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大陸会議



 法国クルヴァリスタ首都にある大講堂には瀟洒な机と椅子などが運び込まれ、大規模な会議室へと整えられていた。


 そこに集うは、大陸内の六カ国の国家元首と、その護衛や側近たち。

 エルダードラゴンの背に乗せられて、あるいは俺の『次元転移』で、各国五人から六人。六カ国で三十人以上の王族や高位貴族が、ここ法国で一堂に会していた。


 最大勢力、マナティアラ帝国からはクロムウェル皇帝陛下。

 随伴としては宰相のゲルトール侯爵や、知恵袋のオルグライトさんを含め、四人が付き添っている。

 残り二人は甲冑姿で武装しているので、おそらくは護衛の武官だろう。


 マークフェル王国からは、ハイボルト国王陛下と随伴が五人。

 ドライクルさんとオーゼンさんの姿も見えるけど、オーゼンさんは甲冑姿の護衛役。

 ドライクルさんは他の文官貴族の後ろに控えていたので、もしかしたら公爵位なんかが出張ってきてるのかも知れないな。

 俺の知らない貴族だけど、元々マークフェルの貴族の顔はあまり知らないからなぁ。



 そして、ここからが、俺がまだ訪れたことの無い三カ国の王族貴族たちだ。

 主催国の重鎮としてそばの席にいる、エスクレイルが小声でそれぞれの素性を教えてくれた。



 まずは、帝国の反対方面にある法国の隣の沿岸国家。

 ビースタル獣王国。獣人が主体の国のようだ。

 帝国からは法国や王国が間に挟まっているので侵略の危機にさらされたことは少なく、比較的温厚なお国柄だとのこと。

 ただその割に、国王の『獣王ビルマルス』陛下を始めとした、獣人騎士団の身体能力は高いらしい。

 法国との関係性が友好寄りなこともあって、戦力的にも頼れる有望国だそうだ。


「ふむ、世界の危機か。今こそ、我ら獣人国家の牙を見せるときだな、宰相よ」

「まさしく。近年は内乱も無く、研ぎ澄ませすぎて牙が痩せるところでしたからな、ビルマルス陛下」



 問題は、残り二つの国家。

 王国から見て、帝国の向こうに位置する沿岸国。


 フロリヤ王国とテマル公国の二カ国だ。


「ふん、まさかこの私が、帝国の皇帝と席を同じくする羽目になるとはな。そう思わないか、エスラダ大公」


「そうですな。果たして、我らが帝国などと手を取り合う余地があるのか否か。世界の危機はさておいても、それで遺恨を忘れられるものではないのが、国家であり、人ですよ。ザルマン王」


 フロリヤ王国は、マークフェルと同じく王家による専制政治制。

 ただ、帝国からの侵略の危機に幾度もさらされているので、帝国に対する不信感は拭えていないらしい。たとえ世界の危機でも、法国の重要な誘いでなければ帝国人とは同席しなかっただろう、とのことだ。

 この大陸では貴重な大穀倉地帯を持ち、自給率も百を超えているために帝国との間には貿易などの経済的国交も無く、マナティアラ帝国をまさに不倶戴天の敵と見ている。


 テマル公国は大公位を国家元首とする、同じく封建国家。

 元は別の国の公爵が過去に功績を挙げ、領土を割譲されて独立したのが起源らしいのだけど。

 その大元になった国はとっくに帝国に滅ぼされて併呑されたらしく、国家元首の大公は母国の領土を奪還することを目的として、帝国と対立しているらしい。


 両方とも帝国との敵対国で、フロリヤ王国はテマル公国を食糧支援する関係から、二カ国は『対帝国同盟』とも言える関係を結んでいるそうだ。


 うーん、オルスロートの、過去の侵略主義のツケが、ここに来た。



 クルヴァリスタ法国の法王、モードレッド猊下。

 マナティアラ帝国の皇帝、クロムウェル陛下。

 マークフェル王国の国王、ハイボルト陛下。

 ビースタル獣王国の獣王、ビルマルス陛下。

 フロリヤ王国の国王、ザルマン陛下。

 テマル公国の大公、エスラダ陛下。


 この大陸を総べる六人の国家元首と、その引き連れた側近たちが、大講堂に揃った。


「皆様、お集まりいただき誠にありがとうございます。では、これよりこの大陸の『六カ国間会議』を始めたいと思います」


 元首とその腹心、各国二名が会議場の大円卓に着席し、俺たちの準備も整ったと確信したところで、主催であるモードレッド法王猊下が開会の合図を行う。


 参謀扱いで次席に座っているエスクレイルが立ち上がり、その後の進行を引き継いだ。


「法国の『聖女』に任じられております、エスクレイルと申します。まずは皆様方の国々におかれましては、千年前の聖女アスラーニティによる『災厄』を封印した『魔界』が各所に存在することと思われます。それにまつわる状況を、ご説明申し上げます」


