上げていた。

 森での調査を終えた帰還組の、ベテラン冒険者たちも何も言わない。

 それだけ厳しい戦いになると理解しているからだ。

 冒険者たちは組織に雇われる雇用者ではない。自分たちの腕で稼ぐ自営業者だ。保証は無く、自分たちの命は自分たちで守らなければならない。

 無謀な依頼に付き合って、命を落とす危険に身を投じるのは冒険者として失格だ。


 色々と考えちまう。

 ドラゴンはすでに結構な数の人間を喰っている。この街一つ分――いや、防衛戦力として残った兵数を喰わせるだけで休眠に就くかもしれない。

 ギルドからの依頼は、意地の悪い見方をすればその生け贄になれと言っているも同然だ。街から逃げれば、命を拾える公算は高いだろう。だから、市民は避難させる。

 街に残って喰われるよりは、ずっと現実的だ。


 でもよ。


「……俺は街に残るよ。残って、領主軍の人たちを支える」


 俺は、皆の前でギルマスに告げた。

 皆の視線が、一斉に俺に向く。隣のアシュリーも、表情をひそめていた。


「コタロー……」

「昨日、兵士たちのケガを治療した。誰も彼もボロボロだったよ。泥にまみれて、血にまみれて、炎のブレスで火傷した奴も多かった。ケガしてない人なんて、誰もいなかったよ」


「そんな戦力で、どうやってもう一度ドラゴンに立ち向かうってんだよ!」


 まだ少年と言える、若い冒険者が俺に噛みつく。

 そうだよな。その通りだ。


「ああ、そうだよな。でも――ドラゴンから、領民を守りたくて、人知れず、誰にも送り出されずに、戦ったことの無い巨大な化け物に向かっていった人たちだ。目の前で仲間を喰われて、自分たちも喰われそうになって、それでもまだ俺たちを守ろうとしてくれてる」


 それが兵士の仕事だ。それで金貰ってるからだ。

 それだけで全てが片付くなら、どんなに楽なんだろうな。


「怖ぇだろうな。俺だって怖いよ。立ち向かいたくなんて、ないだろうな。俺だって、そうしたいよ。誰だってそうだろ。――でも、誰にも知られなくても、誰にも守られなくても、あの人たちは命を懸けて、命を捨てて、前に出た。何でだ?」


 決して、大きな声では無い。

 けれど、ギルドの広間に、俺の声が通っていく。


「兵士だからだよ。領民を、人をドラゴンなんかの災害から守る仕事だからだよ。守りたくて、守るために、命を懸けたんだ。――街の人たちを不安にさせたくなくて、領民には何も知られずに出てって、人知れず喰われて、それでもまだ皆を守ろうとしてる」


 命を捨てて皆を守る誰かを。命を懸けて皆を想う誰かを。

 俺は、見捨てられるのか。


「支えるよ。俺にできることで、そんな人たちを支えたい。だって――」


 見捨てらんねぇよ。

 攻撃力0の俺だけど、俺に戦う力が無くても。腕力は無くても。




「俺にだって、男の意地があるからよ」




 誰も、何も言葉を発さなかった。

 その中で、呆れたような声があがる。


「仕方ないわね、付き合ったげるわよ。弓が効かなくても、人手はいるでしょ」

「アシュリー……」


 アシュリーは、片目を閉じて笑った。


「女にも、女の意地があんのよ? 冒険者の意地だってね」


 朗らかに軽く言う、その裏に秘められた彼女の心意気。

 ありがとう。この世界に来て、こいつには助けられてばっかりだ。


「ぼ、冒険者ギルドの職員は、全員残って皆さんを支援します!」

 受付から声を張り上げたのは、ファリナさんだ。

 両手を胸元で握り、ふんすと鼻息も荒い。

 その言葉を継ぐように、ギルマスが厳かに続けた。

「皆に命を懸けろというのに、我々が先に避難しては話にもならん。冒険者ギルドは、最後まで参加してくれる冒険者を支援する。これは、全職員からの総意だ。――もちろん、わしも戦場に出る」


 ギルマスは見るからに体格が良く、雰囲気からしても実戦経験者だ。

 後で『鑑定』してみよう。


「――ならば、私も参加しないわけにはいかないな」


 そう言って名乗り出たのは、ギルドの最強の一人。

 エルフの『剣姫』ナトレイアだった。

 彼女は腰に下げた剣を鞘ごと引き抜き、目の前に掲げる。


「戦わぬ職員が戦場に残るという。これまで世話になってきた非戦闘員にばかり戦いを任せるわけにはいかない。それに――モンスターの討伐は、冒険者の仕事だろう?」


 『最強』が名乗り出た。

 それを皮切りに、参加の意思を示す声があがっていく。


「我々『鋼鉄の盾』も参加する。治癒術士の補助が確約されているなら、盾役としてもやりやすいからな!」

 ジョアンさん。

 デルバーさん。

 ミリィさん。


「待て待て! 俺らだって参加するぜ! そんなひ弱い治癒術士の兄ちゃんに『男』を語られちゃ、ここで退いたら冒険者の名折れだ!」

 筋肉一号、二号、三号の筋肉軍団たち。

 お前ら……


「ナトレイアが参加するんなら、もしかしてドラゴンも倒せちまうんじゃないのか?」

「回復役が後ろに控えててくれるんなら、ケガしてもなんとかなるかもしんねぇ……」

「ギルマスが出るのかよ、あの人、昔は王都のギルドで名を上げてた豪傑だろ?」


 ざわめきは方向性を持ち、やがて一つの意志に収束していく。


「決まりだ。ファリナ、他の職員たちも動員して、ありったけの回復薬(ポーション)や矢束をかき集めろ! その他の魔術薬も、可及的速やかにだ!」


 ギルドマスターが物資補充の指示を出す。

 怯える者もいる。いざとなれば、逃げ出す者もいるだろう。声には出さず、無謀に挑む俺たちを馬鹿にする奴らだっている。けれど、


「この街を、市民たちを守るぞ! たかだか空を飛んで火を噴く程度のトカゲなぞに、我々の見知った人々を、一人たりとも喰わせるな!」


 ナトレイアの掲げた剣に向かって、冒険者たちの意志が集う。

 その場に居並ぶ冒険者たちは、一斉にその号令に応えた。



「「「――おうっ!!」」」



 トリクスの街の冒険者たちが、今、()ち上がる。 










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