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治療院の治癒術士、エミリア



 アシュリーの知り合いだという治癒術士、エミリアさんは、俺たちを応接室に通してお茶を出してもてなしてくれた。


「はぁ……見習いで練習ですかぁ。それはまた、真面目な方ですねぇ」


「ええ。治癒の魔術を覚えて日が浅いもので。で、いかがでしょう? もちろんお礼はさせていただくつもりですけど」


 ぽわぽわとしたエミリアさんに頭を下げる。

 すると、エミリアさんはにっこりと笑って了承してくれた。


「大丈夫ですよー。ちょうど、人手が足りなかったもので、ありがたいです」


「なんで人手が足りてないの? ここ、エミリア入れて四人くらい術士が詰めてなかったっけ?」


 アシュリーの質問に、エミリアさんは苦笑しながら答えた。


「遠征の打ち合わせなんですよー。まだ一般冒険者には情報が降りてないと思うんですけど、近くに『(ドラゴン)』が現れたらしくてー。領主様がその討伐隊を大規模に編成してるので、この街からも後衛として、治癒術士が一緒に行くことになってるんですー」


「ドラゴン!? そんなのいるのか!?」


 おいおい、ファンタジー定番のモンスターじゃねぇか。

 大規模な討伐隊が必要になるような厄介な奴なのか。強いんだろうな。


「ドラゴンか。そりゃ、あたしたち普通の冒険者にはお呼びがかからないわね」


「そんなに強いのか、アシュリー?」


「そりゃもう。巨大な身体が、人間の攻撃なんてほとんど通さない硬い鱗に覆われていて、空から火炎のブレスで辺りを焼き尽くしてくるっていう災害級魔獣よ。上級騎士か高位冒険者じゃないと戦えないわ」


 俺の知ってるドラゴンとだいたい同じイメージだな。

 どんなステータスなんだろう? カードゲームだと、高コスト高ステータスで特殊能力を持ってる花形モンスターなんだけど。

 手札に欲しい気はするが、コスト的に使えないだろうし、何より現実で出会ったら死亡フラグ一直線だな。討伐隊に任せるか。


「そんなわけで、今、他の人たちは領主館に出払ってましてー。わたしで良ければ、指導を勤めさせていただきますー」


「ありがとうございます、エミリアさん。具体的には、何をすればいいでしょう?」


「そうですねー、今回は中止にしようと思っていた、スラム区域の回診に参りましょうかー。そこで、コタローさんの腕を見せていただきたいと思いますー」



*******



 そんなわけで、俺たちはスラム区域に移動した。

 街の表通りと違ってくすんだ空気を持つ、うらぶれた通りだ。

 話に聞くNYのスラム街のようなやさぐれた雰囲気ではなく、失業者や貧困者の集う覇気の無さが漂っている。


「こんな区域があったのか」


「まぁ、領主様ががんばっても、貧富の差は出るからね。街の仕事も誰でも出来ることばかりじゃないし。身体を壊してお金も持たない人なんて、どこの町にもいるわよ」


 そういや冒険者ギルドでも、街の仕事をやるにも貧弱だから、と筋肉一号に止められたな。仕事にあぶれた人や、商売に失敗した人の行き着く先がここか。

 やるせないな。


「大昔に、この区域から疫病が発生したことがありましてー。それを戒めとして、定期的にスラム区域の人たちの病気を治すように領主様から委託されているのですよー。疫病対策ということで、領主様が治療費の大部分を負担してくださってるんですー」


「疫病対策はわかるけど、その予算があるんなら仕事を作った方が早いんじゃ?」


 就職支援も立派な公共事業だと思うが。


「資金や体力の問題で、満足に働けない人たちもいますのでー。それに、そういった話は各職業ギルドの権益を不要に強めてしまう例も多くて、迂闊に手が出せないそうですー」


 なるほどね、政治は厄介だな。

 でも、治療院に委託するのはいいんだろうか?


「治癒術士はこの街に私たち四人だけと人数が少ないので、政治勢力にはなりづらいんですよー。それに、治療院は収益からこうしたスラム区域などの炊き出しなども行っておりますのでー」


「市民に還元されることもあるから、税金を費やすにやぶさかではない、と」


「そういうことですー」


 そういうのって病院より教会がやる印象だったんだけどな。

 病院と言うよりは、中世の救護院や救貧院か。篤志活動的な。


「わたしどもは、少なくないお金をいただく職業ですからー。私腹を肥やすような真似をしては、人々から恨まれてしまいますー」


「実際に、そういう私欲に塗れた治癒術士が横行して、国から弾圧されてた歴史があったらしいわよ? 一時期は教会が扇動して、迫害の対象にもされたとか」


 エミリアさんの説明に、アシュリーが付け足す。

 教会からすれば治癒術士は商売敵だろうしな。しかし、市民を扇動するなんて、この世界でも宗教には過激な側面があるらしい。

 泥ついてそうな教会ではなく、治療院を頼って正解だったかもしれない。




 土の剥き出しになった通りを歩いていると、住人が遠巻きに俺たちを見ていた。

 みな、土ぼこりに汚れた粗末な衣服を着ている。


 やがて、いかにも朽ちかけた、傾いた小屋に辿り着いた。

 扉代わりに提げられたボロ布をめくって中に入ると、そこには屈強な男が狭いスペースに鎮座していた。


「ダルケスさん、治療院の者ですー」


「おう、治癒術士(ヒーラー)さん。おや、今日は来れねぇって通達があったぜ?」


「ええー。今日は他の人たちが出払っていたんですけどー。こちらの方が治癒術の練習をしたいとおっしゃりますのでー、研修に参りましたー」


 スラム区域の顔役らしき男、ダルケスはそれを聞いて露骨に顔をしかめた。


「治癒術の練習ぅ? おいおい、その年で練習ってどういうこったよ。まさか、怪しげな術の実験にスラムの人間を利用しようってんじゃねぇだろうな、兄ちゃん?」


 慌てて俺は弁解する。


「コタローと言います。そんな怪しい理由じゃなくて、魔術を我流で身に着けたのがごく最近なんですよ。何度も自分に使ってるんで効果は確かなんですが、他の人にはどのくらい有効なのか、それと他の人の治癒術は自分とどう違うのか理解しておきたくて」


「ほぉ。最近……ねぇ? 学ぶのが遅かったのか? まぁいいや、自分に使って問題なかったんだったら、他の奴に使ってもそう大した問題はなかろう。頼むわ、兄ちゃん」


「一応、あたしも足のケガ治してもらったけど、問題なく治ったわよ」


 アシュリーが請け負うように付け足してくれる。

 いかにも冒険者という身なりのアシュリーの言葉に、エミリアさんもダルケスさんも感心しながら納得してくれた。


「そんじゃ兄ちゃん、何人くらい治せる? いつもの治癒術士(ヒーラー)さんが二人で一日二十人くらいだから、半分の十人くらいは集めても大丈夫か?」


「限度がどの程度治るのか、自分でもよくわかってないですけど。それでよければ、何人でも大丈夫です。六十数えるくらい間を置かせてもらえば、いくらでも使えますので」


「「何人でも!? いくらでも!?」」


 エミリアさんとダルケスさんが、目を剥いて驚愕していた。

 あ。やばい、これ何かやらかしたかな。







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