さらばテンプレ
翌朝、二日酔いのアシュリーを叩き起こして、俺はデルムッドとギルドにやってきた。
「んんん、コタロー。何でギルドに行く必要が?」
「治療院で研修させてもらうにしろ、ギルドに一度話しておいた方がいいだろ。今日から開業し始めると思われてたら困るし」
「だからって、こんな人の多い時間帯に……」
頭痛がするのか、頭を押さえながらふらふらと俺の後をついてくるアシュリー。
確かに、ギルドは人でごった返していた。
日の出からしばらく経った早朝、掲示板に張り出された依頼票を奪い合うために、多数の冒険者がギルド一階のロビーにたむろしていたのだ。
受付窓口も忙しそうで、長蛇の列ができている。
一報入れるだけだし、もうちょっと並びが減ってから伝言するか。それまで、どんな依頼があるのかでも勉強してよう。
そう思って掲示板の方に移動すると、革鎧に身を包んだ世紀末覇王的な筋肉の三人組が、俺に話しかけてきた。
「おいおい、兄ちゃん。そんな細っこい身体で冒険者やろうってのかぁ?」
筋肉。筋肉。筋肉。そして顔にはでかい傷跡。
は、迫力あるなぁ。これが魔物と戦うハンター業の面構えか。
ビビる俺に、三人組のうちの一人が前に出て、俺にすごんでくる。
「武器も持ってねぇし、冒険者ナメてんのか。お前みたいな弱っちそうな奴に務まる職業じゃねえんだ、そんなんで魔物と戦えるのかよぉ?」
「いや、戦わないです」
「……あん?」
ぽかん、と世紀末筋肉の表情が間の抜けたものに変わる。
「治癒術士として登録してるので。ここで冒険者の治療を請け負うように頼まれたんですけど、その前に治療院で研修を受けてくることを受付に伝えるつもりでして」
俺の言葉に、世紀末筋肉の動きが止まった。
背後の筋肉二号と三号が、お互いに微妙な表情を見合わせた後、俺にすごんでいる筋肉一号の頭を後ろからスパンとはたいた。
「バカか、治癒術士じゃねーか! 変に絡んで俺らのケガ治してもらえなくなったらどーすんだ!?」
「お、おう。すまねぇ。あまりに弱そうだったから、ケガする前に諦めさせようと思ってよ。こ、後衛で回復職だってんなら、俺らの命綱だな。もしものときは頼まぁ」
うって変わって俺にぺこぺこと頭を下げてくる筋肉一号。
殺気めいた気迫も消え、強面なだけのおっちゃんと化していた。
ケガする前に諦めさせる、か。やっぱ危険な職業なんだな。
「魔物狩りだけじゃなくて、街の中で軽作業や手伝いをする冒険者はいないんですか?」
「いるけど、街中の作業も力仕事だからよぉ。――兄ちゃんみたいな細腕じゃ逆に危ねぇよ。この間も、商会の手伝いで大量の荷崩れに巻き込まれて大ケガした奴がいたんだ」
なるほど。運搬用の重機とかないもんな。
全て人力でやるとなると、事故も当然増えるか。
「兄ちゃんも、そういう仕事もこなすつもりなら、もちっと筋肉つけな! 最後にものを言うのは筋肉だぜ! 冒険者なら、女だって兄ちゃんよりは筋肉あらぁ!」
ムキッ、とビルドポーズを取りながら、筋肉三人衆は去っていった。
すみませんね、ひ弱そうな平和ボケ体型で。
まぁ、心配してくれたのはありがたい。もっと厄介ごとに発展するかと思ったんだけど、これも職業の威光か。補佐職でよかった。
出番の無かったデルムッドが、俺を見上げながらぱたぱたと平和にしっぽを振っていた。
「あー。忘れてたけど、ナメられないように注意してね、コタロー」
「遅ぇよアシュリー!? めっちゃナメられたから! しかも見ず知らずの人に心配されてたからね!?」
二日酔いで半死状態のアシュリーが、頭を抱えながら今更やってくる。
ギルドに入る前に教えて欲しかった。そうしたら心構えも出来たのに。
ポンコツから戻すために『解毒』をかけると、ようやく頭がスッキリしたようだ。
初めからこうすれば良かった。血中アルコールも毒素判定なのな。
「ちなみに、アシュリーも筋肉あるの?」
「コタローよりはあると思うわよ。てか、コタローが細すぎ」
あるらしい。さすが攻撃力持ち。ゼロの俺とは違うということか。
一応、HPは俺もアシュリーの倍以上あるんだけどなぁ……
「ま、召喚獣もいるし。いざってときは、今度はあたしが守ってあげるわ!」
腕を曲げて力こぶを作る仕草をするアシュリー。
今度は、か。オーガのときにかばったこと、実はまだ気にしてたりするのかな?
気にしなくていいのにな。
受付はまったく人が減らなかったので、掲示板に追加の依頼票を張りに来た職員さんを捕まえて、伝言をお願いした。
事情を説明したところ、わざわざ研修などと念を入れる術士は珍しいそうだ。
治癒術士って、プライド高いのが普通なのかな。高給取りだもんな。
*******
治療院にやってきた。
初めて訪れる治療院の第一印象は、意外と小さな建物だということだった。
病院と言うイメージからはほど遠く、二階建てのこぢんまりとした施設だ。
「小さいな。まだギルドの方が大きいじゃないか」
「ん? 治療にそんなに場所取る必要ないじゃない。この街じゃ、料金払える利用客も大勢いるわけじゃないし」
そうか、魔術で一気に治すから入院用の病室が必要ないのか。
受診用の診察室と、待合室。それに事務室くらいのものなんだろう。
あとは、職員の宿泊施設も含んでるのかな?
中に入ってみると、予想通りに受付と待合室が出迎えてくれた。
日本でも、地方の個人病院や診療所ならこのくらいの広さかな。
ただ、受付には誰もいなかった。
「あれ? エミリアいないや。おーい、エミリア!?」
アシュリーが声を張り上げると、受付の奥からバタバタと物音がした。
やがて、白い髪に銀縁のメガネをかけた、ローブ姿の女の子が慌ててやってきた。
「はわわ、す、すみません! お客さんがいらっしゃるとは思わなかったもので!」
よほど慌てていたのか、メガネは外れ、肩までの白いふわふわの髪はところどころ跳ねている。
アシュリーと同じくらいの年なのかもしれないけれど、小柄な身体と締まらない慌しさが彼女を幼く見せている。
おかしいなぁ。
治癒術士って、もっとプライド高くてエリートっぽいイメージができてたんだけどな?




