アシュリーの腕前
森の中を行くうちに、それなりに陣形が組みあがってきた。
デルムッドを中心に、正面と左右の三方をハウンドウルフが哨戒。
残りの一頭とゴブリンが俺たちの護衛、と言う形だ。
けれど、正直ウルフ四頭は多すぎた。今のフォーメーションだと三頭で良い。
「なぁ、アシュリー。これ試してみないか?」
俺がウルフを戻して呼び出したのは、とあるカードだ。
『木の弓矢』
1:装備品:対象に1点の射撃を行う。
「弓矢? コタロー、こんなものも召喚できるの?」
「まぁな。今のところ、これだけだけど」
そう、スキル『装備品召喚』の装備、『木の弓矢』だ。
アバター召喚とスペル使用は試したので、今度はこっちのスキルも試しておきたい。
弓矢を手渡されたアシュリーは、自分のものと比べて深く唸った。
「良い弓矢ね。あたしの愛用のものと比べても、良く出来てるみたい。これ、使っていいの?」
尋ねるアシュリーに、俺はおうと頷いた。
貴重な召喚枠を消費してしまう装備品召喚だが、その分大きな利点もある。
なんと矢が無限に現れるのだ。
使った分の矢が自動で矢筒に補給され、矢玉切れの心配が無い。
「すごい! これなら、矢の消耗を考えずに撃てるわ!」
当たり前だが、矢は消耗品だ。
打ち損じでどこかに飛んで失くすのはもちろん、矢軸が折れたり矢尻が回収できなければ、その分数を減らしていく。
飛び道具は金食い虫な武器なのだ。
失くした矢を補給するにも金がかかるので、弓をメイン武器にするアシュリーは普段、矢の使いどころを考えて大切に使っていた。
その矢が、失くしても失くしても使い放題となればどうなるか。
「デルムッド! 獲物の気配を見つけたらあたしに知らせて! コタロー、悪いけどあんたの出番無いわよ! あたしが全部しとめるからね!」
無限の弓矢というチート武器を手にしたアシュリーは、哨戒のウルフから獲物の存在を知らされるや否や、ためらい無く遠距離からの狙撃を行うようになった。
「ボアオークを見つけたらしいぞ、アシュリー。こいつは体力が高いから、用心――」
「大丈夫!」
片手で矢を三本つがえたアシュリーは、木々の向こうにボアオークの姿が見えたと同時に、それを放った。
結果は命中。
攻撃力1の射撃とはいえ、三発同時に急所を射抜かれ、ボアオークは木々の向こうで出会いがしらに絶命していた。たぶん、こっちに気づいてもいなかったろう。
「す、すげ……」
「矢が尽きる心配が無いから、思い切り撃てて良いわね!」
障害物のある森の中を、遠距離から三発同時に命中させた。
アシュリーいわく、矢を無駄にしないために森の弓使いは必然的に弓の腕前が上がるということ。
それにしたって、木々の隙間を縫って同時射撃して、全部命中させるってどんな腕前だよ。現代世界だと、アーチェリーでもこんなことできる奴は滅多にいないぞ。
「いやー、召喚した弓じゃなかったら、こんなに思い切りよく撃てないわね。手元が狂って木にでも当てようものなら、矢尻が抜けなくて矢がダメになることもあるし!」
「け、結構なお手前で……」
冒険者すごい。
その後もアシュリーは、使い放題の矢に気をよくして見かけた獲物を片っ端からしとめていった。
距離があってもなんのその、一射一殺だよ。どこのゴルゴだお前。
コストというタガの外れたアシュリーは、俺の認識以上に凄腕の狩人だったということが判明した。
その後、短時間で獲物を乱獲した俺たちはとりあえず小休止。
デルムッドやハウンドウルフたちに鹿肉を与えながら、俺たちも宿屋で作ってもらった食事を摂っている。
一足先に食事を終えたアシュリーは、暇つぶしにゴブリンに弓矢を教えていた。
「ゴブちゃんが弓使えたら、あんたの助けになるかもしれないからね、コタロー」
「そりゃありがたいな」
一応、遠距離攻撃はプチサラマンダーがいるんだが。
魔力も必要で連射できないし、森の中では火が使いづらいので、ゴブリンが弓を使えるようになるのはいいかもしれない。
召喚枠を二つ使うのは難点だが、アバターと装備品の組み合わせは良さそうだな。
その後もデルムッドたちの包囲網と、必中のアシュリーの組み合わせで瞬く間に獲物の山が積み上がっていく。
途中、樹上からハグレらしき大蛇が現れたが、アシュリーの矢に蜂の巣にされた。
「おっと、これは……」
「どうしたの、コタロー?」
アシュリーには見えていないが、倒した毒蛇がカード化した。
『ポイズンバイパー』
2:1/2
『有毒1』(このアバターは毒攻撃が可能になる。毒を受けた対象は、時間経過でHPを1ずつ失う)
なるほど。
これが『解毒』スペルに対応する『有毒』スキルか。
能力としてはブラッドオーガの『高速再生』の反対だな。あれは自動でHPが回復するが、こっちは減っていく。
たぶん、三十秒ごとに数字の分だけHPが減っていくんだろう。
常人のHPが1から3くらいだと考えると、即死クラスに凶悪だが、スペル『解毒』を持ってる俺にはそこまで脅威ではない。
特殊能力は戦術の幅が広がるので、むしろ美味しいカードをゲットできた。
「にしても、やっぱり狩りを続けた方が良さそうだな」
俺はカードを回収しながら、小さくつぶやいた。
この毒蛇は、デルムッドたちがしとめたものではなくアシュリーの矢が倒した獲物だ。なのにカード化した。
『カード化』は俺の持つスキルだ。
アバターではなく他人であるアシュリーの倒した獲物までがカード化された、ということは、カードで召喚した『木の弓矢』――装備品を使っても収穫を得られるということだろう。
階位の上がる条件は不明だが、少なくとも何度使っても変化や手応えの無かったスペル使用よりも。新カードか、あるとすれば経験値らしきものを集めることに意味があるのかもしれない。
すべては憶測だが、たぶん、そう的外れではないだろうという予感があった。
「どうかしたの、コタロー?」
「いや……とりあえず、この毒蛇も召喚できるようになった。毒攻撃ができるみたいだから、しぶとい相手には試してみよう」
追求を場当たりに避け、アシュリーたちの後ろをついていく。
うっすらと、心当たりはある――
俺の中に眠る、トルトゥーラたち幾多の『伝説』。
彼らは俺の窮地に手を貸すことでこの世に蘇る、と言っていた。
それらの神格たちを開放することが位階を上げることにつながるか、もしくは位階を上げる経験に出会うことで新しい『伝説』のカードが開放されるのか。
どのみち、位階は自身の窮地と何らかの関連性がありそうだ。
「おいおいおい……俺、生きて日本に帰れんのか……?」
イヤ過ぎる可能性に考えが至り、俺は思わずつぶやいた。
どうか、五体満足で日本に帰れますよーに!




