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治癒術士コタロー見参



 俺の治癒術の練習には、長蛇の列が出来ていた。

 何人でも大丈夫、と言った俺の自己申告を、スラムのまとめ役のダルケスさんが挑発と曲解したらしい。

 スラム中に声をかけ、前回の治療を受けられなかった人、治療を受けるほどか定かではないが体調に不安を感じる人、色々な人がこぞって押しかけてきたようだ。

 場所はダルケスさんの小屋を間借りして、俺はただひたすらに回復マシーンと化した。  

「あぅ……あ、ありがとうございます、先生!」

「体調に気をつけて、できるだけ養生してくださいねー」


 もう何人目だかわからない患者さんに手を振って見送る。

 時間を余分にもらって最初の数人を鑑定してみたが、どの人もHPはおおむね1か2で、『治癒の法術』を使うと全快する値だった。

 宿屋のニーナさんもHPは1だったし、それが一般人の体力なんだろう。

 HPが3あるアシュリーは、冒険者として鍛えている、ということだ。


「はい、次の人ー」

「お、お願いします、先生……」


 入ってきたのは四十代ほどのくたびれたおっちゃん。どうやら骨折しているらしい。

 折れた骨を添え木でまっすぐに伸ばして、と。


「はい、じゃあ治療しますよ」


 カードを選択して『解毒』からの『治癒の法術』っとな。


「おお……い、痛みが消えた! 腕が動かせる! ありがとうございます、先生!」


 感染症や病気だといけないので『解毒』もついでにかけている。

 魔力消費は2だけど、回復効果で魔力が1回復するので、俺の現在の魔力でも『治癒の法術』と併用できるのだ。

 どうやらそれが功を奏しているらしく、晴れ晴れとした顔で帰っていく人も何人か。

 食中毒とかもバカにできなさそうな世界だもんなぁ。


 一、二分に一人の割合で治療して、体感で三、四時間は経ったか。

 並んでいた患者の数は一区切りを迎えた。


 あらかた行列はハケたかな?

 様子を見に小屋の外に顔を出してみる。

 外では治療を終えたスラムの住人たちが、回復した患部を見せ合って談笑していた。


「あ、あの……」


 と、小屋の外にはまだお客さんの姿があった。

 どう見ても中学生にもなっていない、ちびっ子の集団だ。

 やはり薄汚れた格好で、伸び放題の髪に隠れた目でこちらをおずおずと見上げている。


「どうした? お前らもケガしてるのか?」

「その! きょ、今日はお金無くても治してもらえるって、本当ですか……!?」


 すがるような、必死の表情。その表情で察してしまった。

 孤児か。

 たぶん、大人の浮浪者よりもっと力が無く、金も無いんだろう。治療費は領主が大部分を負担していると聞いているが、それでも全部じゃない。

 わずかな代金すら払えずに治療を受けてこれなかった、身寄りの無い子どもたちか。


「大丈夫だ! 今日は練習だからな、俺の治せるもんならいくらでも治してやる。遠慮せずに、身体の調子が悪い奴全員連れてきな!」

「あ、ありがとう、兄ちゃん! みんな、戻ってチビどもを抱えてくるぞ!」


 そう叫んで走り出していく子どもたち。

 ねぐらかどこかに体調の悪い子がいるのだろう。


 一瞬、俺が動いてついていくことも考えたが、それはスラムまとめ役のダルケスさんから止められている。

 身なりの良い治癒術士の俺が変にスラムをうろついて、犯罪に巻き込まれようものなら、まとめ役の面目もスラムの評判も全部ご破算になってしまうからだ。

 俺がもし強盗に襲われたりして、治療院の出張治療自体が取りやめになってしまっては正規の治療を受けられないスラムの人たちが困る。

 俺に許されているのは、この小屋で患者を待つことだけだ。


「お疲れ様、コタロー!」

「すごい腕ですね、コタローさんー。あんなに治療して、魔力は大丈夫なんですか?」


 そう言って声をかけてきたのは、表で行列の整理をしていたアシュリーとエミリアさんだ。


「ああ、魔力は大丈夫ですよ。多少疲れてますけど、慣れてますし」


 実は魔力切れになると身体が若干ダルくなるのだが、俺の場合は魔力が少なすぎて何か使うたびに魔力切れになる。

 回復するのも早いので実際には疲れて動けなくなるようなことは無いのだが、まぁ毎度のこと過ぎて魔力切れの辛さにも慣れてしまった、というのが正直なところだ。


「これだけ数をこなせるのなら、ぜひ正式に治療院に勤めていただきたいですー」


「んー。ギルドとの先約が無ければ、それもアリだったかもしれませんね」


 エミリアさんのお誘いは嬉しいんだけど。

 俺の目的には、生活費稼ぎの他に階位(レベル)上げもあるんだよね。

 早く階位を上げて使えるスペルを増やしたいんだけど、治癒術――というか、カードの使用だけで上がらないようなら、今度はモンスターを狩りに行かなきゃいけない。

 それなら、職業を治癒術士に固定するよりは、冒険者と称していた方が良いだろう。


「まぁ、俺には召喚術もありますんで。暇なときには狩りででも収入を上げられるようにしておきたいな、と。な、デルムッド?」


 番犬役および護衛としてエミリアさんの後ろにいたデルムッドに声をかける。

 デルムッドが「任せて!」と言わんばかりに、わふ、と吠えた。


「お兄ちゃーん! こいつらもお願いします!」


 道の向こうから、ちびっ子集団の声が聞こえた。

 背中にはさらに小さな子どもたちを背負っていたりする。


 その姿を見ると、胸の底が切なくなった。

 この子等がまっすぐ育てるよう、養ってやれたらどんなに気が楽か。

 でも、俺には出来ない。

 それができるだけの財力も権力もないし、何より俺は、いつかは元の世界に帰るつもりだ。この子達を養ったとしても連れて行けなければ置いていくことになるし、たとえ元の世界に連れていけても全員を養っていくことなんて不可能だ。


 俺に出来ることは、せいぜい練習の名目でこいつらの体調を治してやることくらいだ。


「おう! どんどん連れて来い、遠慮はいらねぇぞ!」


 さぁて、最後の一踏ん張りだ。

 俺は背負われてきた子どもも背負ってきた子どもも全員を小屋の中にいれ、治療した。

 背負われてきた幼児の中には何か良くないものを口にしたのか、嘔吐と高熱を訴えて衰弱していた子もいたが、『解毒』と『治癒の法術』の前には問題ない。

 弱っている子、そうでない子、幼児から年長まで全員に『治癒の法術』をかけた。

 ごめんな、このくらいしかしてやれなくて。


 治療が全部終わった後、年長に背負われて運ばれてきた女の子が、俺に笑いかけてきた。

 嬉しそうに、無垢な笑顔で、俺を見上げて。


「おにいちゃん……ありがとう……」


 こんな風に笑ってくれるなら、回復チートも悪くないな。

  








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