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創世神話



 すべては法則の上に成り立っている。


 人類の目に見える『世界』は、物質と現象で成り立っている。

 それは地である鉱物の集合であり。

 それは風である大気の移動現象であり。

 水である酸素と水素の化合物であり、流体である形容の変化であり。

 火である燃焼反応であり、エネルギーという多くは不可視の形態の発露であり。


 この異世界で言えば、魔力という超常反応の原動力ですらも。


 まずはこの世に、法則ありき。


 すべては定められた法則に従って反応し、連動し、変化し、結合し、存在する。


 観測者が現象から法則を見いだしても、それは鏡に映った像を理解するようなもので。

 鏡に映る以前からして、『そこ』に被写体である「法則」はすでに存在している。


 つまりは観測による発生ではなく、基幹部分において、『世界』は法則で形作られていて。

 「法則」とは人知の是非に関わらず、物質よりも現象よりも既存として存在する。

 それらを成すものとして。


 それは「神のみわざ」であるのか。

 あるいは「それそのものが『神』」と呼ばれているのか。


「『法則』というのは、再現性だ。――特定の条件下で毎回、望みに近い結果が得られるからこそ、人類の『生活』が成り立つ」


 火が燃えなければ。水が渇きを癒やさなければ。

 少量の塩が人を毒すれば。木々が切り出した途端に朽ちてチリにでもなるなら。


 人類は生きてはいけない。暮らしてはいけない。

 人類の「生活」そして「社会」は、法則という名の再現性の下に成り立つものだ。


 そして、それは人類には限らず、世界の多くの生命にとって、そうだ。


「そうだ」


 と、デルフリートさんが、腕を組んだまま俺の言葉に応えた。


「生命は活動を存続できるかどうかで結果がわかりやすいから、恩恵が顕著だ、というだけだ。すべての存在は、『法則』が定められていなければ存在できない」


 物質。現象。反応。力学。生命。


 すべての「存在」を形作り、成し、定めるもの。


「それが、この世界の――我らが『根源』と呼ぶ第一法則だ。そして、この世界そのものであり、始まりの『神』そのものでもある」


 地球世界で言う、「物理法則」――


「では、エルダードラゴンの皆さんにお尋ねします。この世界で、その法則を『定めた』のは誰ですか? その法則を、生み出し、そうであると設定した存在は?」


「おらぬ」


 短く、意外な言葉を告げたのは長老だった。

 長老は、続ける。


「かつて、この世界には『混沌(カオス)』だけがあった。すべてが存在し、次の瞬間にはすべてが存在しない。そんな要素だけが渦巻いていた。『在る』も『無い』も定められていない、要素の海。そんな状況だけが『在った』。短い間とも、長い間ともわからぬ」


 秩序だった法則はなく、形而上か形而下の区別無く、形が『形』という名の法則を持てない。

 そんな世界――いや、『世界』になる前の、『境界の無い素材』。


「そんな中に、『根源』が生まれた。『在る』と『無い』、すべてが入り交じった中に、確固として『在り続ける』存在が生まれた。――それが我らの生みの親にして世界の基盤、この世界の第一法則じゃ。我ら存在は、混沌の海の中で、『根源』の内にのみ存在し得る」


 それが、『根源』――この『世界』の始まり。

 『根源』そのものが枠組みとなり、一つの形を得た、境界を内包する存在。


 生まれた理由は単純だろう。

 『在る』も『無い』も、あらゆるすべての可能性がそこにあるのなら。

 可能性の一つとして、その中に『在り続ける』が現れた、というだけだ。


「そうじゃ。その『根源』という枠組みの中で、すべてが定められ、すべての形在るものが生まれた。――この世の中のすべてのものが、長寿では在れども決して不変ではない。成長か滅びを行うのは、外部に在る、不定である『混沌』の影響を免れていないからじゃ」


 長寿の者はいる。悠久に存在するものも在る。

 けれども永久不滅のものはなく、永遠に不変のものもない。

 それは、定常である『法則』の上位に、万物は『不定』であるという外部の原則があるから。


 それが、エルダードラゴンの知る、この世界の神話か。

 そして、始まりの生命であるこの竜たちの語る神話は、おそらく正しいのだろう。


「なるほど。……だから、か」


 納得したように、俺はうなずいた。

 エルダードラゴンたちが、それを認めるようにうなずく。


「そうだ。法則とは言え、『根源』自身も、すべてを不定形とする『混沌』の影響は免れぬ。停滞すれば、必然的に朽ちていく。それを防ぐために、『根源』は悠久の歴史の中で、幾度か自ら『変化』を行っている。――その一つが、お前じゃ。『魔法(エクストラルール)』よ」


