宴を開く軍団ひとり
アシュリーと報酬を分け合った後は、森を抜けた慰労会だ。
と言っても、宿屋のメシをみんなで食うだけだけど。
大量の食事を部屋まで持ってきてもらうのも悪いから、俺とゴブリンズで手分けして厨房まで取りに行こう。
そう思って、プチサラマンダーと三体目のゴブリンズを召喚したときに気づいた。
「あれ?」
「どうしたの、コタロー?」
「召喚枠が埋まってない。……召喚できる数が増えてる」
尋ねるアシュリーに、俺は戸惑いながら答えた。
感覚的に、もう少し召喚できそうな気がしたのだ。ステータス化されてないので、こればかりは慣れからくる感覚としか言いようがないが。
試しに、魔力が回復するのを待ってプチサラマンダーをもう一匹召喚した。
まだ呼べる。さらにもう一匹。
最大で七体まで召喚できるようになっていた。
これも階位が上がったからか?
どうやら、最大HPと同じ数だけ召喚できるらしい。
納得したところで、新顔のプチサラマンダー二号および三号には戻ってもらった。
代わりに呼び出すのはあいつ。
森の中で、デルムッドと出会うまで俺の主力だったカードだ。
「召喚、『ゴブリンアサシン』」
ひときわ小柄な、棍棒を持ったゴブリン。
今回は対象がいないので普通に俺の目の前に出てきた。出番が来たのに相手がいないことを不思議がるゴブリンアサシンの頭を、そっと撫でてやる。
「お前も俺をよく助けてくれたな。今からメシにするから、一緒に食おうな」
本当にいいの? と言わんばかりに俺を見上げる小柄なゴブリン。
その背中を、祝うようにゴブリンズが軽く叩いていた。
一応スモールウォールも呼んでみたのだが、口が無いので食事が出来なさそうだった。
何だろう。石だし、土の地面とかに寝かせると栄養補給できたりするのかな。
それとも、補給の必要自体無いのだろうか。スモールウォールの生態は不明なので、今回はとりあえず礼として労うだけで戻ってもらった。
宿屋の娘、ネネちゃんが、デルムッドにまたがって料理が出来たと教えに来てくれたので、厨房までゴブリンズたちを連れて取りにいく。
厨房ではニーナさんが、山盛りの料理を作ってくれていた。
「あらあら、持っていこうと思ったのに」
「さすがにこの量を運んでもらうのは気が引けますよ。雑用は俺やこいつらに任せてください」
「小さいゴブちゃんが増えたのね? いっぱい作ったから、たくさん食べてね。それと、そこの壁に立てかけてある小さいテーブルは使ってもらっていいわ」
ニーナさんの心遣いに感謝しながら、テーブルと料理を二往復ほどして運んでいく。
途中、肩に乗せたプチサラマンダーがネネちゃんに目をつけられた。
ぬいぐるみサイズのプチサラマンダーを気に入ったらしく、抱きしめて離さない。
仕方ないので、ネネちゃんの食事も俺の部屋に運んで一緒に食事をすることになった。
「それじゃ、みんな、お疲れ様!」
「お疲れ様!」
俺の音頭に合わせて、グギャグギャとゴブリンズが唱和する。
器用にフォークとナイフを使って食事をするゴブリン。その光景に、アシュリーがなんともいえない苦笑を漏らしていた。どうやら、相当シュールと言うか常識はずれな光景なようだ。
こいつら、どこで食事マナーとか覚えたんだろ?
