上級騎士
街門の外には、金属鎧に身を包んだ兵士たちが野営していた。
だが、五体無傷の兵士は少なく見えた。
ほとんどが傷つき、あるいは疲弊し、血と泥にまみれて大地に座り込んでいた。
噂で聞いていた話では千人あまりの規模の出兵だったはずだが、どうも人数自体が少なく見える。
大規模な人数なので概観では確信は持てないが、半分ほどしか帰ってきてないんじゃないだろうか。
「これで……全部ですか?」
「そうだ。残りは竜に敗れた」
固い俺の声音に、ギルマスは淡々と答えた。
絶望を描いたような風景。
一言で表すなら、それだろう。
露天に満身創痍の兵士たちを、たった四人の治癒術士たちが治療して回っていた。
「エミリアさん!」
「あ、コタローさん!」
四人の内一人に、見知った顔を見つけた。
治療院で、俺に指導してくれたエミリアさんだ。
彼女は汗にまみれた顔で目の前の治療を終え、こちらに駆け出していく。
「助かりました、コタローさん! わたしたち四人だけじゃ手が足りなくてー……」
「準備します。重傷者から治療したいんですが、どこら辺がひどいですか?」
治療院の四人が全員、先に駆り出されてたんだな。
エミリアさんの話によると、一刻を争う重傷者はいないとのこと。
すでにエミリアさんたち四人が治療したか、あるいは、手遅れだった者もいて、残りは治療待ちの負傷兵だ。だが、火傷を負った兵と、数自体が多い。
「ギルマス、ちょっと時間をください」
念のため『鑑定』を数人にかける。
2/3、2/2、2/1、2/2……
スラム区の住人よりはスタッツが高いが、おおむね冒険者と変わらない。
これなら大丈夫だろう。
「数が多いが、治療できるか、コタロー?」
「問題ありませんよ、ギルマス」
あとは治療するだけだ。
******
『ベーシックヒール』
3:対象のHPを1点回復する。(関連する傷病を癒やす)
魔力を1回復する。
治癒術士さんたちの魔術を目にして、一般的な回復術カードも入手した。
こんなに効率が悪かったのか。『治癒の法術』は、スタートパックに入ってた中でもレアカードだったんだな。そりゃ回復チートできるわけだ。
数十人を回復したところで、設営された大型テントに俺だけ呼び出された。
なんでも、俺の治療速度を見て、『上級騎士』の治療を先に済ませることにしたようだ。
「失礼します」
大型テントの玄関幕をくぐり、中に入ると三人の騎士が待っていた。
低い歓声が響くと同時に、様子を確認。先に治療を受けたのか、血の汚れや火傷は残っているが、意識はしっかりしているし体力にも余裕があるようだ。
「すまんな、一般兵の治療にめどが立ったというので、こちらにも治療の続きを願い出た。応急手当はしてもらったのだが、火傷や傷などが残っていてうずくのでな」
「構いませんよ、表のひどいケガや火傷はあらかた治したので」
上役らしき、上等な装備の騎士に頭を下げ、治療を始める。
一度手当てしているだけあって、一回ずつの『治癒の法術』で完治したようだ。
休憩がてら、討伐の様子を聞き出しながら『鑑定』をかけてみる。
名前:アラン
種族:ドルイド
4/3
魔力:4/4
3:『ファイヤーボール』
名前:アスタル
種族:普通人
3/4
装備:『イクトラの剛弓』(・2点の射撃を行う)
名前:クルート
種族:狼獣人
3/4
・『敏捷』『探知』
スタッツが高い。
エルフの『剣姫』ナトレイアもそうだが、常人でHPか攻撃力が『4』を超えている奴は滅多にいない。あるいは、そこが常人と強者の壁なのかもしれない。
ステータスが世間に認識されている様子は無いが、実戦上、そこを超えている奴らが頭角を出す世の中なのかもしれないな。
俺もHPは7と破格だけど、攻撃力が皆無だからなぁ。
「――上級騎士ってのは、三人だけなんですか?」
「いいや、辺境伯様の住む領都防衛に残った騎士があと三人いるよ。今回の遠征は、辺境伯軍の半分を動員する、大規模なものだったんだがなぁ」