「そういったことは、今までも過去に行われてきたんですね。エルダードラゴンや――ときには、人類の手を借りたりもして」


 おそらくは、その一つが――


「そうだ。その一つが、人類の生み出した、最初の『法則』の改変。……お前たち人類も使っている、『魔術』という名の概念。お前風に言うなら最初の『魔法(エクストラルール)』じゃ」


 やはり、か。

 そして、「人類の生み出した」ということは、エルダードラゴンがその改変者ではない。


 俺は、同席する法王猊下と、聖女エスクレイルの方に視線を向けた。


「そこからは、我ら人類と、法国――我らの『宗派』に伝わっている神話をお話しいたします、新たな神よ。――かつて、この世界には『神』と呼ばれる存在が何柱もおられました」


 法王猊下のうなずきを見て、エスクレイルが語り出す。


 そうだ、俺が気になっていたのはそこだ。

 俺を『新しい神』と呼ぶのなら、この『世界』の窮地に――


 この世界に元からいただろう『神』たちは、なぜ何もしない?

 この世界に、本当に他の『神』は存在するのか?


「この世界には、かつて『魔術』を生み出した方々がおられました。『根源』と呼ばれる世界の力を手に入れた、旧人類――いや、超人類とでも呼べば良いのでしょうか。『魔力』という世界の力の一かけを取り込んだ、人類の原型とも呼べる先史種族。それが『神』です」


 人類の先史種族。人類の原型(オリジン)

 それが――この世界における『神』。

 言うなれば、神族、とでも呼ぶのかね。


「それは肉体を持つ、生身の種族だったのか?」


「多くは生身であり、人間と子を成した方もおられたと聞きます。――ですが、我ら人間とは、その身体を構成する要素が同じであったとは思えません。中には、『世界』に触れて取り込んだ『魔力』で、物質もすり抜けられる身体になったとも聞きます」


「わしは幼少の頃に、多少会ったことがある。精霊のような半霊体と生身の身体、どちらにも成れる――そう、独自の新たな『法則』の中で存在しておるような者たちじゃったな」


 なるほど。

 確かに、半神半人のバルタザールが過去に産み落とされてるわけだから、実体もあるのか。

 かと思えば、精霊のような魔力体にも肉体を変質させられる、と。


 となると、助力は期待できないかな。

 実体を持ってたんだったら、必然的に寿命も持ってただろう。

 エルダードラゴンみたいに長寿だった可能性もあるけど、ことここに至って名乗りを挙げてないってことは、もう滅び絶えちゃってるか。


「やっぱり、その神々は、もう寿命で滅んじゃった……ってことなのかな?」


「いいえ、神々は、その身を『魔術に変えた』と言われております」


 魔術に……変えた?


 何だそれ、どういう意味だ?


 俺が眉根を寄せていると、長老が教えてくれた。


「よう考えてみぃ。『法則』を変えたとは言え、先史種族が持っておった技術を、なぜ他の人類が使える? 法則が変わった、と言えば何でも通じるように考えるかもしれんがの。『魔力』という、元々はこの世界に無かった『力』は、今はどこから満ちておる?」


 どこからって、そりゃ、この世界そのものから引き出してるとか……

 あれ? もしかして、エネルギー保存則か? でも魔術はそんなもの半ば無視するよな?


 人類が、魔術を行使できるのは、そう法則が定められているからで、その力の出元はこの世界の法則を変えたからで……

 それを変えたのが、先史人類で在る神族だって話だよな?


 ……え?

 じゃあ、『何で』『神じゃない人類が』『今も魔術を行使できる』んだ?


 それも、極めて『簡易的な手順で』だ……


「気づいたようじゃな」


 青ざめる俺に、長老が、答え合わせをしてくれる。


「現在の『魔力』と『魔術』はの、『そうなる法則』として、この世界の『根源に上書きされた』神族たちじゃ。奴らは、この世界に組み込まれ、お前と同じように『法則』として昇華された。――『魔術』は神たちからこの世界の民たちへの置き土産であり、神族たちそのものの名残じゃ」


 存在ではない、現象――

 『法則』である俺が神格という別存在の力で形を得たのとは逆に、神族たちは『法則』として肉体と存在を失って、この『世界』に組み込まれたのか。


 魔術は、この世界で人類が生き抜くには、無くてはならない力だ。


 この世界の神たちは――この世界の生命が生きるために、『魔術』という法則を自分たち以外の生命が使うための、補助輪として支えている……のか。


 だから、人類はその身に魔力を蓄えることができ、魔術を行使できている。

 この世界を、生きるために。


「そうです、神よ。普遍的な『魔術』とは別に、この世界には個人が使える『スキル』もあります。常時発動のものもありますが、どちらも魔力を消費します。それはかつて意志を持っていた神々からの『ギフト』であり、その名残から来る偏りなのだとも言われています」


