冒険者を治療せよ
患者が歩いて小屋に来る余裕があったスラム区域の治療とは、話が違う。
何人かは腹を食い破られて出血がヤバそうな冒険者もいる。時間が無い、『解毒』は後回しだ、とりあえず『治癒の法術』だけを使う。
それなら、三十秒で一人救える。
俺の『治癒の法術』は一般人なら全快するだけの効果がある。
たとえ極端にHPの高い冒険者でも、一度使えば多少は持つ程度には回復できるだろう。そう考え、まずは重傷者に一度ずつ『治癒の法術』を使用することにした。
まず最初に二人。それからは、三十秒に一人しか回復できない。
早く、早く、と求める患者の仲間たちの声に急かされながら、俺は一人ずつ怪我を治していた。
三十秒が長い。
まだか、と思う間にもケガ人の血は流れ出続けている。
「おい! そんな駆け出しの傷を治す前に俺を治療しろ! 腕から言って俺の方が優先されるべきだろっ!」
「デルムッド。制圧しろ」
一声鳴いて飛び掛るデルムッド。
空気の読めない横暴を振りかざすバカは、デルムッドに強制的に静かにさせることにした。重傷患者の方が先だ、アホったれ。
十分もしないうちに、一刻を争うような重傷者には応急手当ができた。
2点の回復はやはり強力らしく、どいつも危篤寸前から軽傷程度までに回復した。
こうなると、この人たちの順番は後回しになる。
まだ回復を受けてない奴を先に治療しなければならないからだ。
三十秒に一回の魔力切れが連続して、猛烈に気分が悪くなる。
一回一回は慣れている魔力切れだが、こうもインターバルが短い連続使用だと、ケガのグロテスクさもあってさすがに吐きそうだ。
吐き気を無理やりこらえて、出血の多い奴を優先的に回復させる。
傷病を癒すという『治癒の法術』のテキストだが、たぶん失くした血までは回復できない。骨折や打撲は後回しだ。
ギルドの職員やアシュリーたち無事な冒険者が協力してくれたので、ケガ人を整列させてゆっくりと診ることが出来るようになった。
こうなると、『解毒』も併用したほうが良い。
緊急事態で忘れていたけど、ファリナさんが治療希望者から金貨一枚を徴収してくれていた。危うくタダ働きになりかねなかったから、ありがたいな。
もう、慌てる必要は無い。
重傷者も軽傷者も、先に治せと騒いだアホも、みんなを治せる余裕が出来た。
時間をかけて、俺は希望する冒険者たち全員に『解毒』と『治癒の法術』をかけていった。
*****
「お疲れ様でした、コタローさん。この度は本当にありがとうございます」
「いや、急だったんでびっくりしましたよ。何とかなって本当に良かった」
あらかた治療し終わって一息ついた頃、ファリナさんが俺を労いに来てくれた。
「今回のことは、緊急依頼としてギルドからコタローさんに報酬が出るように手続きしますね。事務処理はこれからなので、前後しちゃうんですけど……」
「いや、いいですよ。料金徴収してくれたし、その手間賃ってことで。――だって、治療費持ってない冒険者にも、ギルドが金貸してたでしょ? ちゃんと回収できるかわかんないじゃないですか」
治療費は一人最大で金貨一枚。日本円にして十万円だ。
そんな金を持ってない冒険者もいただろうに、ほとんど全員が治療に来た。たぶん非常事態ってことでギルドからの借金という形になるんだろうけど、それでもギルドの金庫にはちょっとした負担だろう。
今回の治療費は総額で金貨五十八枚。俺の取り分は五百八十万円だ。充分すぎるほど稼いでいる。
それに、この大量のケガ人が第一陣で、まだ仕事が増える可能性もないわけじゃない。
「はは、今は金より休憩が欲しいですね」
「はい、たっぷり休んでください。まだ顔色が青いですよ、コタローさんが倒れちゃ元も子もありません」
それにしても、今回のようなことがまだ一度は起こるかもしれないな。
「ファリナさん、今回みたいな大量の負傷者が出た場合、ギルドでトリアージできるようにしておいて欲しいんですけど」
「とりあーじ、ですか?」
目を瞬かせるファリナさん。初めて聞いた単語なんだろう。
「傷病深度選別。ケガや症状の重い人と軽い人を段階的に振り分けて、ケガの重い集団から優先的に緊急治療できるようにする準備のことです」
救急外来や大規模災害、戦地などで行われる手順だな。
今回は三十秒間強制的にタイムラグが空くので、その時間で重傷者を探したけど。
途中で割り込んでくるバカもいたし、ギルドで音頭を取って治療の優先順位を振り分けてくれると、もっとすんなり治療できるはずだ。
「それはいいですね、取り入れてみましょう。上司に打診してみます」
「俺の国だと結果を出してる方法ですから。たぶん死者は少なくなりますよ」
今回はなんとか死者を出さずに済んだ。
いくら治癒術が使えても死人には効果ないからな。
なんとか次回以降も、被害を少なくしたい。
魔術っていう即時的な治療ができるなら、地球以上に手遅れの患者を減らせるだろう。
「アシュリーは?」
振り返って姿を探すと、アシュリーが冒険者に詰め寄られていた。
いや、違うか。押しかける冒険者を食い止めているようにも見える。
「だから、コタローは戦いに向いてないってば! 無理に勧誘しちゃダメよ!」
「そうは言っても、これだけの腕前の術士だぞ! ぜひうちのパーティに!」
「だーかーらぁー!」
聞き耳を立ててみると、どうやら俺を引き抜こうとする冒険者たちから俺をかばってくれているようだ。
ううん、確かに命の危険は避けたいのでありがたい。
でも、これだけスペルを使って階位が上がらなかった以上、狩りに出かける必要がありそうなんだよな。どうしたものか。
考えの末に、俺は押し寄せる冒険者たちに向かって申し訳無さそうに告げた。
「あー、悪いんだけどさ、皆さん。俺、もうアシュリーとパーティ組んでるから。――まだ仕事にも慣れてないし、もう少し二人でゆっくりやらせてくれないかな?」
俺の言葉に、当のアシュリーが一番びっくりした顔でこちらを見た。
うん。無断でパーティ組んでることにしちゃったからね。すまん。
だが、その言葉に、勧誘しようとしていた冒険者たちもしぶしぶ諦めたようだった。
さすがによそのパーティメンバーを強引に引き抜くわけにもいかないのだろう。
冒険者たちが引き下がった後、取り残されたアシュリーはまだ目を剥いて俺を見ていた。なので、俺は頬をかきながら頭を下げる。
「すまん。ということなんで、もうしばらく付き合ってくれ、アシュリー。狩りの手伝いはするから」
「しっ、仕方ないわね! それなら、もうしばらくあたしが面倒見てあげる!」
そっぽを向きながらそう言うアシュリーの横顔は、どこか嬉しそうに緩んでいた。




