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ドラゴンクライシス



「大型の飛行種、いわゆるフレアドラゴンと呼ばれる種類ですね。――特級の危険指定生物で、領内で存在が確認および予測された場合、治安維持のために速やかに排除されなくてはなりません」


 ファリナさんは、淡々と続けた。


「この情報は数日前から入っていて、間もなく、トリクスの街を擁する領主、辺境伯様が討伐軍を編成して退治しに行くことになっています」


「戦力は?」


「辺境伯軍から千人。上級騎士が数人と、治癒術士が二人従軍することになっています」


「充分な戦力だな。竜の鱗に刃が立つかどうかが問題だが……」


 千人の軍隊。

 たった一匹に対して、それだけの兵数を必要とするほど『ドラゴン』ってのは強力なモンスターなのか。

 災害級魔獣ってアシュリーが言ってたもんな。


 一度見てみたかった気もするが……領主軍が出るんなら、その機会も無いか。


「あくまで推測の段階ですから、目ざとい冒険者は森を避けていたんですが……『鋼鉄の炎』の報告ですと無視できません。大事を取って若手や実力の低い冒険者には森に立ち入ることを禁止した方が良さそうですね」

「最低限、立ち入る場合は解毒薬は持っていった方が良いわね」

「待て待て、アシュリー。生息区域が変わっているだけなら、熟練冒険者に依頼を出して駆除するのはどうだ? 数も減るだろう」


 ファリナさんとアシュリー、ジョアンさんが対策を話し合っている。

 こういうとき、駆け出し冒険者の俺は蚊帳の外だ。


 結局、ドラゴンの討伐が終わるまでは森の生態が変わり続ける可能性があるので、迂闊な立ち入りは控えようという話でまとまった。


「やれやれ、普段と違う縄張りに踏み込んだら、いきなりこれだ。コタロー……だっけかな? 本当に助かったよ。恩に着る」


 デルバーさんが、本当に疲れたという感じで俺の肩を叩いてくる。


「デルバーさん、皆さんは普段は別のところで狩ってるんですか?」

「そうだよ。ジョアンの盾には毒が効かないからな。別のところでポイズンバイパーやアサシンメイビスなんかを間引きすることが多いんだけどな……実入りが悪いってんで、欲を出したらこのザマだ」


 そりゃそうか。

 ジョアンさんの盾はキラーアントの『甲殻1』と同じだ。

 毒が効かないんじゃなくて、毒持ちの1の攻撃力を無効化できるんだろう。

 ただ、ポイズンバイパーはそんなに買取が高くない。肉がまずい上に毒があるからだ。売れるのは、血清や薄めて鎮痛剤などなどの原料になる毒腺くらいだとか。

 アサシンメイビスとやらも、毒持ちのツグミなら買取事情は同じだろう。


「それは災難でしたね」

「まぁな。でも、これも何かの縁だ。困ったときには声をかけてくれ! 借りは必ず返すからよ!」


 そういって笑顔を見せるデルバーさんの隣で、ミリィもぺこりと頭を下げる。

 ジョアンさんとも握手をして、俺たちは『鋼鉄の炎』の面々と別れて自分の宿に帰った。



*******



「なぁ、アシュリー。ドラゴンって、具体的にどのくらい厄介なんだ?」


 宿に帰った後は、アシュリーと報酬の分配を行うことにした。

 そのついでに、ギルドで話題に出た『ドラゴン』について詳しく訪ねてみる。

 アシュリーは弓の手入れをしながら答えてくれる。


「そうね。治療院でも話したと思うけど、とにかく強いわ。まず空を飛んで、普通の武器だと攻撃が届かない。なのに、竜の鱗は生半可な武器は通さないから、弓なんかもほとんど通じないわ。――それでいて、空から高温の火炎を吐き散らしてくる」


 まるで地球の装甲戦車が空飛んで襲いかかってくるみたいだな。

 その頑健さを想像して、俺はぞっと身をすくめた。


「さらに、強力なのはその巨体よ。力自体も強いし、重たく大きな尻尾を振り回されるだけで人なんて簡単に潰れるわ。爪や牙は加工すると一級品の武具になる強度を持ってるから……完全武装の巨大重装兵が、空を飛んで強力な火炎魔術を放ってくるようなものね」


「非の打ち所がないな。何だその最強生物」


 生物としてのあまりのオーバースペックさに、思わず呆れ声が出る。


「ドラゴンって一口に言っても色々種類があるけどね。この世で最強の生物は何かって議論になったら、竜種は必ず候補の一角にあげられるくらいよ?」


 何気ないアシュリーの言葉に、腕を組んで考え込む。

 うーん。カードゲーマーとしては、正直なところを言えば。

 欲しい。

 是非とも手札に一枚は欲しい強力モンスターだ。蒐集欲をそそられるし、何よりファンタジーの代名詞ともいえる存在に憧れる。


 だが、そのためにはまず何より、カード化するために討伐しなくてはならない。

 自分のアバターか装備品でしとめる必要があるのだが、今の戦力じゃ無理ゲーだ。


「森の主を倒した、あんたの黒い召喚獣くらいなら竜の鱗も抜けるんじゃないの?」


「どうだろう? 飛んでる相手には、たぶんトルトゥーラの爪も届かなさそうだ。ゴブリンアサシンの『奇襲』なら飛んでても襲えるけど、素の威力自体が低いから鱗を通せないだろうし」


 便利で強力な『奇襲』能力なんだが、あくまで「相手に襲いかかった位置に召喚できる」だけだからな。残念ながら、召喚時の初期装備……つまり、カードの基本攻撃力でしか攻撃できない。

 森での鹿の角みたいな道具とか、他の装備品で威力を底上げできない、って欠点がある。


 手詰まりだ。


「……なるべくなら遭いたくねぇなぁ」


「誰だってそうよ。でも、竜種は基本的に自分の住処から離れないからね。一生遭わない人の方が多いわよ」


「縄張り意識が強い習性なのか?」


「というより、エサにこだわるらしいわ。詳しくは知らないけど、気に入ったエサの味を覚えるとそればかり狩るようになるから。そのエサの群生地から離れないんだって。お腹が満たされると、結構な期間の休眠に入るらしいし」


 あたしたちがやりあうことはないわよ、とアシュリーは他人事のようにつぶやいた。

 なるほどね、エサ目当てで住処を決めるのか。

 とんだグルメなモンスターだな。

 逆に言えば、好みのエサのいる場所以外には現れない、と。


 ……そこまで考えて、嫌な可能性に思い当たった。


「ちょっと待て。――確か領主軍が討伐に出るって話だよな?」

「そうね。竜に対抗できるように上級騎士も数を出すらしいから、安心じゃない?」


 もしも。もしも、だ。

 つかの間、わずかな沈黙が部屋を満たす。

 俺は、恐る恐るアシュリーにその可能性を尋ねた。


「……もしも討伐軍が逆に食われて、ドラゴンが『人間の味』を覚えちまったら、どうなるんだ?」


 アシュリーの、弓の手入れをする手が止まる。

 その表情は、森の中でモンスターに遭遇したときの何倍も、緊張に強ばっていた。


 もし、ドラゴンが『人間』の味を気に入ってしまったら。

 気に入った『エサ』を求めて、人間の多く住まう場所――人里を襲う可能性もある。

 そして、人の多く集まる場所の中で、ドラゴンの住処から一番近いのは?



「……藪をつついて蛇を出す、なんてことにならなきゃいいけどな」



 予測的に当たって欲しくない、元の世界のことわざを口にするしかなかった。







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