 そうしてエスクレイルは語り出す。

 各地の『封印』の土台が揺るいでいること、根幹となるこの『世界』そのものの危機。

 このままでは、封印は崩壊し『災厄』が復活すると同時に、この世界自体が滅びる未来が待っていること。


 『災厄』が国に現れるだけならば、まだその手を逃れられる地域も出てくる。

 だが、今回は残りを含めた『世界』そのものが滅ぶ。

 生き延びられる生命はいない。


 あらかじめ聞かされていたとしても、そうして目の前で『代行者』から告げられた事実に対して、各元首の表情が厳しいものになる。中には、青ざめている参謀もいた。


「そこで、『災厄』の討伐軍が立ち上がります。主力となるのはエルダードラゴン様方と、こちらにおわすこの世界が呼び寄せた新たなる『神』……ご自身の言葉をお借りすれば、異世界からの『魔法(エクストラルール)』の皆様となります」


 なるほどな、とビースタル王国の面々がうなずく。


「我らの役目は雑兵、あるいはこの世界に生きる者としての派兵義務に基づいた与力、というわけか……しかし、そこな者どもは、ただの人類種に見える」


「そうだな。我らが兵、引いては国民の命を託すに足る要素があるのか? 単に法国の思惑で担ぎ出されているだけならば、我らが前面に出て戦を主導しても良かろう」


 追従したのは、フロリヤ王国のザルマン陛下だ。

 戦における指揮権というのはとても重要で、旗頭がエルダードラゴンだとしても彼らは権力を誇示しない超越者だ。

 人類種の中で指揮権と優位性を握れるのならば握りたい、と思うのは当然だ。


 この戦争で殊勲を挙げた国家は、人類種の頂点たる権力を示すことも可能なのだから。


 けれども、『災厄』の相手はそんな生易しいことではない。

 国々から功名心に満ちた牽制が飛んでくることを予想していたエスクレイルは、そこで初めて自分のスキルを俺たちに見せた。


「お疑いになられるのは、ごもっともです。ですが、わたくしはこの目で見ました。新たなる神々のお力を。――わたくしのスキルで、それを皆様にもお見せいたしましょう」


 エスクレイルの言葉とともに、スキルが発動する。


 空中に、エミルのホロスコープのような光の板が表示され、そこに映像――動画が映し出された。


 聖女のスキル『世界史投影』――

 エスクレイルの見たものを、映像として映し出すスキルだ。


 それは、『竜の谷』でのエルダードラゴンたちと俺たちの腕試しの光景だ。

 あのとき、勝負自体はあっさり着いた。

 しかし、その映像が淡泊なものだったわけではない。


 想像して欲しい。一つの山ほどの巨体を誇るエルダードラゴンが五体。

 人類種など容易く押しつぶせる、異次元の規模の怪物たち。


 それらが、ただ人の身であるハンジロウやナトレイアに、容易く切り落とされていくのだ。精霊装甲ベアアームズの巨体や、ラトヴィニアスの大魔術もあった。

 繰り出される『天変地異』など、現代の人の手では再現し得ない超魔術だ。


 その空前の戦いをその目にして、居並ぶ国家元首たちは皆、一様に絶句していた。


 唯一、『災厄の欠片』との戦いを知っているハイボルト国王だけは余裕の笑顔を浮かべていたが。


 その人類にあるまじき戦闘力を前にして、国家元首たちは、自分たちが派兵の音頭を取って人類種の覇権を握ろうという考えを、頭から消したようだ。

 畏れを隠すこともできず、俺たちを見ていた。


「おわかりですか、皆様方。エルダードラゴン様方とともに、引けを取らぬ『奇跡』を使う方々が我々の先頭に立って下さいます。古代の英雄を蘇らせる力、天地自然を操る大魔術、これらが戦場に立つのに不足だとおっしゃる方は、どうぞその旨をお告げ下さい」


 無理だろう。

 エスクレイルの挑発じみた説明にも、反論する元首や側近はいなかった。

 この物言いならば、反感を買って否定的な意見を出す権力者もいそうだったけど、見せられた映像はそんな人類社会規模のプライドなど粉々に打ち砕くものだった。


「……ぜ、だ……!」


 そんな中、絞り出すようなうめき声が聞こえる。

 憤懣やるかたなく、悔しさを滲ませた、そんな声が。


 苦渋に顔を歪ませていたのは、テマル公国の大公、エスラダ陛下だった。

 エスラダ陛下は、感情を抑えきれずにその握り締めた左手を、円卓に叩きつけて叫んだ。


「なぜだ! なぜ、これほどの力がありながら、帝国の横暴を許した! 侵略される国々を、なぜ貴方たちは見捨てた!? これほどの力が、我々にあれば……我らの母国、アーダイン王国は、帝国に侵略され、滅ぼされなどしなかった……っ!」


 アーダイン王国。

 それは、過去に帝国に侵略され併呑された、テマル公国の母体となる大国だった。

 独立国ではあれど、自国領土を割譲し独立を認めて支援した、かつて一つだった母国。

 帝国に奪われたその国家の滅びを嘆く、エスラダ陛下の慟哭に、円卓が静まりかえる。


「……アーダイン王国が滅びたとき、この方々はまだ、この大地に降り立ってはおりませんでした。神々が降り立たれたのは、つい最近ですので……」


「間に合わなかった、とでも!? それだけか!? ただそれだけのことで、アーダイン王家の人々は、王国の民は! 命を失い、虐げられ、祖国を失わなければならなかったとでも言うのか!?」


