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剣姫ナトレイア



 ドラゴンについての不穏な考察を終えた翌朝、ギルドは人でごった返していた。


「うお、なんだこの人の数?」

「ああ、治癒術士の兄ちゃんか」


 混み合う人の中、広間のテーブルに座っていた、いつぞやの筋肉三人組が俺とアシュリーの姿を見つけて声をかけてきた。

 笑いかけてくる筋肉一号に、俺は周囲の人混みに戸惑ったまま受け答える。


「よぅ、この間は悪かったな、兄ちゃん。どうした、出勤か?」

「あ、ああ。――ってか、この混み様はどうしたんだ?」

「まだ昼にもなってないのに、この時間にこんなに冒険者がいるのは珍しいわね」


 そう。時刻はまだ朝を少し過ぎた辺り。

 どうせ午前中は冒険者は仕事に出かけるばかりで、治癒術士の俺とその護衛のアシュリーには仕事がないので、遅めに出てきたのだ。

 だというのに、ギルドには普段見かけないほどの人数が、手持ち無沙汰に詰めている。


 その疑問に、筋肉二号と三号が答えてくれた。


「ああ、そりゃ森に立ち入れなくなったからだよ」

「なんでも森の調査とかで、通常の狩りの発注が全部止まって、立ち入り禁止になったのさ。今ここにいるのは、朝それを聞かされて行くところがなくなった連中ってわけだ」


 ああ、そういえば森を立ち入り禁止にして調査するってファリナさんが言ってたっけ。

 仕事が早いな、昨日の今日でもう準備したのか。


「狩り場は森だけじゃないでしょ?」

「そうは言うがな、アシュリーの姉ちゃん。狩猟依頼や討伐依頼の数は増えてないんだ。元からその区域で狩りをしてる連中が、先に持ってっちまったよ。俺たちも、勝手のわからない狩りに挑んでケガするわけにもいかないしな」


 と、筋肉一号。

 まぁ、そりゃそうか。普段挑まない他人の領分に無理して挑むくらいなら、他の割のいい、安全な街中の依頼でも探すわな。

 モンスターだって木石じゃない、きちんと対処を把握してなきゃ狩る側がケガをすることだって大いにあり得る。


「……で、今は街中の雑用依頼が追加で掲示板に貼られないか、みんな待ちぼうけってこった。中には持ち込んだ酒で酒盛りしながら待ってる連中もいる」


 見ると、その辺に酒杯らしきものを酌み交わす連中もいくらか。

 うーん、荒くれ者、というか近代海外の労働者だねぇ。

 手に持ってるのが蒸留酒入りのスキットルじゃないだけマシか。

 この世界に、蒸留酒とかスキットルとか無いのかな?