森の中では食事に同席しなかったゴブリンアサシンも、フォークを使って食事を口に運んだ瞬間、美味かったのか、パァっと表情を輝かせている。
大皿に盛られた料理を食べつくす勢いで取り皿に取り分ける四匹のゴブリン。たまに他の奴の取り皿から料理を奪う様なんて、まるで小さな兄弟か何かみたいだ。
「はーい、ぷちこちゃん。お肉ですよー」
何その懐かしい感じのする名前。
ネネちゃんは、抱きしめたプチサラマンダーにフォークで肉を与えている。
サラマンダーはすっかりぬいぐるみと化し、あーんと口を開けていた。
さて、いつまでも見てないで俺も夕食にするか。
トレイに取り分けておいた皿に手をつける。何気に初のちゃんとした異世界料理だ。
メニューは鹿肉と野菜の煮込みと、鳥のロースト。それに黒パンだった。
どちらも香草がふんだんに使われていて、豊かな風味だった。
鹿肉はよく煮込まれ、口に入れるとほろほろと崩れる。ポトフみたいに汁気が多く、野菜の甘みと肉のうまみが溶け出したスープが絶品だ。
ローストした鳥はネギに似た葱類の風味が混ざっていた。腹に香味野菜を詰めて焼いたのかな。鶏油の芳しい香りを思い出して、これも美味しい。
日本でも、鶏皮から出した脂にネギの香り移した奴を、インスタントラーメンにたらすとめちゃくちゃ美味かったっけな。たまに作ってストックしてた記憶がある。
黒パンは日本のパンより数倍硬くて水気が無かったので、食べるのに難儀したが、アシュリーがスープにつけて柔らかくしているのを見て真似した。
肉と野菜のダシが出たスープをパンが吸って、美味い。ライ麦パンかな?
クセがある風味だけど、俺は好みだ。個性が強くて食べ応えがあるから、チーズを乗せてオニオングラタンスープみたいにしても美味しそうだな。
「どう、コタロー。この国の料理は口に合った?」
アシュリーが、頼んでおいたエールをクピリと呷りながら尋ねてくる。
俺はほお張っていたパンを飲み込み、笑顔でうなずいた。
「ああ、美味いよ。主食が違うのがちょっと残念だけどな」
「主食って? コタローの国はパンを食べないの?」
「パンも食べるけど、基本は米かな。麦に似た水場に生える穀物を、鍋で炊いて食う」
「あー。何か、知ってるかも。粉にして焼くとすごくモチモチしたパンが出来る穀物じゃない? 昔、そのパン一度食べたことあるよ?」
米粉パンがあるのか!?
米があるなら、ぜひ入手したい。この黒パンもスープにつけたら悪くないけど、米が食えるか食えないかではやはり日々の気力が違う。
「それ、普通に売ってるのか?」
「いや、西の方の、大霊峰に近い国で栽培されてるんだって。この国じゃ栽培されてないよ。あたしも、パン屋がたまたま行商人から仕入れたものを試食しただけだし」
「そっか。いつか食べたいな、故郷の味だし」
米の栽培には大量の水が必要だもんな。たぶん、その大霊峰とかいう山から流れる川の水で栽培してるんだろう。ただまぁ、あるとわかっただけでも充分だ。
将来的には、米のために移住も考えよう。
「……コタローは、さ。いつか、自分の国に帰っちゃうんだよね」
「うん? そうだな。いつ帰れるかわからないけど」
俺が聞いた声は、俺が能力を極めれば日本へ帰れると言った。
真偽のほどは完全には不明だけど、あながち信じられない話じゃない。
どうすれば能力が――階位が上がるのか。それは不明だけど、カードを使うか、オーガみたいな敵を倒せば俺は成長できる可能性が高い。
とりあえず、生活費を稼ぐために治癒術士をやりつつ、能力が伸びる気配が無かったら狩りにも出るか。
コスト7で完全回復みたいな雑カードが使えるんだから、コスト10以上だとどんなトンデモカードが出てくるかわかったもんじゃない。
当面の目標は、そこだな。
命を大事に。かつ、最大限までレベルアップを目指そう。
「……結構、目標達成は遠そうだなぁ。時間がかかっても、コツコツやるしかないけど」
「ふ、ふーん? 長く、かかりそうなんだ?」
「そうだなぁ……って、なんで気持ち嬉しそうなんだ、アシュリー」
「別に?」
アシュリーはにやけた顔を取り繕いながら、そっぽを向いてエールを呷った。
よくわからん。
でも、街に慣れるまで当面はアシュリーを頼るしかないかな。
「さっ、今日は飲みましょ! コタローの奮闘を祈って!」
「飲みすぎるなよ、アシュリー? 明日はギルドと治療院に行くんだからな?」
結局、飲みすぎで轟沈したアシュリーと、食べすぎでおねむになったネネちゃんを、ゴブリンズたちとそれぞれの部屋に運び、ゴブリンズを戻して就寝することにした。
カードに戻る間際、ゴブリンズは整列して俺に敬礼してくれた。
たぶん、喜んでくれたんだろう。良かった。