 エスクレイルの説明にも、なおも激高するエスラダ陛下。

 怒りのままに立ち上がり、そして同席するクロムウェル皇帝陛下を指さしながら、たとえ国際会議の場だとしてもこれだけは譲れない、とばかりに叫んだ。


「はっきり言っておく! 法国の主導だから参加はしたが、我がテマル公国は、マナティアラ帝国と歩を同じくすることなどはあり得ない! どうしても我が国に協力しろと言うならば、帝国が元アーダイン王国領を我が国に返還することが条件だ! それだけは譲れないッ!」


 ……意見が、割れちまったか。

 エルダードラゴンたちが人類の参戦を認めるのは、全員の意思統一が条件だ。

 参戦しないならば勝手にしろ、とエルダードラゴンたちは人類を見限るだろう。


 それは居並ぶ王族たちも面子に懸けて、そして俺たちにとっても望むところじゃないんだが……


 こじれかけた円卓に言葉を投げかけたのは、当事者である帝国のクロムウェル陛下だった。

 陛下は重く静かに口を開き、そしてただ一言だけ告げた。


「……元アーダイン王国領の返還は、認められない」


「やはりか、皇帝! 帝国めがッ!」


 その返答に、全員が驚きに目を剥いた。

 ここでハシゴを外すのか、と俺自身も驚いた。

 確かに、人類存続の観点と国益の視点じゃ、微妙に判断が変わるのはわかるが……


 でも、そうじゃなかった。

 クロムウェル陛下は激高するエスラダ陛下に視線を向け、そして真摯な表情で答えた。


「理由がある。元アーダイン王国領はかなりの広さがある。――失礼ながら、今返還しても、公国であるテマル国では、為政者となる有能な領主貴族の数が足りまい。それでは統治が行き届かず、返還しても盗賊や犯罪者の跋扈する無法地帯となるだけだ」


「ぐ、ぬ。それは……!」


「それは貴国も、望むところではあるまい?」


 クロムウェル陛下の指摘は、エスラダ陛下の痛いところを突いたようだ。

 土地を返す、確かにそれだけを口にすれば言葉では簡単だが、実際にはその土地には民衆が生きており、統治すべく政治が必要になる。

 帝国は広大な領土に比べて管理者である文官が不足して治安維持が甘くなっていたという現状があるから、皇帝陛下としては第一に指摘すべき点だったのだろう。


 それが証拠に、クロムウェル陛下はエスラダ陛下の条件に対してあっさりと譲歩した。


「テマル公国が文官を育成して、統治のめどが立つなら……将来的に元王国領は返還に応じよう。我が帝国は先代オルスロート帝の方針により、領土を肥大させすぎた。万全な統治を確立して経済的な発展を望むためには、領土の縮小も視野に入れている」


「……それは、確かな言葉か、クロムウェル皇帝?」


「無論。これは今代の帝国皇帝、クロムウェル・トーラム・マナティアラの判断と意志であり、その言葉であることをここに確約する。エスラダ大公よ」  


 この宣言に、ビースタル王国やフロリヤ王国の面々は目を見開いた。

 覇権主義を掲げていた帝国が占領した領土を手放すことを認めるということは、明確な方針変更を行っていることの証左だ。

 今までの帝国ならば、決してあり得なかったに違いない。


 もちろん、その方針変更による発展のビジョンが見えていることも間違いないのだけど、その将来の脅威に気づいて苦笑いをしているのは、マークフェルのハイボルト国王ただ一人だった。


「……それでも、我が帝国と共同歩調を取ることは叶わぬか、エスラダ大公?」


「いや……その確約さえ成されれば、我が国としても異論は無い」


 その約束が真実であるならば、という裏の声が見え隠れしている気もするけど。

 他の国々の前で国家元首が確約したのだ、この会議の重要性を考えれば、その信用を疑うのも野暮というものだろう。

 エスラダ大公はそれ以上何も言わず、席に着いた。


「ビースタル王国は、元々帝国の侵略主義とは無縁だ。遺恨は無いし、参戦する」


「フロリヤ王国も賛同する。……テマル公国が巨大な領土を得るのならば、交易相手として、また友好的な隣国として、支援する我が国にも大いに利益があるだろう」


 国王たちの言葉を受けて、ハイボルト陛下も手を叩いた。


「ならば、参戦は全会一致と言うことになるな。我がマークフェル王国ももちろん賛同だ。我ら人類種の矜持を示すのは、今しかない。人類種が真にこの世界の一員となるべき舞台だ。強大な長命種に助力して、我らの意地を見せてやろうじゃないか」


 ハイボルト国王の演説に、他の五カ国の元首たちも賛同のうなずきを見せる。


 ハイボルト陛下は、にこりと笑って、その場の全員に言った。




「世界を救おう。……これは、我らの命と未来を懸けた『いくさ』だ」













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