辺境伯とは、国境の開拓と防衛を担う大貴族だ。
その領軍ともなれば他国の侵略にも耐えうる規模なのだそうだが、同様の理由は、領内の問題に全力を費やせないという問題も出てくる。
常時、国境防衛のための戦力をある程度残さねばならないのだ。それが国から与えられた貴族としての役割であり、義務なのだから。
だが、数千人の兵士の中でも、上級騎士はたったの六人。
壁を超えた人間はそれだけ、希少なんだと言うことがわかる。
「ドラゴンは飛んでいるからね。弓兵の僕と魔法が使えるアラン、そして戦場把握に優れるクルートの三人が軍を率いることになったんだけど……参ったよ。致命傷どころか、一撃もまともに効いた様子がなかった」
やけに強そうな弓を装備した、アスタルという上級騎士が苦笑する。
「ドラゴンと戦うのは、よくあることなんですか?」
「モンスターは危険だから、大型も小型もよく討伐に向かうが。さすがに『ドラゴン』は初めてだな。ドラゴンはそう頻繁に住処を移動しない、辺境伯領の歴史でも初めての試みだったんじゃないか? 辺境伯閣下も、悩みに悩んで大軍を動員したわけだしな」
「これでも、兵数としては過去の大型モンスター討伐の三倍以上の数で当たったんですよ。まぁ……倒せませんでしたけどね」
油断は無かった、と。
「とにかく竜の鱗が堅すぎたな。あれは、弓矢ではどうにもならん。アスタルの弓が通じんならば、攻城兵器でも使わねばしとめられんだろうな」
だろうな。今まで見てきた兵士の大半が、HP2以下だ。『鑑定』で見た2点の射撃というのは、遠距離から鍛えた兵士の命を刈り取れる数値。
それを乱発しても倒せないなら、ドラゴンはどれだけのHPを持っているのか、ということになる。
語り口こそ軽いが、その雰囲気には抑えきれない気迫がにじみ出ている。俺から街の人間に不安が伝わらないよう、この場ではあえて緊迫を表に出さないようにしているのだろう。
「ありがとう、助かったよ。外にいる我々の部下もまた、頼めるか?」
「ええ、皆さんもお大事に。まだ無理はされないでください」
******
促されてテントの外に出ると、ギルマスが俺を待っていた。
「領軍が討伐に向かうためにこの街に寄ったのは、四日前だ。市井の無用な不安を誘わないよう、物資補給のみ行って旅立った。街壁の外で、人知れず、な」
表情が物語っている。
俺に仕事を頼みたいんだろう。
後日やがてやってくる、大きな戦いに備えて。
俺は、ギルマスに尋ねた。
「ドラゴンは、この街を襲うんですね」
「知っていたのか」
「アシュリーから……俺の仲間から聞きました。ドラゴンは、気に入ったエサを狩り続ける習性があると」
「討伐中、ドラゴンは兵士を餌食にした。そして……撤退中、『奴』は、逃げる兵士をブレスで焼き払わずに、わざわざ牙で襲いかかった」
喰うため、か。
気に入られたな。『人間』は。ドラゴンに。
「今は山脈に残った兵士の屍を貪っている頃だろう。それを喰い終われば……遠からず、この街に来ることは間違いない。そのときに、お前には後方支援を頼みたい、コタロー」
「喰い終わったら、満足して休眠に就くって可能性は無いんですか?」
「あるかもしれん。だが、無いかもしれん。休眠しなかった場合を考えずに、何も備えずにいることはできない。――次に喰われるのは、戦場の覚悟を決めた兵士では無く、この街に生きる市民だ」
それだけは看過することはできない。ギルマスは静かにそう言った。
「……勝算は?」
「ギルドから緊急依頼を発行する。せめて、市民を避難させる時間を稼がねばならん。冒険者たちの中から、防衛任務に参加してくれる者を募る」
間もなく、森の調査をしている冒険者たちも帰還する。
この街すべての、冒険者たちの力があれば。あるいは――?
冒険者ギルドを束ねる長は、ただ一言、覚悟を告げた。
「総力戦だ」