「――とは言ってもの。もはや、神族たちだった『法則』には、もはや意志など無いじゃろう。思考もなければ意図もなく、ただ数多あった神々の力を、無作為に人類に分け与えておるだけじゃろう。悪用される可能性があったとしても、その能力が無くなるよりは種が残りやすいだろう、との」


 なるほど。

 モンスターが種族特性から生まれるスキルを持っているのに対して、人類が種族的特徴から外れた特殊スキルを持っている人がいるのは、そのせいか。

 確かに、人類にだけ根拠もなくチートが勝手に備わってるなんて、不自然だよな。


「……もしかして、エスクレイルのスキルも、か?」


「はい、そうです。――我ら『聖女』の持つ特殊スキルは、『世界』と繋がることを可能とした神々の力の一つです。と言うより、その系統のスキルを与えられたものが『聖女』の役職に就くのです」


「まさに神々に選ばれた者、と宗教的には祭り上げますがね……役職以前に、この世界の調停の指針や、使命を得るという、実務がございますので。権威的な象徴ではなく、この法国においては重要な役割を持つ、実務職なのですよ」


 エスクレイルの説明に、法王猊下が、おっとりと言葉を添える。


 ああ、だから指導者と聖女で権力分割してるのか。

 世界に関わる固有スキルがあることと、政治的指導力を持ってるのは別だもんな。


 むしろ、失政の責任は国家元首が取るんだから、貴重な固有スキル持ちを処断すると取り返しが付かなくなる。

 つまり、法王猊下はある意味で聖女の代わりに責任を取る、首の切られ役でもある、ってことか。そりゃ敬意も払われるわ。


「なら――『封印』スキルを持ってた過去の聖女、アスラーニティは、神々の力を使って『災厄』を封印してた、ってことか?」


「そうなります。――正確に言うならば、神々に与えられた経路(パス)を使って、この『世界』そのものに干渉する能力ですね」


 エスクレイルが、法国に伝えられている『緑の聖女』のスキルを説明してくれる。



「偉大なる『緑の聖女』アスラーニティの固有スキルは、正確には『封印』ではなく、『世界順化』――この世界の第一法則、『根源』の法則に、対象の存在を上書きして組み込むスキルだったと伝えられています」


 順化? なんだそりゃ?

 言葉の意味を捉えきれない俺に、エスクレイルが続ける。


「つまり、自然法則を上書きして、対象の存在を、自然物に変換してしまう、ということですね。アスラーニティ自身が木々を好んでいたので、樹木や森林に変換することが多かったようです。得意だったのかもしれませんね」


 ああ、なるほど。

 かなり凶悪なスキルだな。人体発火、住民が塩になったソドムとゴモラ、状態異常の『石化』もそうか?


 人体に限らず、対象そのものを自然物に置換しちまう能力か。

 言い換えれば、対象を、この『世界』の一部に変えちまう能力とも言える。


 その能力で、『魔界』や『災厄の欠片』を森林や湿地に変換して回ったんだな。

 で、それが結果的に『封印』したことになった、と。


「ただ、そのスキルの性質が、問題だったわけだな」


「その通りです、エルダードラゴン様。通常の生命ならば、自然物に置換などされれば、息絶えることでしょう。……ですが、封印された『災厄』は異世界の神、相手もまた『法則』そのものの化身」


 デルフリートさんも、長老も、エスクレイルも、室内の全員の表情が険しくなる。


「スキルによって『根源』に取り込まれた異界の『法則』が、逆に『根源』を浸食し始めたんじゃの」


「それだけが問題じゃないな、長老。――おそらく『根源』は、異界からの望まぬ浸食を抑えようとした。その結果が変化の無い『停滞』となり……」


 この世界に喚び出された俺が、その先を続けた。


「……『変化』を抑えてしまったことで、逆に不変を許さない基盤の『混沌』の影響で、朽ち始めた――第一法則自体が、崩壊し始めたんですね?」


 そうじゃ、と長老がうなずく。

 つまりは、異界の望まれない『法則』である侵略者、『災厄の欠片』を排除しない限り、この世界は、『根源』は健全な変化ができない。

 俺という『変化』だけでは延命できないのだろう。


 だから、このまま『停滞』すれば世界は――




「我らの世界は、滅びる、ということじゃろうの」













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