「そりゃ災難だったな、お兄さんら。――そういう俺も、こりゃケガ人は出ないかな? 今日は仕事はなさそうだ」


「そうでもないと思うぞ、コタロー」


 肩をすくめていると、背後から声がかかった。


「よ、兄ちゃん。昨日は助かったよ」

「コタローさん。ありがとうございました」


 ジョアンさん、デルバーさん、ミリィさんの三人パーティ『鋼鉄の炎』の面々だ。

 まるで今から狩りに赴くかのように完全武装でいる。


「ああジョアンさん。お元気そうで」


 顔見知りの姿に、足下のデルムッドも「わふっ」と吠える。


「あれ、ジョアン。その装備……あなたたちは何か依頼を受けてるの?」

「ああ、アシュリー。森の中の調査依頼だ。ギルドからいくつかのパーティに合同で依頼が発注されてな。物資の準備ができたから、もうすぐ森に向かうところだ」


 そうか、調査するって言ったら冒険者に調査を発注するのか。そりゃそうだ。

 元締めのギルドから発注される中に入るなんて、さすが『鋼鉄の炎』は実績豊富なベテランパーティってことか。


「え、ジョアンさん、もしかして俺も調査についてくのか? 何も聞いてないんだけど」

「いや、コタローは貴重なギルド付きの治癒術士だからな。本部待機だろう、俺たち調査組の帰還を待って、ケガがあれば治してもらうことになると思う」


「そうね、未知の危険に向かわせてコタローに何かあったら大損だし。妥当な判断かもね」


 アシュリーが納得したようにうなずいている。

 俺としては盾職の人たちに守られながら狩りができるなら、それも悪くないんだが……

 足手まといになるのは微妙だな。アシュリーとならともかく、初めての人たち大勢と組んだら、俺の召喚したアバターに間違って攻撃する人もいるかもしれないし。


「この混雑は仕事にあぶれた連中だけじゃないぜ。待機してる調査班の面々もある程度混じってるんだ。見ろ、あいつなんかまさにそうだな」


 『鋼鉄の炎』の斥候、デルバーさんの指し示す方向を見ると、意外な姿があった。

 女性だ。

 俺とあまり変わらないくらいに見える年齢の女性冒険者。

 だというのに、その背には背丈ほどもありそうな分厚い長剣が背負われていた。

 誰もが振り返る整った美貌には不似合いな、豪快な武器だ。


 だが、俺が驚いたのは、美貌や武器だけじゃない。

 人よりも長くとがった、その両耳だ。


「エルフ!?」

「ああ、知ってるのか、コタロー。そう、彼女はこのトリクスの街で唯一のエルフの冒険者だ。長命なエルフ種は修練に常人よりも長い時間をかけられる。彼女は、強いぞ」


 この世界にもエルフがいたのか。初めて見た。


 強力な冒険者だというエルフの美女は目立っていたが、遠巻きな周囲の視線を意にも介さぬように冷徹な視線で、調査の呼集を待っている。


「『剣姫』ナトレイア。このギルドの最強の一角だよ。俺たち冒険者に区分けはないが……騎士風に言うなら、『上級冒険者』ってとこだな」


 騎士には『上級』『中級』なんかの区分けがあるんだっけ。

 ジョアンさんの言葉を聞くのもそこそこに、『鑑定』をかけてみる。



名前:ナトレイア

種族:エルフ

2/4

魔力:3/3

2:『精霊の一撃』・三十秒間、自身のステータスに+X/+0の修正を加える。Xは自身の攻撃力に等しい。



 なるほど、特殊能力持ちか。

 この『精霊の一撃』、要するに一定時間、自身の攻撃力が倍になる効果だ。

 エルフにしては脳筋な能力な気もするけど、馬鹿にしたもんじゃない。発動中の攻撃力は4、つまり森の主を瞬殺したトルトゥーラと同じスタッツ(ステータス) になれるわけだ。

 生身で伝説の一つ(トルトゥーラ)と同じか、考えただけで身震いがするな。


 そんなことを考えていると、ナトレイアの視線がこちらを向いた。


 彼女は何を考えたのか、そのまま俺を見つめながらこちらに歩いて行く。

 相変わらず冷たい表情のまま、彼女は俺に語りかけてきた。


「きみが、噂のギルド付きの治癒術士か。新人なのに、大した腕らしいな」


「あー、ども。コタローです」


 一方的に俺のこと知られてんのか?

 って、この間のギルドでの大人数治療のせいか。


「ギルドに所属する冒険者の一人、ナトレイアという。腕のいい治癒術士がギルドに詰めてくれるのは心強い。もしものときは、私も頼りにさせてもらうよ」


 そう言うと、ナトレイアの表情がふっと柔らかくほころぶ。

 何だ、冷たいばっかじゃないんじゃん。

 しかし、ここまでの美人さんに微笑まれるのは、胸にクルものがあるな。思わず緊張しちまう。


「経験は少ないが、仕事があれば真面目に当たらせてもらうよ。……にしても、噂になってるってのはちょっと面倒だな」


「うん? 自覚がなかったのか?」


「治してるときは夢中だったもんで。腕力の方はからっきしなんで、目立ちすぎて変なもめ事に巻き込まれたくはないかな」


 俺の言葉に、ナトレイアだけでなく、周囲の鋼鉄の炎、筋肉軍団たちまでもがきょとんと呆けた顔をした。


 アシュリーが、呆れたように頭を抱えている。


「何言ってんのよ、コタロー。あんたの腕を考えたら、冒険者ギルドが最優先で守ってくれるわよ。専属の治癒術士なんて財宝並みに貴重なもの、ギルドがちょっとでも失う危険を見過ごすわけないでしょ?」

「え、マジか、アシュリー!? 俺っていつの間にか保護対象なの!?」


 知らぬ間に後ろ盾をゲットしていた! やった!

 ギルドがどの程度の権威なのかは知らんけど。


 俺たちのやりとりがおかしかったらしく、不意にナトレイアが噴き出した。


「くっ、あははは! そうだな、コタロー。きみが犯罪などに走らない限り、我々ギルドの冒険者は皆、きみを守るだろう。それだけきみは、皆の安全を背負い、皆から期待されているのだよ」


 もちろん私もね、と彼女は付け加える。

 何だろうな。

 何だって、冒険者って人種はみんなこんなにいい人たちばっかなんだろうな。



 思わず、日本の仲間たちを思い出しちまったよ。



「ありがとな。あんたらも、死ぬような無理はしないでくれよ。生きててくれたら、俺もなんとか力の限りがんばってみるからさ」


 そんな返事に、ナトレイアは上機嫌で、手を振りながら人混みの中に戻っていった。







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